第20話 お昼ごはん。村人たちは元気です。

 広場では村人たちが集まり、昼食が始まっていた。


「はいっ、領主さまの分ですっ!」

「おっ、ピザか!」


 アレクセイが受け取ったのは一番最後だった。

 この村の流儀に従うことにしたのだ。


 それは毎度の食事のときだけではない。

 いざ、村が飢えたとき、アレクセイは村人たちを優先し、自分は最後にしようと決心したのだ。


 ――領主が食べるのは、領民全員がお腹を満たしてからだ。


 焼き立てのピザは湯気をあげている。

 村の乾燥ハーブと干し肉、それにほんの少しの香辛料。

 シンプルながら完璧な調和。ひと口かじると自然に笑みがこぼれる。


「アントン、みんなの調子はどうだい?」

「午前中だけで、一日の作業が終わりました」

「えっ!」


 驚いたアレクセイは村人たちを見回す。

 彼らは仕事を終えた達成感で満たされていた。それに、「まだまだ元気に働けるぞ」という意気込みまで伝わってくる。


「ナニー料理のバフ効果はスゴいな。それと【シナジー効果】の影響もあるのか。これは予定を前倒しないとな」


 アレクセイが新たに覚えたスキル【シナジー効果】。アレクセイのステータスは領民のステータスによって強化される。

 そして、それとともに、領民のステータスもアレクセイのステータスによって強化されるのだ。

 その効果はアレクセイの想像を遥かに上回っていた。


「タロたちはどうだった?」


 アレクセイがスージーに尋ねる。


「予定通りに進んでいます」

「姐さんのおかげで、ジャイアントワームもへっちゃらっす」

「姐さん、強いっす」

「姐さん、格好いいっす」

「姐さん、美しいっす」

「姐さん、最高っす」

「あはは、打ち解けたみたいだね」

「「「「「うす!」」」」」


 スージーは苦笑しているが、すっかり舎弟になってしまったようだ。


「じゃあ、午後は村の人たちもそっちに合流してもらおう。まずは農地拡大だ」


 開墾作業はしばらくの間は五人に任せるつもりだったが、ここは一気に進めることにする。

 麦は間に合わないが、野菜であれば冬が来る前に収穫できる。

 アレクセイはスージーに指示を伝える。


 それがひと段落した後、アレクセイの視界にひとりの少女が入った。

 広場のはずれにひとり、ポツンと座る少女。

 先ほど教会で出会ったピンク髪の少女ポーラだ。


 アレクセイが尋ねると、アントンは暗い表情で答えた。


「ポーラには親がいないんです……」

「……」

「父は森で死に、母はあの子を捨てて出ていったんです」

「捨てて?」

「ええ……」


 アントンの口調は重い。話しづらい内容なのだろう。

 だが、しばらくためらった後で、意を決して口を開く。


「二年前のことです。先の代官様がこの村に来たとき、あの子の母親を見初めたのです。この村で一番、美しい女でしたので」


 よくある話だ。

 そもそも、アレクセイの生まれからして、メイドをしていた母が侯爵に手をつけられた結果だ。


「ポーラの母は子どもではなく、妾となることを選んだのです」


 父を失い、信じていた母から見捨てられた。

 当時、五歳の娘には重すぎる。


「ポーラは聡い子です。幼子ながらも、その意味をしっかりと理解しておりました」


 我が子のことのように心を痛めている、アントンの気持ちが伝わってくる。


「それ以来、ポーラは心を閉ざしてしまいました。キリエとは多少つき合いがあるのですが、誰とも口も利きません」


 貴族には権力がある。

 平民の家庭や生活を簡単にぶち壊せるだけの権力が。

 自分の欲望を満たすために、領民の子どもがどうなろうが知ったことじゃない。


 いかにも貴族的な価値観で――アレクセイには到底許せない価値観だ。

 話を聞いて、またひとつ、アレクセイのやるべきことが増えた。


 そう思いながら、アレクセイはポーラを見る。

 アレクセイと視線が合うと、彼女は立ち上がり、いなくなってしまった。


 アレクセイも代官と同じ貴族だ。同じように憎いのだろう。

 なんとかしたいが、焦ってもいいことはない。

 分かってはいても、歯がゆい思いだった。


「教えてくれてありがとう。ポーラのことも考えてみるよ」

「お心遣い感謝致します」


 アントンは頭を下げる。

 自らの力不足を責めているようだった。


「じゃあ、午後の仕事に行こうか」


 気持ちを切り替え、アレクセイは立ち上がる。

 そこに一人の少年が「領主様」と声をかけてきた。


 年はアレクセイより少し下。革鎧を身に着けている。ツンツンと立った短髪で、負けん気が強そうだ。

 昨日、村の門に立っていた兵士の一人で、思い詰めた表情をしていた。

 その少年を二人の兵士が制止しようとする。


「おい、ニクス」


 肩を押さえたのは少年の父親。


めな」


 右手を掴んだのは少年より年上の少女。


 二人の兵士が少年ニクスを引き留めようとするが、アレクセイはそれを手で制する。


「ああ、構わないよ。スージーも見てて」


 スージーは警戒心を隠さない。もし、アレクレイが止めなかったら、二人の間に入っていたところだ。


「僕になにか用があるんでしょ?」

「俺と戦って下さい」


 ニクスはアレクセイに向かって木剣を差し出した。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『ニクスと模擬戦をします。』

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