第36話 村に帰ったら、女の子たちが暴走しました。

 森の調査から戻ったアレクセイたちは、早速戦利品の分別作業に取りかかった。


 収穫は大量だった――。


 アレクセイ以外の四人は大きなサイズの背負い籠。

 アレクセイはそれに加えて、マジックバッグ。

 それらがすべて満杯だ。


 マジックバッグはアイテムボックスと同じ収納魔道具。肩掛けカバンの形をしているが、その容量は背負い籠十個分。

 合計で背負い籠十五杯の収穫だった。


「ハーブはここで、薬草はここで、キノーコはここで――」


 収穫物が分けられ、山を積み上げていく。

 手伝っている村人たちからこぼれ落ちた笑顔も、見えない山を作る勢いだ。


 そのなかでも、翼の生えた笑顔とともに、全身を震わせる者が一人――。


「領主さま~、愛してる~~~」


 感極まったナニーがアレクセイに抱きつく。

 勢いよく飛び込んできたナニーを、アレクセイは真正面から抱きとめる。


「ナニーのために、こんなに多くの食材を取ってきてくださるなんて~~~」

「いや、ナニーのためって言うより、村のみんなのためだからね」

「これはあれですね、結納品ってやつですね、プロポーズってやつですね」

「いやいや、なに言ってるの?」

「大丈夫です。分かっています。スージーちゃんがいるので、ナニーは側室でおっけーです。第二夫人、どんと来いですっ!」

「えーと……」


 暴走したナニーのテンションに、アレクセイは置いてけぼりだった。


「まあ、そういう話は、村の経営が軌道に乗ってからね」

「やった~、婚約ですぅ~」

「いやいや、そういう意味じゃ……」


 曖昧な先延ばしでお茶を濁そうとしたアレクセイだったが、ナニーは言質を取ったとばかり、アレクセイの頬にキスをする。


 しかも、それだけで話は終わらなかった。

 アレクセイがきっぱり断らなかったせいで、他の女の子たちも加わってきたのだ。


「お兄ちゃん、わたしもお嫁さんにしてね」とリシアが上目遣いで迫り――。


主様ぬしさま、よければボクも」とメルタが乗っかり――。


「この身は神に捧げておりますが、アレクセイさまでしたら……」とキリエが罰当たりなことを言い出し――。


「我が身も心も元より主殿あるじどのに捧げておりますゆえ」とサンカがひざまずき――。


「でしたら、私も名乗りをあげようかしら」とディーナが冗談か本気か分からない発言をし――。


 挙句の果てには、年齢ひと桁の子どもたちまで群がって「兄ちゃんとけっこんするー」などと言い出す始末であった。


 この状況にも、アレクセイは動じていなかった。

 さて、どう答えようかと冷静に考える。


 そこに――。


「いったい、これはなんの騒ぎですっ!」


 スージーだ。


 魔の森北部の調査に向かっていたスージーたちが帰ってきたのだ。

 スージーは無表情のまま、ツカツカと歩み寄る。


 輪になって騒動を見守っていた村人たちは、スージーの気迫に押され、道を空けた。

 そして、アレクセイにまとわりついていた女性たちを一人ずつ引っ剥がしていき、アレクセイを救出した。


「おかえり、スージー。助かったよ」

「どういうことです? お姉ちゃんにちゃんと説明してくださいっ!」

「ああ、実はね――」


 アレクセイから事の次第を聞き、スージーは「はあ」と大きく溜息をつく。


「皆さんの気持ちは理解しました。今夜、女子会を開くことにします。そこで話し合いましょう。ただし、アレク様にご迷惑があってはいけません。それだけは忘れずに」


 スージーは有無を言わさない剣幕で押し切る。

 女性陣は黙ってうなずくしかなかった。


「では、作業再開ッ!」


 スージーの号令で、分別作業が再開された。

 皆が手を動かし始めたのを確認して、スージーはアレクセイに聞こえないよう、小声でナニーに話しかける。


「とりあえず、感謝しましょう」

「なんのことかな~」


 ナニーはしらばっくれる。


「とぼけてもムダですよ。他の女の子たちがアレク様との距離を縮められるように――そういう意図でしょう?」

「あはは~。スージーちゃんには敵わないな~」


 スージーはすっかりお見通しだった。


 普通の領主とは比べものにならないほど、アレクセイは村の住民に親しまれている。

 とはいえ、まだ、外からやって来た貴族という殻が完全に取り払われたわけではない。

 とくに、女性陣は一歩引いたスタンスだ。

 しかし、今回の出来事で、彼女たちは一歩近づいた。ナニーの思惑に乗せられるかたちで。


「とはいえ、やり過ぎです。この前の仕返しのつもりですか?」

「えっ、スージーちゃん、知ってたの?」

「当然です。アレク様のことはなんでも知ってます。お姉ちゃんですから」


 先日、スージーの不在時に、色仕掛けでからかったつもりが、アレクセイに返り討ちにされた。

 その意趣返しのつもりだったのだが……。


 まさか、スージーがあの一件を知っているとは思わなかった。

 ナニーは驚くとともに、あらためて二人の仲の深さを思い知る。


「それに、あの程度のイタズラに動じるアレク様ではありません」

「む~、領主さまには勝てる気がしないよ~」


 前回は無惨に返り討ち。

 今回は暖簾のれんに腕押し。

 完全にあしらわれたかたちだ。


「アレク様には、小細工をろうするよりも、真正面からアタックした方が効果的ですよ。ナニーさんにそれができるとは思いませんが」

「うぅぅ……」


 ナニーはアレクセイに異性として好意を抱いている。

 だが、恥ずかしすぎて、冗談っぽくアプローチするしかことしかできない。

 彼女が想いを伝えらるのは、かなり先になりそうだ。


 ナニーを完全にやり込めたスージーは、打ちひしがれる彼女を放置して、アレクセイのもとへ向かった。


「アレク様、大発見です」


 スージーたち調査隊が北の森で見つけたものは、ジメツ草に負けず劣らずの大発見であった。


魔硬竹まこうちくの群生地を見つけました。サブロの【鑑定(植物)】で確認したので間違いありません」

「凄いじゃないか。量は?」

「多少乱獲したとしても、問題ない量です」


 魔硬竹――。


 黒色の竹で、普通の竹の倍以上の太さ。

 切断しやすく、しなやかで抗菌作用があり、加工が容易な優れた素材だ。

 その上、魔力的な処置を施すと、鋼鉄に匹敵する硬度になるのに、その重さは鋼鉄の十分の一以下だ。


 削り出して器にも箸にもスプーンにもなるし、編めば丈夫なざるや籠になる。

 日用道具にも、建材にも、武器防具にも使える万能素材なのだ。


「よし、明日は魔硬竹を取りに行こう。運べるようなら、村人総出で運び込もう」


 魔硬竹の貴重さはなによりだ。

 アレクセイは最優先させることにした。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 次回――『魔硬竹を取りに行きます。キリエとランチです。』

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