七話 偏屈

 肩まで伸ばしたボサボサの黒髪。

 年下と見紛うほどの低い背格好。

 そして、疲れたような冷めた眼差し。


 そこにいたのは、間違いなくあの夜に出会った「シロサキ」だった。


「……」


 ただ人や服装は同じでも、学校にいるだけで受ける印象は異なる。

 暗い浜辺にいた少女はたしかに異物ではあったが、どこかあの寂しく冷たい空気感に馴染んでいた。


 しかし、たった今ほんの数メートル先に佇む少女には、また別の異物感、集団の中で悪目立ちするような、不気味な雰囲気がある。


「ま、……」


 シロサキ──城ヶ崎じょうがさきは言葉を詰まらせ、目を丸く見開いた。

 佐々川ささがわさんとの間に緊張が走る。

 いや、城ヶ崎が俺と佐々川さんを交互に見て、各々が牽制し合ったというのが正しいか。


「久しぶり。城ヶ崎さん。私、あなたに」


 普段の凛々しく落ち着いた様子からは打って変わった、息の詰まったような言葉。

 震える声音で沈黙を破った佐々川さんを、しかし城ヶ崎は遮った。


「ふん。知り合いか。どうりで似ていると思ったよ」

さかきくん?」


 佐々川さんが今度は俺を凝視し、無言で説明を求めた。

 俺だって佐々川さんがシロサキ、いや、城ヶ崎と知り合いであることに驚いている。わけのわからない事態に俺は唖然としたままだった。


 ……いや待て、俺が佐々川さんと似ているだと?

 どう考えても失礼だろ、佐々川さんに対して。


 俺の非難の視線に気付いているのかいないのか、城ヶ崎が喉を鳴らし、皮肉げな笑みを作った。


「くく、しかし偶然とは面白いものだね。君がこの学校の生徒とは。まぁ、今後関わる可能性はおそらく低いから、特に価値のない偶然だけれどね。せいぜい、二人で仲良くしているといいよ」


 思っていたよりも高く、妙に色のある声で滔々と言ってのけ、城ヶ崎は踵を返した。

 制服を着た細身の小さな身体がこちらへ背を向ける。


「なあ、待てよ」


 ようやく俺の言語機能が復活した。余裕のない不格好な呼びかけしか出てこなかったが、それで十分だ。


「何かな。僕は今少し忙しいんだ」


 真っ黒な瞳に冷たく睨まれた。

 長い前髪に隠れがちな瞳の奥、そこに一体どんな思考や目的があるのか、到底窺い知ることはできない。あるのはただの拒絶だけだ。


「始業にはまだ時間があるぜ。なにがあった?」


 息巻いて早くに出て来た生徒も少なくないが、まだ最初のホームルームまで三、四十分以上もの余裕がある。

 始業式の今日のスケジュールからすれば、忘れ物も考えづらい。体調不良というのなら、そっとしておくべきなのかもしれないけど。


「君たちには関係がない。教えてやる義理もない」


 どうにも捉えどころのない感じだ。人の善意を頑なに突き放すとは、ますます面白い奴だな。世間一般には嫌な奴とも言うが。


「困っていることがあるなら、助けになるわ」


 佐々川さんが剣呑な空気に割って入った。城ヶ崎の表情が曇る。

 やがて諦めたように、城ヶ崎は小さくため息をついた。


「職員室にクレームを入れてくるだけだよ」

「クレーム?」


 そのまま反復する俺に、間抜けを見るような顔で城ヶ崎は続けた。


「単なる事務処理上のミスさ」

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