第16話 ウーヌス村の現状は結構ピンチのようです。

 アレクセイはスージーを伴って、村のはずれにある倉庫を訪れた。

 石で造られた、大きく頑丈で、歴史を感じさせる倉庫だ。百年前の入植当時に建てられたものだが、保存魔法のおかげで、ほとんど劣化していない。


 倉庫の隣にはアレクセイが乗ってきた馬車が置かれ、その横では馬車を引っ張ってきたドゥランテが草をんでいる。


「ドゥランテ、ご苦労さま。今日はゆっくり休んで」


 アレクセイが背中を優しく撫でると、ドゥランテは首を擦りつけてくる。だいぶ、アレクセイに懐いたようだ。

 ドゥランテには農耕を手伝ってもらう予定だが、今日くらいは休ませてやろう。


「やあ、マーロウ。調子はどう?」

「あらかた終わりましたぞ、坊っちゃん」


 倉庫の中ではマーロウが数人の村人と一緒に作業をしていた。

 馬車で運んできた物資の整理だ。

 物資はアイテムボックスという魔道具に入れてきた。

 アイテムボックスの大きさ自体はアレクセイたちの馬車に乗る程度だが、魔力によって空間拡張されており、荷馬車数台分の容量になっている。

 マーロウは村人たちと一緒に、大量の物資をアイテムボックスから出して、倉庫に並べている最中だ。


「それにしても、坊っちゃんもなかなか悪いですなあ」

「放置されてたいらないものを持ってきただけだよ」


 物資は実家から持ってきたものと、最後に立ち寄ったザイツェンで買い込んできたもの。調達資金は実家の「ガラクタ置き場」から持ち出した物を売り払って得たものだ。


「全部出し終わったら、アイテムボックスを止めちゃって」


 便利なアイテムボックスだが、その機能を発揮させるにはエネルギー源である魔石が必要だ。そして、その運用コストは馬鹿にならない。


「それが終わったら、物資の配給を頼むよ」

「わかりました」

「スージーはマーロウに詳しく伝えてやって」


 二人が打ち合わせを始めてしばらくすると、村長のアントンがやって来た。


「ご領主様、お待たせしました。こちらになります」


 アントンがアレクセイに帳簿を手渡す。

 アレクセイは帳簿をめくりながら、倉庫に備蓄されている食料を確認していく。


「麦の収穫率は2~3倍。平均すると、2.4倍くらいか……」


 収穫率とは蒔いた麦に対してどれだけ収穫できるかを表す指標だ。リドホルム領の他の場所では5~10倍。

 ウーヌス村はその半分以下だ。

 原因は、農業に向いていない土壌。そして、魔力を用いない原始的な農法。


「こっから税で持っていかれるから……ギリギリじゃないか」


 帳簿にある税関連のページを見ながら、アレクセイはため息を漏らす。

 現状は、アレクセイが予想していたよりシビアだった。


「アントン、今までよくやってくれた」


 天災や疫病が発生したら、いつ滅んでもおかしくないギリギリの状況。そんな中、この村は生きながらえてきた。

 これもすべて、村を率いてきたアントンの功績だ。


「いえいえ、村人みんなが頑張ったからですよ。弱い雑草であっても束になれば、それなりの強さは発揮できるものです」


 アントンはあくまでも謙遜の態度を崩さない。


「これからは僕がみんなを導くよ」

「よろしくお願いします」


 アントンは深く頭を下げた。


「魔の森について、教えてもらえるか?」

「実のところ、ほとんどわかっていないのです」


 アントンの話では、普段は森の奥には入らず、浅い場所で採取や狩りを行っている程度らしい。


「昨日みたいに浅い場所でモンスターが出ることはあまりないんだよね?」

「ええ、初めてのことです」

「そうか……」


 赴任前からアレクセイが考えていた領地改革計画は、農業改革と森資源調達の二本柱だ。

 そして今、食糧事情を確認して、どちらを優先すべきか、アレクセイの中で定まった。


「うん。現状は把握できた。森についてはモンスターの警戒を強めるくらいで、本格的な調査は後回しだ。まずは農業改革を最優先しよう」


 アレクセイは仕分けをしているマーロウに声をかける。


「マーロウは物資配給が終わったら、何人か連れて森のモンスター動向を調べてくれ。深入りはしなくていい」

「承知しました」

「アントンは適任者を見繕ってくれ」

「はい、ご領主様」

「じゃあ、マーロウは作業を再開してくれ」


 マーロウが仕事に戻ったのを確認し、アレクセイはアントンに話しかける。


「昨日あれから考えたんだけど……この村では若い者と女性を大切にする――そうだよね?」

「ええ、その通りです」


 過去になにをしたかではなく、これから村に貢献できるかが優先される。

 リドホルム家の、そして、この国の常識とは真逆の価値観だ。


「でも、この村では病人を見捨てない」


 病気で働けない。治る見込みもない。

 村にとってはお荷物でしかない。

 ギリギリの生活を送っている彼らにとっては、弱者を切り捨てた方が、生活は楽になる。


「痛いところをつかれますなあ。たしかに、村のためを考えたら、働けない者は切り捨てるべきなんでしょう――」


 アントンは困った顔をする。

 彼自身もわかっているのだろう。

 それで、板挟みになっていた。


「ですが……この村はみんな家族みたいなもんでして。頭では見捨てるべきだと思っても、なかなかできないもんでして……村を率いる者としては失格です」


 申し訳なさそうにするアントンだが、アレクセイは首を横に振る。


「いや、僕はそう思わない。村の未来を考えること、弱者を救うこと、どちらも大切なことだ」


 ベーシックインカムの理念に照らせば、どちらも欠くことはできない。


「だが、それを解決する方法はある――豊かになることだ」

「豊か……ですか……」


 アレクセイは真剣な目でアントンの目を見る。


「豊かになれば、弱者を救ったうえで、村ももっと成長できる」


 アレクセイはその先――ベーシックインカム実現――を見ている。

 だが、そのためには、人々が余裕を持って暮らせるための豊かさが必要だ。

 まずは、そこまで到達すること――それがアレクセイの第一目標だ。


「よろしくお願いします。ご領主様」


 アレクセイの言葉に感銘を受けたアントンは深々と頭を下げた。


「それじゃあ、畑を見に行こうか」


アレクセイとスージーは倉庫を後にして、畑に向かった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『畑の様子はちょっと変だけど、いいことを思いつきそうです。』

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