第37話 魔硬竹を取りに行きます。キリエとランチです。
――翌朝。
まずは先遣隊が出発した。
メンバーは以下の通り。
アレクセイ。
スージー。
マーロウ。
メルタ。
ジロ。
「道を作りながら進んで行くよ」
魔硬竹の群生地までは獣道のような細く、通りづらい道があるのみ。
今後の輸送のために、道を拡張しながら一行は進んで行く。
みんなで草や蔦を刈り取り、邪魔な木は――。
「マッスルマッスルッ!」
ジロが【怪力】で引っこ抜く。
ジロのお陰で道作りは順調だ。
この調子で進んでいったが、一時間もするとさすがにジロも疲れてきた。
「ジロ、これ飲んで」
「うす。親方、あざっす」
アレクセイから渡されたポーションをジロは一息で飲み干す。
「うおおお、マッスルマッスルマッスルマッスル~~~!!!」
ジロが飲んだのは、昨日、発見したスタミナ草をもとにリシアが作ったスタミナポーションだ。
「これでガンガン働けるっす!」
ポーションの効果は抜群で、体力を回復したジロはどんどん木を抜いていく。
――そして、昼前。
歩いて一時間ほどの場所にある魔硬竹の群生地。
午前中いっぱいをかけて、幅一メートルの道が完成した。
これで切り出した魔硬竹を運び出すのも容易になった。
「うん、見事だね」
太くて黒い魔硬竹が大量に生え茂っている。
スージーの報告にあったように、広大な群生地だった。
これほどの巨大群生地はリドホルム領だけでなく、国内でも珍しい。
「将来的には、輸出もできるかもね。じゃあ、早速切り出していこう。スージーとメルタは先に村に戻って、みんなを連れてきて」
最低限の人数を除き、残りの村人総動員で、ピストン輸送する計画だ。
村人は一丸となって、魔硬竹輸送に取り掛かった。
――遅い昼時。
いつもはみんな一緒に昼食をとる時間だが、今日は総動員なので、順番に交代で昼食をとることになった。
まばらな広場。
たまには、一人で食べるのもいいかな――そう思ってアレクセイが腰をおろしたところに、キリエが声をかけてきた。
「あっ、アレクセイさま。おっ、お隣、よろしいでしょうか?」
「うん、どうぞ」
アレクセイの隣にはいつもスージーがいる。
先日の添い寝騒動に乗り遅れたことを後で知ったキリエは、今こそが最大のチャンスと、なけなしの勇気を振り絞って話しかけたのだ。
キリエは敬虔な聖職者であったが、それと同時に恋に焦がれる乙女でもあった。
教会の蔵書の中に、一冊の物語があった。
辺境の村で暮らす聖職者の少女と、村を訪れた騎士の恋物語だ。
二人はお互いにひと目惚れし、恋に落ちた。
騎士は少女を村から連れ出し、外の世界を教えてくれた。
新しい生き方を教えてくれた。
そして、愛を教えてくれた。
「俺にはお前が必要だ」という騎士のセリフ。
キリエは物語の少女に自分を重ね、恋に憧れた。
きっと自分にも迎えに来てくれる人がいる――若い頃はそう願っていたが、大人になるに連れ、それは夢物語であると悟る。
――物語は物語、現実は現実。
それだけの分別は持ち合わせていた。
だが、そこに現れたのがアレクセイだった。
理知的で頼もしく、外の世界を知っているアレクセイに、かつての騎士の姿がぴったりと重なった。
キリエはすぐに恋に落ちた。
物語の少女のように、これがひと目惚れかと雷に打たれたような衝撃だった。
しかし、奥手な彼女はなかなか行動に移せない。
それどころか、アレクセイの前に出ると、緊張していつも以上にドジを連発してしまう。
このままではいけないと、一念発起したのだ。
――よしっ。第一段階はクリアですっ!
まだまだ、最初の壁を乗り越えただけなのに、キリエの心臓はバクバクと強く打っていた。
なんとか気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸する。
と――ここまでは良かったのだが……。
いざとなると、緊張してしまい、全然しゃべれない。
アレクセイがいろいろと話しかけてくれても、相槌ちを打つので精一杯。ろくに返事もできなかった。
食べ物の味もほとんど分からない。
チラと視線が交わると、恥ずかしさのあまり視線をそらしてしまう。
焦れば焦るほど、どうしたらいいかわからなくなる。
そんな感じで、なにもできないまま食事は進んでいき――。
「パンくず、ついてるよ」
「えっ」
アレクセイの手がキリエの頬に伸びる。
「あっ」
指先が頬に触れる。
一瞬のことだったが、キリエはそれだけで沸騰してしまう。
アレクセイは気にした様子もなく、パンくずを口に放り込んだ。
「…………」
アレクセイからしたら、なんてことのない無意識な行動だった。
「緊張してる?」
「えっ、あっ、いえ…………はい」
「それは僕が貴族で領主だから? 僕が怖いから?」
キリエは首を横に振る。
「だったら、僕は嬉しいな」
「えっ……」
「だって、どうでもいい相手だったら、緊張なんてしないでしょ。僕はキリエにとってどうでもいい相手じゃない。それは嬉しいことだよ」
アレクセイは柔らかい笑みを浮かべる。
「焦らなくていいんじゃないかな。慣れれば緊張しなくなる」
アレクセイの言う通りだ。
「だけど、その緊張は今しか味わえない。それって、とっても貴重じゃない?」
キリエは緊張する自分をネガティヴにとらえていた。
しかし、アレクセイの言葉で考えがひっくり返った。
今しか味わえない――。
この瞬間瞬間が、宝石のようにきらめき始めた。
「さて、そろそろ仕事に戻ろう。午後は忙しくなるよ」
「はいっ!」
アレクセイの言葉に、キリエは元気の良い返事で応えた。
◇◆◇◆◇◆◇
【補足】
この世界の聖職者は結婚オッケーです。
【後書き】
次回――『村人が一触即発です。』
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