第2話 初めての臣下はスージーです。【名君】になにか反応が……。

 エグムントの執務室を辞した二人は、アレクセイの私室へと戻った。

 狭く質素な部屋で、使用人の部屋と見まがうほどだ。それでも、スージーの手入れによって、清潔に保たれている。


 部屋に入るやいなや、スージーはアレクセイの背中にギュッと抱きついた。

 ふわっと柔らかく包まれ、甘い香りが強張こわばっていたアレクセイの心をそっと溶かす。


「アレク様には、お姉ちゃんがいるから大丈夫です」

「巻き込んじゃったね」


 スージーは首を横に振る。

 細い銀髪がさらりと揺れ、アレクセイの首元をくすぐった。


 二人は乳姉弟だ。

 アレクセイを産むと同時に亡くなった母に代わり、スージーの母が二人を育て上げた。

 スージーの方が三ヶ月早い生まれだ。

 人前では使用人としての態度を崩さないが、二人きりのときはこうやって姉のように振る舞う。

 アレクセイもそれを望んでいた。


「アレク様のいる場所がお姉ちゃんのいる場所ですからね」

「うん、ありがとう」


 アレクセイの隣にはいつもスージーがいた。

 スージーの隣にはいつもアレクセイがいた。


 三年前にスージーの母が流行り病で亡くなってからは、本当に二人きりになった。

 味方のいないこの館で、お互いだけが唯一心を許せる相手だった。


 アレクセイを抱くスージーの手に力が入り、二人はより一層、密着する。


 落ち込んだとき。

 悲しいとき。

 寂しいとき。


 彼女はいつもこうやってアレクセイを慰める。

 そして、そんなときは決まって――。


 スージーはアレクセイの肩に頭をあずけた。

 アレクセイは慣れた手つきで銀髪をく。


「今日も綺麗だ」

「アレク様だけですからね。お姉ちゃんの髪を褒めてくれるのは」


 銀の髪はこの国で特別な意味を持つ――悪い意味で。


 ――銀髪は魔族の血が混じっている証。


 両親の髪がありふれた色であっても、銀髪の子どもが生まれることがある。

 それは先祖に魔族の血が混じっているから――と言われている。


 銀髪は混じり物――忌み嫌われる存在だ。


 差別されるほどではないが、人に好かれることもない。

 だが、アレクセイは気にしなかった。それどころか、いつまでも撫でていたいと思うほどだ。

 今も、黙って撫で続ける――。


 アレクセイが顔を傾けると、二人の視線が絡まる。

 それ以上の言葉は必要なかった。

 十五年間かけて築き上げてきた二人の絆があった。


 客観的に見たら絶望的な状況だ。

 家を追われ、辺境の開拓を命じられた。

 待ち受けるのは過酷な生活。

 命の保証すらない。


 だが、それでも――。


 スージーがいれば。

 アレクセイがいれば。


 二人とも、前を向いて歩いていける。


 言葉のない会話の後で、スージーは真剣な表情に切り替えると、アレクセイの足元にひざまずく。

 こうべを垂れるスージーの姿を見て、懐かしい思いが湧き上がり、それとともに胸が温かくなる。


 スージーが行おうとしているのは、この国に伝わる「臣下の礼」――臣下が主に忠誠を示す儀式だ。

 平民を騎士に取り立てる場合や、上位貴族の代替わりの際には今でも行われる。だが、なかば形骸化しており、昨今では省略されることも多い。実際、今回アレクセイは男爵に叙されたわけだが、「臣下の礼」は行われなかった。

 古めかしい慣習ではあるが、「臣下の礼」は由緒正しい儀式だ。自らそれを行おうとするスージーの姿に、アレクセイは彼女の決意を悟る。


 小さく頷いたアレクセイは、立てかけてある剣に手を伸ばす。

 貴族が持つにしては粗末な鉄剣だ。本来なら装飾された儀礼剣を用いるのだが、アレクセイが所持しているのはこの一本のみ。


 アレクセイはスージーの前に立つ。

 そして、手に持った剣を鞘から抜き、剣先でスージーの右肩、左肩と順にポンと軽く叩く。

 それから、剣先をスージーの胸元に差し出した。


 スージーは剣先をうやうやしく両手でつかみ、自らの心臓の位置に押し当て、忠誠の言葉を述べる。


「我が身も心もアレクセイ閣下に捧げます。生涯の忠誠をここに誓います」

「そなたの忠誠、ここに受け入れよう。これより我が剣、我が盾、我が腕となり、忠義に励むがよい」


 アレクセイは受け入れの言葉を述べ、剣を鞘にしまう。


「はっ」


 スージーが再度、深く頭を垂れる。

 以上が「臣下の礼」だ。


 アレクセイが懐かしく思ったのは、今回が初めてではないからだ。

 【名君】が役立たずのジョブであると広まり、人々の関心がアレクセイから離れた頃――「それでもお姉ちゃんはずっと隣にいる」とスージーが励ましてくれたのだ。

 あのとき、アレクセイがどれだけ救われたことか。


 感慨深い思いに浸っていると、突如、アレクセイの脳内に不思議な声が流れる。


〈臣下登用に必要な条件が満たされました。スージーを臣下に加えますか?〉


「えっ、うん……」


 脳内の声に思わず反応すると、声はさらに続いた。


〈スージーを臣下に加えました〉

〈現在、臣下は1名です〉

〈初回臣下獲得により、【名君】がアクティベートされました〉

〈詳細をご確認しますか?〉


 そして、スージーの身体が輝きに包まれる。


「こっ、これは……」

「…………」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


次回――『【名君】はハズレジョブじゃないです。むしろ、夢が広がります。』


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