第10話 なにはともあれ、宴会です!(上)

 遅れていた村人もやってきて、ようやく全員が集まった。

 病み上がりの三人は来ていないが、それ以外の全村人がここに集まっている。


「待たせてすまなかった。どうしても、全員そろって欲しかったんだ」


 村人たちの視線がアレクセイに集中する。

 もっと訝しむ視線が多いかと思ったが、予想していたよりも視線は柔らかかった。

 これも、ナニーのおかげだろう。


「これ以上は待ち切れないだろうから、簡単にするよ。僕はノイベルト男爵アレクセイ。君たちの新しい領主だ。そして――」


 アレクセイはスージーとマーロウを紹介する。


「それで、この料理を作ってくれたのがナニーだ」

「はーい、ご紹介にあずかりましたナニーですぅ」


 ナニーはアレクセイの隣に並び立つ。

 アレクセイより頭ひとつ小さいが、元気がいっぱいにあふれている。

 彼女がペコリと頭を下げると、二つ結びのオレンジ髪が可愛く揺れる。

 そして、なぜか、ナニーの手にはお玉と鍋蓋が握られていた。


「今日は皆さんのために張り切って腕を奮っちゃいました~。食べきれないくらいいっぱい用意したんで、遠慮しないで食べてくださいね~」


 おおおお、と歓声が沸く。

 村人の食生活は質素極まりない。生きてくための最低限の食事だ。

 普段はわずかなパンと薄味のスープ。猟が成功した日には、ひと切れの肉が食卓に並ぶ。

 満腹を知っている者はひとりもいなかった。


「領主さまの胃袋をガッチリ掴んでる料理なので、味は保証しますよ~。ね~、領主さま~?」


 村人たちの間で、笑い声が起こる。

 ナニーには「いつも通りの軽い調子で」と頼んである。領民にも気軽に接してもらいたいからだ。

 軽く見られるのではという意見もあるだろうが、アレクセイは「恐れられるよりは、軽く見られる方がよっぽどマシ」だと考える。


「ああ、ナニーの料理は絶品だ。それに今日は酒も用意してある」


 アレクセイの言葉に、男衆がざわつく。

 この宴会のために、食材も酒も大量に買い込んできたのだ。


「いつもこう、とはいかないけど、今日は特別な日だ。食べて、呑んで、楽しんでくれ」


 その言葉を合図に、村人たちは笑顔で動き出す。

 アレクセイへの警戒心は、食欲によって綺麗に上書きされたようだ。


「なくならないから、ちゃんと並んでくださいね~」


 ナニーはお玉と鍋蓋を打ち鳴らして、声を張り上げる。

 しかし、彼女が声をかけるまでもなく、村人はきちんと列を作っていた。列を乱そうとする者は一人もいない。


 まず最初は子どもたち、その次に女性。

 その後に男性が並び、老人はその後ろだった。

 村長のアントンは最後尾だ。


 その様子を見てアレクセイは衝撃を受けた。

 アレクセイの常識からは考えられなかった。


 女性は男性にかしずき、若者は年長者を敬う。そして、家長は絶対的な存在――それがこの国の常識だ。


「不思議な光景ですね」


 スージーが両手に二人分の料理と酒を抱えてやってきた。


「ああ、だけど、これがこの村の生き方なんだね」

「お気に召しませんか?」

「いや、彼らなりの知恵なんだろう。学ばせてもらいたい」

「アレク様らしいです。お姉ちゃん、安心しました。アレク様もくつろいで楽しんでくださいね」

「ああ」

「では、お姉ちゃんは自分の仕事をしてきますね」

「よろしく頼んだよ」


 スージーには村人の調査を頼んである。

 なんという名前で、なにが得意か、どんな性格か。

 領主であるアレクセイには言いづらいことも聞き出せるかもしれない。

 スージーはこういった仕事も得意だった。


 アレクセイは串焼きを頬張り、葡萄酒で油を流し込む。塩と香草だけのシンプルな味付けだ。

 ナニーのことだから、張り切って手の込んだ料理を作るだろう――そう思っていただけに拍子抜けだった。

 今回のメニューは串焼きにパン、そして、スープだけだ。

 その理由は分からなかったが、「彼女なりの思惑があるんだろう」と納得した。


「どうかなさいまいしたか?」


 一人でいるアレクセイにアントンが声をかけてきた。

 よく見ると、他にもアレクセイに話しかけたがっている者たちがいる。

 まずは代表ということで、アントンが最初に動いたのだろう。


「この村では子どもと女性を大切にしているんですね」

「ええ、そうですが……」


 アントンはなぜそんな当たり前のことを、といった顔つきだ。


「外では違うのですか?」

「ああ、僕がいたところでは、『なにを成したか』がなによりも大切なんだ」

「『なにを成したか』ですか……」

「領地を守り、領民を守ってきた貴族は平民より偉い。その中でも当主が一家で一番偉い。その上は国をまとめる国王陛下だ」

「確かに、ここに来ていた貴族様はそのような方々ばかりでしたな。我々のことを税を収める家畜くらいにしか思っておりませんでした」


 貴族批判ともとれる不敬な発言だ。アレクセイのひととなりが分かった上での言葉である。

 もちろん、アレクセイはそれを咎めない。それどころか、アントンの言葉を肯定する。


「安心してくれ。僕はそのように振る舞うつもりはない」


 権力者として上から押し付ける統治は簡単だ。

 しかし、そうするつもりはアレクセイにはなかった。


 ――彼らに寄り添い、彼らとともに生きる。


 そう決意した以上、彼らの慣習を理解する必要がある。自分の常識に合わないからと切り捨てる気はさらさらなかった。


「君たちのことが知りたい。どうしてあの順番で並んでいるんだ?」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『なにはともあれ、宴会です!(下)』

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