第17話 畑の様子はちょっと変だけど、いいことを思いつきそうです。

 倉庫を後にしたアレクセイとスージーが畑に向かうと、五人の青年がぴしっと一列に並んで待っていた。


「「「「「親方、おはようございますっ!」」」」」


 揃った声で元気よく頭を下げる五人。

 どうやら、彼らはアレクセイのことを「親方」と呼ぶことにしたようだ。

 その呼び名に、アレクセイは思わず頭をかく。


「君たちは?」

「タロっす」

「ジロっす」

「サブロっす」

「シロっす」

「ゴロっす」


 順番に名乗る五人。

 戸惑うアレクセイとスージー。


 この辺境の地では、どんなことが起こっても不思議ではない。

 なにがあっても、動揺はしない――そう覚悟を決めて臨んだアレクセイだったが、しょっぱなで度肝を抜かれてしまった。


 思わずスージーと顔を見合わせるが、彼女も返答に困っている。


「えーと……」

「タロっす」

「ジロっす」

「サブロっす」

「シロっす」

「ゴロっす」


 同じ言葉を繰り返す五人。


「兄弟?」

「「「「「ちがうっす!」」」」」


 五人はまったく同じ顔をしていた。

 同じ顔が同じ声で返事する。

 アレクセイには誰が誰だかまったく区別がつかない。


 閉鎖的な環境で血が濃くなるのは仕方がないが……これほどまでとは。

 体格は異なるが、その顔は区別がつかないほどそっくり。

 五つ子だって言われた方がまだ信じられる。


「似てるね」

「よく言われるっす」

「親でも間違えるっす」

「自分たちでも間違えるっす」

「そうだよなあ、サブロ?」

「俺はゴロだ!」

「そっか、すまんすまん」


 この調子ではどうしようもないと判断し、アレクセイはひとつ提案をする。


「胸に数字書いていい?」


 脳内に浮かぶ【臣下リスト】を見れば確認できるが、いちいちそれをするのは手間である。


「親方、自らっ!」

「本当っすかっ!」

「喜んでっ!」

「やったっす!」

「あざますっ!」


 アレクセイには理解できなかったが、五人は激しく興奮していた。

 彼らの上着の胸元にインクで、タロから順に、1、2,3、4、5と書き込む。

 そうすると、「家宝にするっす!」「もう一生洗濯しないっす」などなど宝物でも下賜かしされたかのごとき喜びようだ。


「じゃあ、畑を見せてもらおうか」

「「「「「うすっ!」」」」」


 収穫にはまだ早いが、麦は小さな穂をつけていた。

 アレクセイは手に乗せて、じっくりと観察する。


「北麦かな? 知ってるのとは、ちょっと違うな。スージーはわかる?」

「いえ、見たことがないです」

「変種かもしれない。でも……あんまり良くないね」


 この時期の普通の麦に比べて、穂は小さく痩せている。帳簿で見た通り、収穫量はギリギリだ。


「土も調べてみよう」


 アレクセイはスージーから棒状のものを受け取り、土に挿した。

 魔素計マナメーターという名の魔道具で、大気中や地中の魔素マナ濃度を計測する器具だ。


「これでよく育つなあ……」


 魔素計が示した魔素量は少なすぎる。

 とても麦が育つとは思えないほどだ。


 得られた情報は絶望的であったが、アレクセイに落胆した様子はない。

 どんな苦境であっても、ギフトを授かった村人たちが力を合わせれば、なんとかなる――そう考えていた。


「普通の麦じゃ無理だね。この麦だから可能なのか。ちょっと一本、引き抜いてもらえるかな?」

「それが、親方……」

「なにか、問題が?」

「この麦は地中深くまで根を張ってるっす」

「引き抜くのはひと苦労っす」

「時間をかければ、できなくはないっすけど……」

「どれくらい深いの?」

「3メートル以上っす」

「そんなに長いの?」


 一般的な麦の根は1メートルほどだ。


「親方っ、おいらの【怪力】なら、掘り返せると思っす」


 ジロが提案するが、隣から否定の声が。


「アホっ、おめえの【怪力】だと根っこが全部千切れるだろっ」

「おっ、おう。そうだな」


 ジロは頭をかく。

 それを見て、四つの同じ顔が笑う。


「どうしやしょうか?」

「うーん…………」


 アレクセイは考え込む。

 表層の固い土、そして、長い根っこ。

 アレクセイは仮説を思いついた。


「場所を変えよう」


 一同は畑地帯を抜け、開墾されていない場所に向かった。


「ここを掘り返してみよう。とりあえずは3メートルくらい。ジロ、きみの【怪力】の出番だよ」

「うすっ! 頑張るっす!」


 ジロは瞳を輝かせた。


 彼らの話では、ここらの土地は固すぎて、今ある畑で手一杯だったそうだ。

 だが、【怪力】のギフトがあれば――。


 ジロがクワを振り上げ、固い地面に振り下ろす――。


 ――どごおぉぉぉん。


 激しい爆砕音とともに、地面が破裂したように土が周囲に飛び散る。


『――忠義挺身』


 スージーは即座に、アレクセイの前に立ち、スキルを発動させる。

 透明な魔力障壁が展開され、アレクセイには砂粒ひとつ届かない。


「ありがとう、スージー」

「いえ、当然のことです」


 だが、他の五人は大変な有様だった。

 頭からバケツでぶちまけられたかのような土まみれ。

 ペッペッと土を吐きながら、ジロに文句を垂れる。

 「親方、すまないっす」と頭を下げるジロが一番酷い有様だった。


 スージーの生活魔法で五人の汚れを洗い流し、作業を再開する。

 クワを叩きつけた場所を中心に大きな穴が空いていた。

 深さは50センチほど。


 【怪力】の効果は半端なかった。


「こんなに大きい穴が空くんだ」

「まだ加減がわからなくて、もうしわけないっす」

「気にしなくていいよ」


 恐縮気味のジロにアレクセイは伝える。


「まあ、気を取り直していこう。ジロ、頼むよ」

「はいっ!」


 今度は慎重にクワを持ち上げた――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【解説】


 生活魔法。


 汚れを落としたり、火をつけたり。

 微量の魔力を消費して発動する便利魔法。

 ほとんどの人が使える。


【後書き】


次回――『畑といえば、ミミズですよね。』


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