第13話 ベーシックインカム!!

 宴会が終わり、アレクセイはあてがわれた家でついさっきのことを思い返していた。


 初日としてのつかみは大成功だ。

 思っていた以上に上手くいったのは、前任の代官がよっぽど酷かったのか、それとも、ナニーの料理で胃袋を掴んだからか。

 いずれにしろ、アレクセイは満足していた。


 椅子に座り、一冊の本をパラパラとめくる。

 四年前に出会い、アレクセイの運命を決定づけた大切な本だ。

 内容は完全に頭に入っているが、初心を忘れないよう、毎日開くことにしている。


 しばらくそうしていると――。


「アレク様、村人の情報をまとめましたよ」

「お疲れさま。今から目を通すから、先に休んでて」


 スージーがひと仕事終えて戻ってきた。

 アレクセイは彼女をねぎらい、読んでいた本を閉じる。


「アレク様は頑張り過ぎですっ! お姉ちゃんが癒やしてあげますっ!」


 座っているアレクセイに書類を渡すと、スージーは彼の背後に回る。


「う~ん、こってますね~。これは念入りにほぐさないといけませんね~」

「じゃあ、お願いしようかな」


 まだ肩こりに悩むような年齢ではないが、アレクセイは調子を合わせる。

 スージーは慣れた調子で肩を揉み始めた。


 アレクセイはリラックスして、受け取った資料にパラパラと目を通す。

 スージーの実務能力は高い。

 書類には村人の名前と特徴、そして、ギフトが一覧にまとめられている。その他にも、農業、戦闘、調査など分野ごとにグループ分けしたデータも載っていた。


 ――これがあれば、明日からすぐに動けるな。


 アレクセイは頭の中で、明日からの行動プランを組み立てていく。


「うん、よくまとまっているね。いつもながら、完璧だよ」

「そこは、お姉ちゃんですからね」


 アレクセイに褒められ、スージーは胸を張る。そして、「ご褒美をくれてもいいんですよ?」と頭を差し出す。

 アレクセイが銀髪を撫でると、スージーは目を閉じうっとりとする。

 そんな彼女の無防備な表情と、指に触れる滑らかなさわり心地にアレクセイの心も癒やされていく。


「続きは後でね」

「久しぶりの二人きりですね」


 実家を出て一週間。二人で寝るのは久々だ。

 一週間も二人きりになれなかったのは、生まれて初めての経験だった。

 ご褒美を期待して、スージーは顔を赤らめ、瞳をうるませる。


「ああ、サービスするよ」

「お姉ちゃんこそ、たっぷりサービスしちゃいます」

「期待しているよ。僕はもう少し考えたい。先にベッドで待ってて」

「あんまり遅いと、お姉ちゃん、先に寝ちゃいますよ」

「それは困るなあ。分かった、早めに切り上げるよ」


 そっと口づけを交わし、スージーが離れた。

 アレクセイは今日一日を振り返り、未来のことを考える。


 ――お腹いっぱいでもう食べれないという一年後。


 村人にとっては夢物語だ。

 だが、アレクセイにとっては、目的のための第一歩に過ぎない。

 彼が描く夢物語は比較にならないほどバカげた、巨大すぎるものだった。


 ――ベーシックインカム。


 領主が領民に「生きていくために最低限必要なお金」を定期的に与えるという政策だ。

 男女も年齢も問わず、働きぶりも関係なく、みな一律で同額を給付する政策。

「各個人に対して一律に同額を課する」人頭税の真逆を行く。負の人頭税と呼んでもいいかもしれない。


 このアイディアを思いついたのはアレクセイではない。

 膝に抱えている本から得たものだ。

 この世界の言葉で書かれた書物ではない。

 異世界からやって来たリドホルム家初代当主が書き上げた本だ。

 ニホン語という言語で書かれた本。


 そのタイトルは――――『ベーシックインカムへの道』


 初代が志し、叶わなかった夢――その実現こそが、アレクセイの夢だった。


 ――生きるために働くのではなく、生きるために生きる。


 この本に出会い、その理念にアレクセイは強く惹かれた。

 そんな夢のような世界を実現させたい。

 そして、【名君】があれば、きっと実現できる。


 ――そのために神は僕に【名君】を授けたのだろう。


 初代がなぜ失敗したのか、その本にはその理由も書かれていた。初代の無念が伝わってくる書きぶりだった。


 ――まだ見ぬ子孫よ、どうか俺の思いを継ぎ、『ベーシックインカム』を実現させてくれ。


 その本はそう締めくくられていた。


 異世界でベーシックインカムの考えが生まれてから数百年。

 それだけたっても、ごく一部の地域で短期間のテストが行われただけで、実現にはほど遠かったそうだ。


 だが、初代は確信していた。

 この世界であれば、いずれベーシックインカムを実現できると。


 その思いはアレクセイに引き継がれ、今その第一歩が踏み出しされたところだった――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 ちょっと真面目に……。


 ベーシックインカムという考えが生まれたのは18世紀末だと言われてます。

 作中でも言及されている通り、長い年月をかけても未だ実現には程遠い状況です。


 本作でも、ベーシックインカム実現までは長い道のりになります。

 【名君】の力でゴリ押しのバラ撒きをすれば可能でしょうが、人々が自発的にベーシックインカムを受容するプロセスを丁寧に描いていきたいです。


 とはいえ、硬い話ばっかりでもあれですので、基本は内政チートしたり、イチャイチャしたり、無双したりで、たまに真面目な面も顔を出す程度のバランスでやってくつもりです。


 長い話になるかも知れませんが、ベーシックインカム実現まで、おつき合いいただけたら幸いです。


次回――『第2章 キャラクターリストです。』


1話挟んで、第3章【領地改革スタート】スタート!

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