最終章 透明なる夜

百四十七話 来客

 2月下旬になると城ヶ崎はほとんど学校に来なくなった。

 

 俺は学校には行っても、授業を受ける気にもならず校舎裏や部室で時間を空費する生活を送っていた。


 放課後のチャイムが鳴り、自分が眠っていたことに気づいた。

 部室の固いパイプ椅子で寝ていたせいで、体のあちこちが痛む。


 こんな場所に来て何にもならないというのに、俺はここにいる。

 城ヶ崎どころか有原も来ないし、誰と交流するわけでもなく本当に無意味な時間だった。


 昔は無意味な時間を過ごすと己のダメさに虚しさを感じたり、あるいは酔いしれていたものだが、今は本当に何もない。

 ただの無、空っぽという表現が正しい。


 俺の学校生活は城ヶ崎がいなければ本当に何でもない代物だったのだ。

 あいつの真似事をして他人事に首を突っ込んだりしていたのは所詮あいつが近くにいたからできたことでしかない。


 有原が来なくなったのも当然だ。

 あいつは元々城ヶ崎に拾われたようなもので、俺に懐いていたわけじゃない。

 三人なら仲が良く見えても、俺と二人きりの部活を続けるわけもなかったのだ。相思相愛の彼氏もいるわけだし。


「電気くらいつけたらどうですか?」


 急に部屋が明るくなり、眩しさに辟易する。

 首をもたげて入り口の方をみると、そこにいたのは背の高い美少年。

 

 ミステリ研究会の明智三郎だ。


「誰だお前」

「ひどいですね。同じ釜の飯を食べた仲だというのに」


 肩をすくめ、苦笑いを浮かべる仕草が癇に障る。

 気取っても様になるし、忘れられるようなビジュアルでないのが腹立たしい。


「何しに来た」

「いえ、様子を見に来ただけですよ」

「城ヶ崎はいないぞ。帰ってくれ」


 まだ未練でもあるのか?

 ふざけやがって、こっちが大変な時に。


「僕が見に来たのはあなたの顔ですよ」

「なんだと?」

「城ヶ崎さんの転校の件で、一体どんな表情をされているものかと」


 てめぇ……殺すぞ。

 つーかどっから仕入れたんだよその情報。


 そう言いたくなったが、口に出す気力もなかった。

 もはや全部どうでもいい。


「んふふ、これは随分と弱っているようですね。何も言い返してこないとは」

「いいから帰れよ」


 手が出る前にとっとと失せてくれ。


「仕方ないですね。わかりました」


 だが明智は扉を閉める直前、足を止めた。


「我々の好む推理小説ではバッドエンドも多いですが……人が死んだわけでもありませんし、そこまで暗くならなくてもよいのでは?」

「黙って帰れ」


 うるせえよ本当に。

 何がバッドエンドで何がハッピーエンドなのかも知らねえし、興味もない。


 確かなのは、俺が今史上最低最悪な気分だってことだけだ。


 ♢


 次の日、またも部室に来客があった。


「お〜来てやったぞ城ヶ崎ぃ〜」


 扉を乱暴に開けた、赤い髪の小柄な女といえば武者小路しかいない。

 セットの早乙女は珍しくついていないようだ。


「あ? 今日は飼い犬しかいねえのかよ」


 誰が飼い犬だボケ。


「あいつは学校来てないぞ。帰れ」

「なんじゃわりゃ、ウチがせっかく来てやったっちゅうに、なんでおらんのじゃ!」


 知らねえよ。

 お前普段わざわざ部室に来るようなこともなかっただろ。


「何の用だ」

「はん、アイツ日本からおらんくなると聞いてな。直々に見送ってやろうと出向いたまでよ」


 友達かよ。

 お前、やっぱりあいつのこと好きだろ。


「なに、聞こえんなあ。ウチはな、後悔せんように行動しとるだけや! お前と違ってなぁクソ犬」

「うぜえ」


 なんでコイツに当て擦られなきゃいけねえんだよ。

 

 俺だって後悔しないようにしてきたつもりだ。

 それでもダメなんだから仕方ないだろ。


「やーい、お前は一生そこで屍のように生きるんだな、ギャハハハ!」


 武者小路は俺を指差して笑うとすぐに逃げていった。


 なんだあいつ……

 もはや呆れて物も言えない。


 怒ったりして感情が動くのがもはや面倒だ。

 せめて静かに穏やかでいさせてくれよ。

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