百五十五話 宿泊

 電車の旅は想像以上に長く、体力を消耗するものだった。

 元々俺が乗り物酔いに弱いということもあるが、明確な目的地がないという状況が精神的疲労に拍車をかけた。


 ただ遠くに行くということを目的としているため、あと何駅とか何時間とかいうゴールがないのだ。


 行き止まらないように、乗り換えも意識したが効率的に進めている自信はない。

 

 肩に寄りかかってうとうとしている城ヶ崎を見る。

 城ヶ崎も乗り物酔いに強いわけではないようだが、眠ってしまえば酔うこともないだろう。

 できればこのまま眠っていてもらいたい。


 そう思っていたところ、電車が揺れた拍子に城ヶ崎のまどろんだ瞳が開く。


「そろそろ降りた方がいい」


 眠気を含んだものの、妙に落ち着いた声が言った。


「……ああ」


 俺は反射的に立ち上がり、城ヶ崎と共に停車駅に降りる。

 見ると、見たことも聞いたこともない駅名の看板が待ち構えていた。

 それに外は真っ暗だ。


「知らんとこに来たな」

「……それなりの都市だとは思うけれどね。地理は苦手かな」


 うるせぇ、俺は修学旅行くらいでしか県外に出たことがないんだよ。

 そう言い返す間もなく、他の乗客の邪魔にならないよう、やむなく改札へと足を動かすことになる。


 というか、知らぬ間に県境を一つどころか二つ越えていたのを今になって気がついた。

 ただ一駅一駅、地元から離れた分だけを数えていたせいで、自分たちがどれくらいまで来ていたかを意識していなかった。


 改札を通る前、精算機で運賃を精算する。

 やはりそれなりにかかってしまっていたが、手持ちでなんとか余力を持って払える額には落ち着いている。


 遠くといっても無限に行くことはできない。

 行った先で金が足りなくなれば無賃乗車で警察に行く羽目になる。

 終電もそろそろの時間帯だろう。

 

 その点、城ヶ崎は寝落ちしながらも距離や運賃、終電を考慮し、ここで降りるべきだと判断していたのだろう。


 それに比べ、俺は城ヶ崎を連れ出しさえすればなんとかなると心のどこかで思っていた。

 気を引き締める必要がある。


「どこで寝る?」


 駅出口正面に出ると、城ヶ崎が俺の手を遠慮がちに握りながら訊いてきた。


 その小さな手を握り返しつつ、夜でも光を放つ街へと足を踏み出す。


 ♢


 思うに、今後の最大の課題となるのは、生活資金の確保であろう。

 どこかで家出した訳ありの未成年でも働かせてくれるような場所を見つけ、そこである程度稼ぎつつ、なんとか生活基盤を安定させていきたいところだ。


 とはいえ、では働き先の見当もつかない初日は節約のために野宿でもすべきかというと、そうではない。


 いきなり、最初からそんなみじめな生活をしては気が滅入ってしまうというものだ。

 精神的に落ち込んでしまうのは今後たくましく生きるためにもよろしくない。

 

 むしろ今はある程度持ち金に余裕があるのだから、多少贅沢するのは全く問題にはならない。

 というか、宿を確保するのはむしろ人として最低限度の生活を確保する意味であって、断じて贅沢ではない。


 よって、初日からホテルに泊まるのは決して間違っていない。


「おー、ここはタッチパネルで選べるんだな。初めてきたぜ」

「……」


 入り口に入ると、すぐ目の前にデカいパネルがあり、空き部屋と使用中の部屋が表示されている。


「まぁまぁ高いが……背に腹は変えられんしな」

「ねぇ、ちょっと」


 できるだけ安い部屋を選ぶも、大した節約にはならない。


「禁煙だってよ、しゃあないか。まぁ、お前からしたらそっちの方がいいよな」

「いや、それは今はよくて……」


 急に、城ヶ崎がぎゅっと俺の腕を引っ張ってくる。


「ここ、ラ、ラブホだよね?」

「いや、だってしょうがないだろ。普通のビジネスホテルだとスタッフと顔合わすし、未成年だってバレて万が一通報でもされたらやばいって。だからしょうがねえんだよ。だろ?」

「それは、そうだけども……早口だね」


 聞こえるとまずい部分が奥にいるかもしれないスタッフに聞こえないように、小声で説明すると城ヶ崎も納得してくれた。してくれたよな。


「とにかく仕方ないんだ。さぁ行こう」

「心なしテンション高いね?」


 いまいち入り方がわからず、少しうろちょろ迷ってから、俺と城ヶ崎は上りのエレベーターに乗った。

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