第21話 ニクスと模擬戦をします。

 アレクセイは木剣を差し出したニクスを見て、【臣下リスト】で彼の情報を確認する。

 ニクスは臣属しているが、まだギフトは授かっていなかった。

 アレクセイは木剣をすぐには受け取らず、ニクスに問いかける。


「なんで僕と戦いたいの?」

「貴族様が偉いのは、いざというときに俺たちを守ってくれるからなんだろ?」

「ああ、そうだね」

「でも、前の人は偉そうに税をとるだけで、俺たちが困っても手を差し伸べてくれなかった」


 ニクスが述べたのは建前だ。

 そして、得てして建前というのは簡単に破られる。

 この国の貴族で、貴族の義務ノブレス・オブリージュを守っている者がどれだけいることか。

 しかし、少なくともアレクセイは自らの務めを果たすつもりでいた。


「アンタは俺たちを守ってくれるのか? その強さがあるのか?」

「領主様、愚息が大変失礼しました」

「ニクス、失礼だ」

「気にしなくていいよ」


 二人の兵士――ニクスの父イッチと少女サンカが頭を下げる。


 ニクスの言葉遣いが悪いのは、侮っているからではない。貴族との話し方を知らないだけだ。この地で育てば、それも当然であろう。


 アレクセイは分かっているので、目くじらを立てたりはしない。それどころか、その真っ直ぐなニクスの振る舞いに好感を抱いたくらいだ。


「いいよ、戦おう。みんなも僕のことを知っていた方が安心できるだろう」


 アレクセイはニクスが差し出した木剣を受け取った。

 二人は開けた場所に移動して、向かい立つ。


 これが命を賭けた実戦であれば、アレクセイはニクスが瞬きした瞬間に、一刀のもとに斬り捨てたであろう。それだけの実力差があった。


 しかし、これはそのような戦いではない。

 ニクスの心を受け止め、それに応える戦いだ。


 アレクセイは剣を構え、ニクスに先手を譲った。

 しかし、隙きのない構えを見て、ニクスはためらいを見せる。彼も実力差を悟ったようだ。


「どうした? かかって来ていいよ?」

「クッ!」


 躊躇していたニクスだったが、アレクセイに言われ、やぶれかぶれに突進する。

 アレクセイは落ち着いていた。

 簡単にかわせるが、あえて剣で受け流す。


「うん、悪くないね」


 正式に剣術を学んだ者のそれではなかったが、毎日欠かさず剣を振っていると分かる剣筋であった。

 しかし、まだ成長途中な上、栄養不足で筋肉もあまりついていない。

 軽い。圧倒的に剣が軽かった。


 二撃、三撃――。


 立て続けに放たれる剣撃をアレクセイは軽くあしらう。


「おりゃああぁあぁ!」


 気合一閃、振り下ろされる剣。

 それを避けたアレクセイはカウンターの突きを放つ。

 体勢が崩れていたニクスだが、首を捻ってギリギリで回避する。

 その反射神経にアレクセイは「いいね」と嘆息する。


 だが、無理矢理の回避でニクスは死に体だ。

 続くアレクセイの攻撃をかわせず、ニクスは尻餅をつく。

 首筋に当てられたアレクセイの木剣――。


「……参りました」


 ニクスは悔しそうに負けを認めた。

 アレクセイは木剣を手放し、村人一同に向かって大声を張り上げる。


「ニクスは領主である僕に意見し、模擬戦とは言え、剣を向けた。この国の法に照らせば、斬り捨てられてもおかしくない行動だ」


 アレクセイの言葉でしんと静まり、緊張がはりつめる。

 だがそれもすぐに、アレクセイの笑みによって弛緩する。

 ニクスのもとにゆっくりと歩み寄り、そっと手を差し伸べる。


「君の行動は私欲のためではない。領民みんなのことを思っての行動だ。そうだろ?」

「はっ、はい」


 ニクスが戦いを挑んだのはアレクセイの実力を知りたかったからだが、それはアレクセイが村人たちを守れるか確認するためだ。

 褒められた方法ではなかったかもしれないが、その幼い愚直さをアレクセイは気に入った。


「君の行いは称賛すべきだ。まだ成人してなくても、僕は君を立派な男だと認めるよ。さあ、手をとって」

「領主様……」


 ニクスを引き起こし、アレクセイは続ける。


「今回はニクスと戦ったが、僕の剣は君たちに向けるものではない。君たちを守るためのものだ。しかし――」


 アレクセイは村人たちを見渡す。


「僕は完璧ではない。間違えることもある。もし、僕の行いに疑問を感じたときは、彼の勇気を見習って、正直に教えてくれ」


 頷く村人たちを見てから、アレクセイは表情を緩める。


「でも、できれば剣じゃなくて、言葉で伝えて欲しいかな」


 笑いが起きる。

 ニクスも苦笑しているが、その顔は晴れ晴れとしていた。


「ニクス、これからもその剣で村を守ってくれ」

「はいっ!」


 ニクスはアレクセイの前にひざまずく。

 その体が光に包まれ――ギフトが付与された。


「ニクスのギフトは【大剣術】か。その剣じゃ物足りないね。大剣を用意するよ」

「あっ、ありがとうございますっ!」


 ニクスは紅潮し、心酔しきった様子で頭を深く下げた。

 二人の兵士イッチとサンカも並んで頭を下げる。

 三人に向かって、スージーが声をかける。


「アレク様の強さは身をもって知れたでしょう。その臣下として相応しい強さを身につけるため、これからは私がみっちりとしごいてあげます」


 普段の彼女とは違う、厳しい物言いだ。

 三人ともスージーの気迫に押されている。

 これはハードな指導になりそうだ――アレクセイは思う。

 だが、スージーの指導力を信頼しているので、反対はしなかった。


「とりあえず、午後はジャイアントワーム狩りだね。それと、明日から朝は一緒にトレーニングだ。スージーの教えは厳しいけど、確実に強くなれる」

「ええ、手加減はいたしませんよ」

「君たちが強くなれば、村人を守れる。期待しているよ」

「「「はっ!」」」


 三人とも顔が引きつっていたが、その顔には覚悟の色も浮かんでいた。

 これなら、大丈夫だろう――アレクセイは安心する。


「じゃあ、後は任せたよ。俺はリシアとディーナのところへ行くよ」


 どちらもこの村では貴重なジョブ【薬師】だ。

 二人にはマーロウ経由で重要な仕事を伝えておいた。

 昼食にも顔を出していないので、きっと調合に夢中になっているのだろう。

 その成果はどうなっているか、アレクセイは楽しみに村長宅へ向かった。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『リシアはポーション作りをがんばりました。』

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