第11話 なにはともあれ、宴会です!(下)
「ご領主様は『なにを成したかが大切だ』とおっしゃいました」
「ああ」
「我々は『これからなにが為せるか』を大切にします」
「これから……」
「儂のような老いぼれは、これからできることがどんどん減っていきます。若者はその逆です。畑を育て、獣を狩り、子を成せる。村に必要なのは彼らです。年寄りの役目は若者に知恵を伝えること。それが済んだら、後は天に召されるだけです」
「女性が優先されるのは?」
「男が十人に女が一人だったら村は滅びます。ですが、逆に女が十人に男が一人だったら、村は生き延びることができます」
過酷な環境を生き残るために、彼らが生み出した知恵だ。
机上の空論ではない。彼らの生活にしっかりと根を生やした教えだ。
過去ではなく、未来へと目を向けなければ生きていけない――それがここウーヌス村なのだ。
「ご領主様、どうかこの村をよろしくお願いします」
アントンは深々と頭を下げる。
「ああ、約束しよう」
「ありがとうございます。では、儂はそろそろ失礼いたします。ご領主様と話したがってる者も多いので」
貴族として教育を受けただけのアレクセイであれば、アントンの話を聞いても「平民は愚にもつかないことを考える」としか思わなかっただろう。
しかし、アレクセイは一冊の本を知っていた。アレクセイの生き方を決定した本で、領主としてどうするべきかを教えてくれた本だ。
その本はアレクセイに教えてくれた。
――正しい考えというのは驚くほど少ない。大抵の場合、環境が変われば、正解は変わる。その場その場に適した考えがあるだけだ。
その言葉をアレクセイはあらためて噛みしめる。
「ご領主さまっ!」
「ありがとうございますっ!」
「凄くおいしいですっ!」
アントンがその場を去ると、あっという間に村人に取り囲まれた。
やはり、料理の効果は偉大だ。先ほどまでの不信感は綺麗サッパリ消え失せ、村人たちは目をキラキラと輝かせている。
アレクセイの頬も自然とほころんだ。
村人一人ひとりに名前を尋ね、話を聞いていく。
「いやあ、前の代官は酷い奴だったんでさあ」
「アレクセイ様がご領主様になってくださって、ありがたいことです」
「外にはこんな美味しいものがあるんですなあ」
「生まれてはじめて食べましたわ」
「ごりょうしゅさま、ありがとうございますです」
老若男女、誰彼問わず話しかけてくる。
今まで誰からも相手にされてこなかったアレクセイには新鮮で、心が温かくなった。
酔っ払っているせいもあり、ずいぶんと気安い態度の者もいたが、アレクセイはそれに腹を立てたりはしない。むしろ、嬉しかった。
――リドホルム家では、こんなに心安らぐ時間はありえなかったな。
これから先、領地改革は簡単ではないだろう。それでも、今この瞬間を味わえただけでも、追放されて良かった――そう思うアレクセイであった。
村人たちのお礼攻めがひと段落し、ちびちびと葡萄酒を傾けていると、ナニーがやって来て隣に腰を下ろした。
「領主さまも楽しんでますか?」
「ああ、ナニーの料理は絶品だね。みんな喜んでるよ」
「えへへ、嬉しいです~」
ナニーの満足そうな笑顔に、アレクセイも嬉しくなる。
「そういえば、シンプルな料理だね。もっと手の込んだ料理なのかと思っていたから意外だったよ。なにか考えがあるんだよね?」
「彼らに合わせたんですよ~」
「合わせた?」
「普段食べ慣れた味をちょっと良くしたもの。それが一番美味しいんです~」
「ああ、確かに。言われてみれば、その通りだ」
「料理長には分かってもらえませんでしたけどね」
貴族にとっては「食べたことがない味」こそ、なによりも素晴らしいとされている。入手困難で珍しい食材を用い、高価な香辛料をふんだんに使う――それが良い料理だ。
そのためにどれだけお金を使えるか、貴族はメンツをかけて競い合う。
アレクセイも数は少ないが、貴族のパーティーに参加したことがある。
見たこともない料理。初めて嗅ぐ匂い。そして、未知の味。
正直、よく分からなかった。普段食べ慣れている料理の方がよっぽど美味しかった。
「なので、村人から普段の食事情を訊いて、それをちょっとアレンジしたんです~」
「ちゃんと考えてくれてたんだね。ありがとう。ついて来てくれたこと、本当に感謝してるよ」
「いえいえ。お礼を言いたいのは、ナニーの方です~。みんな、ナニーの料理で喜んでくれて、ナニーは幸せです~」
アレクセイはナニーの給仕姿を見ていたが、誰もがナニーに感謝を伝えていた。領主という肩書きがない分、より率直な感謝を受けていたくらいだ。
「僕より人気者だね」
「そんなことないですよ~。今もほら、あの子、領主さまをチラチラ見てますよ~。あれは絶対に気があるパターンですね。さすがは、領主さま、モテモテです~」
そんなことないだろう、と思いながら、アレクセイはナニーの視線の先を見る。
そこにいたのは、アントンの孫のリシアだった。
子どもたちと談笑しつつも、確かにアレクセイに度々視線を向けている。
そして、アレクセイと目が合うと、他の子の陰に隠れてしまった。
本人はしっかり隠れているつもりなのだろうが、青い髪を隠しきれていないところが、子どもらしく可愛かった。
「いやあ、まだちっちゃいのに、しっかり恋する乙女してますね~」
「まだ子どもだよ?」
リシアはアレクセイよりひとつ年下の十四歳なのだが、栄養状況が悪いせいで年の割に小さい。
アレクセイもナニーもリシアのことを十歳くらい――『祝福の儀』を受ける年頃――だと思っていた。
「いやいや、侮れないですよ~」
ナニーは他人事だとばかり軽く笑う。
リドホルム家にいた頃から、マーロウと一緒に狩りの獲物を厨房に差し入れていたので、二人のつき合いはそれなりに長い。
ナニーは悪く言えば馴れ馴れしい、よく言えば人懐っこい。
親しくしてくれる人が少ないアレクセイにとっては、彼女の裏表ない態度は嬉しかった。
主従の関係を逸脱してるのでは、と思う場面も多々あったが、アレクセイは無礼を咎めたりはしなかった。
「そういうナニーはどうなの? 領都に恋人でもいたんじゃないの?」
茶化してくるナニーにアレクセイが言い返す。
だが、ナニーは「あははは」と返すばかりで、動じた様子もない。
「普通の女の子だったら、好きな相手に手料理を食べてもらいたいじゃないですか?」
「ああ、そうらしいね」
プロの料理は男の仕事。
家庭料理は女の仕事。
なので、平民女性にとって料理上手というのは男性へのアピールになるのだ。
スージーもアレクセイに振る舞うために料理を覚えたくらいだ。
「でも、ナニーは違うんです。ナニーの料理でみんなが喜ぶ顔が見たいんです。特定の誰かじゃなくて、大勢のみんなに食べてもらいたいんですよ。ナニーはいい妻になるよりも、いいお母さんになりたいんですっ!」
ナニーが後悔していないかと不安だったが、アレクセイの心配は杞憂だった。
「だから、領主さまには感謝してます。ナニーはここでみんなのお母さんになるんですっ!」
「なら、僕はお父さんかな」
領民を導き、幸せになる手助けをする。
それがアレクセイの目指す領主の姿。
領民を家族とするなら、領主は父親だ。
「え~、じゃあ、領主さまがナニーの旦那さんですか~。嬉しいです~」
ナニーはアレクセイの腕に自分の腕を絡ませる。
その膨らみはスージーのより、ひと回り大きかった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『領主宣言します。ご拝聴下さい。』
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