第12話 領主宣言します。ご拝聴下さい。

「みんな、楽しんでくれたかい?」


 満腹で動けなくなった村人たち。慣れない酒で酔いつぶれている者もいて、キリエが【癒やしの光】で懸命に介抱していた。

 寝ている者も含め、みんなが幸せな顔をしている。


「もう、食べれませんぜ」

「よっぴゃらいまひた~」

「こんなに幸せなら、もう死んでもいいですぜ」


 そんな村人を前に「ははっ、死んでもらったら困るなあ」とアレクセイも嬉しそうだ。


 下準備は整った。ここからが本題だ。

 アレクセイは演説用の、張りのある低い声でゆったりと語り始める。


「みんな聞いてくれ」


 村人たちはかしこまり、姿勢を正す。

 寝てた者は隣の者に叩き起こされる。

 広場は静まり、物音すら聞こえない。


「今日は特別な日だ。肉も酒も貴重品だ。これからはそう簡単には振る舞えない。でも――一年後は違う」


 一年後――。


 これまで、村人たちは一年後を思い描くことはなかった。

 今日を生き延びるので精一杯。

 考えるとしても、冬を乗り越えられるかどうかくらいだ。

 来年は今年より収穫が多いといいなあ――その程度のことを漠然と思うのがせいぜいだった。


「一年後にはこれが当たり前になる。お腹いっぱい食べて、酒に酔っ払って、笑顔で語り合う。そんな毎日にしよう」


 だが、アレクセイは明確な一年後を示した。

 夢物語のような一年後。

 村人たちにはまったく想像もつかない話だ。


 村人たちは困惑していた。

 本当に実現できるとは思えなかった。


 アレクセイは続ける――。


「『お腹いっぱいでもう食べられない』、君たちにそう言わせてみせる。それが領主たる僕の目標だ」


 戸惑う村人の心に、一拍の間をおいてから、アレクセイの言葉が届いた。

 この新しい領主様を信じてみよう――心のうちにさざ波が起こる。

 小さな波だ。だが、確実に心の奥に余韻を残す。


 波が収まるまでの時間を待ってから、アレクセイは話題を変えて話を続ける。


「僕のジョブについて説明しよう」


 村人の完全に引き込まれていた。


「僕のジョブは【名君】だ。臣下になった者に、特別な力――《ギフト》を授けられる。《ギフト》は神が授けてくださる《ジョブ》とは別物だ」


 アレクセイは噛み砕くように、ゆっくりと説明する。


「例えば、今日の主役であるナニー。彼女に授けたギフトは【管理栄養士】だ。彼女が作った料理にはバフ効果がある」


 聞き慣れない「バフ」という言葉に、村人たちは首をかしげる。


「簡単に言うと、食べると身体が丈夫になり、魔力が増え、強くなるんだ。実感できないか?」


 アレクセイの問いかけに、ざわめきが生じる。


「おお、確かに」

「なんか、力が湧いてくる感じがしてたんだよな」

「ああ、一日の仕事を終えたばかりだってのに、疲れがまったくない」

「ほんとだ、いつもなら飯食って寝るだけの力しか残ってないのに」


 興奮の中、アレクセイも自分の身体に起こった変化を思い出す。

 たった一週間だが、ナニーの食事をとるようになってから急に筋肉がつき始め、明らかに身体能力が上昇したし、魔力総量も増加した。

 もし、ずっと食べ続けたらどうなるのか――楽しみでしょうがない。


「これがナニーのギフトの効果だ。今日から君たちの食事はナニーが作る」


 おおおお、と歓声が沸く沸く。

 ナニーは自慢気に胸を張っていた。


「しかも、一日三食だ。しっかり食べて、頑丈な身体を作ってくれ」


 村人たちは顔を見合わせる。「一日三食?」「昼にもご飯食べれるのか?」「嘘だろ?」と、村人たちの顔は信じられない喜びでいっぱいだった。


「僕はさっき、一年後はお腹いっぱいだと言った。だけど、それを叶えるのは僕ひとりの力じゃない。君たちの力が必要だ。みんなで一緒に実現させよう」


 最初は半信半疑だった村人が、ナニー料理の効果を実感し、アレクセイを信じる思いは盤石になった。


「そのための力をみんなに授ける。僕の臣下になって欲しい」

「こちらこそ、お願いする立場です。どうか、私たちを臣下に加えて下さい」


 最初に応えたのは村長だった。

 村人たちの賛同がそれに続く。


「「「「「お願いしますっ!」」」」」


 その瞬間、アレクセイの【人材登用】スキルが発動する――。


 アレクセイの【臣下リスト】に次々と村人の名前が追加されていく。

 それだけではなく、村人の半数以上の身体が光に包まれる。ギフトが付与された証だ 。


 村人は全部で五十一名。

 そのうち、臣下になった者は五十名。

 ギフトが付与された者は三十二名。


 臣下にならなかったのは、ひとりの少女だけだった。

 また、臣属した者の全員にギフトが付与されたわけではない。これに関しては、理由が分からなかった。

 後で調査が必要だな、と心に留め置く。


「みんなのギフトを確認させてくれ」


 村人に一列に並んでもらい、順番に名前とステータスを確認する。その隣でスージーが紙に書きつけていく。

 それと同時にどんなギフトが付与されたのか、本人にも伝える。

 その作業もひと通り終わり――。


「じゃあ、今日はこれで終わりだ。明日からよろしく頼む。あっ、そうだ、言い忘れてた」


 普通の貴族だったらありえない、しかし、アレクセイにとっては当たり前の宣言をする。


「みんなは臣下になったけど、変にかしこまらないでいいからね。呼び方も好きに呼んでくれたらいいし、無理して敬語も使わなくていいよ」


 そもそも、この閉ざされた村で、貴族に対する正しい礼儀を知ってるわけがない。

 無理して中途半端になるよりは、自然体で接して欲しい。


「じゃあ、明日から仲良くやっていこう」


 アレクセイの言葉で解散となった。

 村人たちはあらためてお礼を述べてから、自分の家に戻って行った。

 村人たちが去り、アレクセイが引き上げようとしたとき、後ろから声をかけられた。


「ご領主さまっ」


 アレクセイが振り向くと、そこにいたのはリシアだった。


「お母さんを治してくれて、ありがとうございましたっ」


 リシアは深く頭を下げると、アレクセイが声をかける間もなく、気恥ずかしそうに走り去って行った。


 ――宴会の最中からチラチラと見ていたのはこのためだったのか。


 ナニーは「リシアは気がある」と言っていたが、彼女の気のせいだったようだ――アレクセイは納得する。

 リシアがすでに淡い恋心を抱いていることには気づかずに。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【補足説明】


 「バフ」というと、一時的な効果を差す場合が多いですが、ナニー料理は一時的な効果と永続的な効果、両方を兼ね揃えたハイパー料理です。

 食べるだけでムキムキに!


【後書き】


次回――『ベーシックインカム!!』


アレクセイの出発点が明らかに!

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