第4話 臣下が三人集まりました。

「スージーには旅立ちの支度を任せるよ。一秒でも無駄にできないからね」

「はいっ! お姉ちゃんにどーんと任せて!」


 スージーはギフト【忠臣】を授かり、興奮冷めやらぬ様子だ。


「アレは全部持ってっちゃおう」

「こんな仕打ちをされたんですから、それくらいしてもバチは当たらないですよねっ!」


 黒い笑みを交わす。

 二人の言うアレとは――。


 リドホルム家には財貨を溜め込んだ倉庫がいくつかあるが、そのうちのひとつに「ガラクタ置き場」と称される場所がある。

 価値のないもの、役立たずのもの、しかし、捨てるのは忍びないもの。そのような物が打ち置かれるいるのだ。

 だが、ガラクタの中には骨董品など実は価値のあるものが埋もれていた。

 アレクセイとスージーは長い時間をかけてガラクタを漁り、目星をつけていたのだ。


 開拓のために与えられた資金は少ない。

 骨董品を売り払って開拓資金にあてようという腹づもりだった。

 実家を追放されたのだ。これくらいは意趣返しのうちにも入らないだろう。


「じゃあ、僕は勧誘してくるよ」

「成功するよう、お姉ちゃんが祈ってますよ!」


 アレクセイの頬にチュっと触れる唇。

 俄然、やる気が出たアレクセイであった。


 屋敷を出ると乾いた風が頬を撫でる。

 夏の終りかけの夕方。沈みゆく夕日。

 屋敷の前には整えられた広大な庭園。


 木々は丁寧に刈り揃えられ、色とりどりの花が咲き誇っている。

 アレクセイはこの眺めが好きだった。

 この光景も見納めか――アレクセイの胸中に感慨が沸き起こる。


 立派な庭園。その片隅に目立たぬようひっそりと建てられた小屋がある。この庭園を維持する庭師のひとりが暮らす小屋だ。


「やあ、マーロウ」

「これはこれは、坊ちゃん」

「坊ちゃんはやめてくれ。もう、成人したんだから」

「はっはっは。そうでしたな」


 小屋の隣の小さな菜園。

 広大な庭園に比べれば、小さな箱庭だ。


 それでも、小さな花々が並び、幸せそうな顔を見せている。

 毎日、懇切丁寧に愛情を込めて育てられたとひと目で分かる。


 ジョウロを置き、かがんでいたマーロウが立ち上がる。黒く日焼けした顔には深いシワが刻まれ、白くなった頭髪はいくぶんか後退している。

 もう引退してもおかしくない年齢だが、身体は引き締まり、いまだ壮健だ。


「なあ、マーロウ。話があるんだ」


 深刻そうに告げるアレクセイの顔を見て、マーロウはなにかを悟ったようだ。


「立ち話もなんでしょう。お茶でも淹れますよ」

「マーロウが淹れてくれるお茶は美味しいからな」


 マーロウは片足を引きずりながら小屋に向かう。

 彼のジョブはもともと【猟師】だった。しかし、足を怪我して猟師は廃業。それからはリドホルム家で庭師として働いている。

 ジョブも【庭師】へと変化した。ジョブは神からの授かりものではあるが、生き方によって変化、成長する。

 新たなジョブを得るのは並大抵のことではないが、マーロウはその勤勉さによって第二の人生を掴んだのだ。

 そして、今、アレクセイは彼に第三の人生を示そうとしている。


 二人は並んで小屋に入った。

 湯気と芳しい香りを放つふたつのカップを前に、アレクセイは語り始める。


「実は――」


 アレクセイが今回のいきさつについて語り終えると、マーロウは顔をしかめた。


「なるほど、お館様もご無体な……」


 マーロウはそこで言葉を飲み込み、代わりにすっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。

 アレクセイも同じように空になったカップをテーブルに下ろす。そっと下ろしたつもりだったが、カップの立てた音が静かな小屋に響いた。


「それで、お願いがあるんだ。マーロウにもついてきて欲しい」

「分かりました。他ならぬ坊っちゃんの頼みです。この老骨でよければ、どこへでもお供いたしましょう」


 マーロウはアレクセイによくしてくれる数少ない使用人のひとりだ。

 アレクセイのことは「坊っちゃん」と呼ぶが、弟は「オルヴァン様」だ。二人の親密さが分かるだろう。


 そして、アレクセイにとっては師匠でもあった。

 マーロウは土いじりと森を教えてくれた。

 どうやったら植物を上手に育てられるか、森の中でどう振る舞えばいいか。


 辺境での生活にマーロウの能力と知識は大いに役立つ。スージーと同じくらい頼もしい味方だ。

 安心するアレクセイにマーロウが続ける。


「ひとつお願いがございます。厚かましいお願いなのですが……」

「なんだい? 僕にできることなら、叶えてみせよう」

「孫のナニーも一緒に連れてってもらえませんかな?」

「それは大歓迎だ。こちらからお願いしたいくらいだよ」


 アレクセイは即答した。

 マーロウ以外にも親切にしてくれる使用人は数人いたが、辺境行きにつき合ってくれるほどではない。

 三人目のあてがなかったので、マーロウの提案は渡りに船だった。


「ただ、本人はどう思っているのかな?」


 ナニーはリドホルム家の食卓を任される料理番のひとり。

 祖父のマーロウ以外に身寄りのない少女だ。


「あれは小さい頃から自分の料理を人に食べてもらうのが夢でした。ですが、ここにいたら、その願いは叶えられぬのです」


 職人の世界は男尊女卑が根強く残っている。

 とくに、料理人の世界は厳しい。

 伯爵家の厨房では、女性は下働きくらいしかさせてもらえない。

 市井の料理屋でも料理を作るのはほぼ男性だ。

 女性がするのは家庭料理だけ。それがこの国の常識だ。


「そういうことか……」

「ノイベルト州で領地経営が軌道に乗ってからで構いません。どうか、あの子に物分りのいい料理人をあてがってもらえませんかな?」


 自分の店は持てない。

 それなら、せめて、ナニーに料理をさせてくれる相手と結婚し、一緒に店をやらせて欲しい――それがマーロウの願いだった。


「……それは無理な話だな」

「…………」


 マーロウの顔がこわばる。

 しかし、対照的にアレクセイは頬を緩めた。


「ナニーにはノイベルト家の料理長になってもらうつもりだ」


 この世の常識からすれば、アレクセイの言葉はありえないものだ。

 だが、伊達や酔狂ではないことはアレクセイの顔を見れば分かる。


「……坊っちゃん」

「僕のためにすべてを捨ててついて来てくれるんだ。その気持ちにはしっかりと報いるつもりだよ」


 マーロウの目尻に涙が浮かぶ。


「年を取ると、涙もろくなっていけませんな」

「一応、本人の確認も取らないとね」


 マーロウは涙を拭うと、頭を深く下げた。


「このまま、ここで骨を埋める気でおりましたが、これも神のお導きでしょう。最後にもうひと花咲かせて見せましょう」


 言い終わった瞬間、アレクセイの脳内に声が響く――。


〈臣下登用に必要な条件が満たされました。マーロウを臣下に加えますか?〉


 登用するためには「臣下の礼」が必要というわけではないようだ。

 アレクセイが肯定すると、先ほどのスージーと同じように、マーロウの身体を光が包む。


「こっ、これは……」


 驚くマーロウにアレクセイが【名君】について説明した。

 【臣下リスト】で確認すると、マーロウにもギフトが付与されていた。


「やはり、神は坊っちゃんを祝福しているようですな。頂いたこの力で、坊っちゃんを支えてまいりますぞ」


 マーロウは呵々かかと大笑する。


「ああ、頼りにしているよ」


 その後、本人に意思を確認したところ、ナニーもノイベルト行きを快諾。

 彼女にも無事に【ギフト付与】できた。

 こうして、わずか三人のアレクセイ家臣団が結成された。


 そして、三日後。出立の日だ。

 この三日間、アレクセイはスージーの助けを借りて万全の準備を整えてきた。なにが必要か分からない辺境の地だ。準備は怠れなかった。

 その際、「ガラクタ置き場」からリドホルム家の所蔵物をいくつか失敬した。見る者が見ればその価値が分かる骨董品や貴重な書物――どれも見向きもされず埃をかぶっていたものだ。

 どうせ、誰も気づくまい。手切れ金代わりだ。


 こうして、早朝、見送りもないまま、アレクセイら四人を乗せた馬車がノイベルト州に向けて出発した――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『マーロウのギフトは強そうです。』


第2章『ウーヌス村』スタート!


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