三話 二十歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律

 生まれて初めての原付二人乗り。

 しかも相手は見知らぬ同年代の女。男子高校生的に、テンションが上がらぬわけがない。


 ここで事故でも起こして二人共死んだら最高にバッドエンドなのだが、幸いにもそうはならなかった。


 いくら低速といえど、さすがに制服だけでは寒すぎるので、上着と安全上の観点からヘルメットを貸した。代わりに俺がノーヘルになったが、まあ誰も見ていないので許してほしい。バレようが色々と今更だけど。


 そういえば原付に乗る前、彼女は「シロサキ」と名乗った。まだフルネームを教えるほどの仲ではないとのことだ。別にどうでもいいけど。


「どこまで行くの?」

「ああ?! すまん聞こえねえ」


 実は聞こえていたが少し意地悪をした。運転中は暇なのだ。


「ど・こ・ま・で・行・く・の?」


 ちゃんと大声も出せるらしい。それに意外と女らしい声だ。


「すぐ着くよ」


 本当なら「しっかり掴まってろよ!」的な台詞を言いたかったが、ゆっくり安全運転な原付では格好がつかない。

 もともと、寒さなのか、あるいは怯えからか、シロサキは注意するまでもなくしっかり掴まっていた。


 街は変わらず静かだった。エンジンが唸る音と、遠くから届くサイレンだけがついてくる。上着が厚いせいか、背中に熱は感じられない。黒い雲が月を隠し、等間隔の街灯がやけに眩しかった。


 五分とかからず、原付は俺たちを目的地まで運んだ。


「ほら、ここなら吸えるぜ」


 田舎民が深夜に出かけるとすれば、大人のお店を除けばここしかない。

 この片田舎に最近進出してきた、二十四時間営業中のコンビニエンスなストアだ。


「コンビニか……うーん」


 ヘルメットを脱いだシロサキは脱力したように呟いた。ボサボサの髪が脱力感をさらに増している。


「二十四時間開いてるし、灰皿あるし、食いもんあるし、暖房効いてるし。ついでに監視カメラもあるけど」


 深夜営業してるのがコンビニしかないあたり、さすが田舎である。田舎における生活インフラの大部分を担っていると言っても過言ではない。


「店員さんにバレたりしないかな……」


 お、意外と小心者だなーと思いつつ、普通の感覚が戻ってきているのは割と良い傾向だと感じた。

 流れに身を任せるままついてこられるのは面白いが、これがずっと続くと思うとだるい。

 という身勝手な考えを、この時の俺は徐々に懐き始めていた。


「今更だろ、気にすんな」


 若干投げやりに、俺はシロサキの手首を掴んで歩かせようとした。内心驚くくらい細く、一瞬折れたかと思ったほどだ。


「……っ」


 シロサキが顔をしかめる。

 え、本当に折れた? 俺は咄嗟に握った手を離した。


「あー、足のほうか」


 紺のスカートの下の白い足を見やる。暗がりでわかりづらいが、傷だらけだったろうし、気温的にもまずい気がする。


「平気だよ。少し、痛かっただけ」


 強がりが見え見えである。裸足なのはおそらくシロサキ自身のせいだろうから、あまり申し訳ないとか思わないけど。


「そうか。靴下とかサンダルとかも売ってるんじゃない。知らんけど」

「そうなの?」


 きょとんとした眼でシロサキが見上げる。適当に言っただけなのであまり信用しないでほしい。


「でも残念。僕はこう見えて持ち金がなくてね」


 自虐的に口を歪ませるシロサキ。今の彼女に持ち金がないのは誰がどう見ても明らかである。

 仕方なく、財布の中の野口先生の人数を思い出した後、俺は男らしく宣言した。


「明日バイト代出るから、俺が買ってやるよ」


 俺のやってるバイトは現金手渡し制で、源泉徴収がかからないくらいの絶妙な金額ではあるが、そこそこの貯蓄を成している。ありがたいことだ。


 シロサキは手を合わせてニコニコっと笑顔を作ってみせた。


「え〜ほんとに? なんか悪いね〜。ありがと〜」

「言い方がなんかムカつくな」


 男相手ならハリセンでしばきたいところだったが、病人をしばくような真似はさすがにできない。ハリセンもないし。

 それとテンションも謎にふわっふわである。初対面だとコミュニケーションが変になる人、身に覚えがなくはないが。


「くく、冗談だよ。僕の足なんてどうなってもいいから」


 急に冷めた様子で、シロサキは特徴的に喉を鳴らして呟いた。情緒が不安定なのかもしれない。あるいは、こちらが素なのだろう。


 腕を抱えるシロサキの身体は震えている。寒いだろうけど、俺も寒いので勘弁してほしい。早くコンビニに入りたい。


 だが深夜に裸足の少女を連れてるとあらば、さすがに通報のおそれがありはしないか? この時、俺の危機回避能力が中途半端に働いた。


「ライターやるから。灰皿んとこ行ってて」


 百均ライターを手に握らせ、シロサキを灰皿の場所へ歩かせる。

 俺は一人暖房の効いた店内に入った。身が休まる。商品陳列作業中なのか、出迎える店員は不在だ。


 飲み物と諸々をカゴに入れ、一つ忘れ物を思い至る。戻ってきたバイト大学生のめんどくさそうな手つきのレジ打ちを眺めた後、俺はレジ袋を提げてシロサキの所へ戻った。


 寒空の下、紙煙草を指に挟んだシロサキは灰皿の横にしゃがみ、百均ライターをひたすらにカチカチ言わせている。


「なにやってんの」


 訊ねると、不満げな眼差しが突き刺さった。


「これどうやってつけるの?」

「知らんのか」


 俺も最初は知らなかったけど、さも当然のように言い放った。なおさらシロサキがムッとしたのがわかった。


「まず咥えろ」


 指示通りにするシロサキだが、煙草を咥えても口は減らない。


「咥えろって、変態的な響きだね」

「アホか、何言ってんだ」


 下ネタはスルー安定。俺は下ネタが嫌いなんだ。どう反応していいかわからないから。


「んで、吸いながら火つけんだよ」

「ん。っ?! げほっ、げほっ」


 案の定、シロサキは苦しそうに咳き込んだ挙げ句、煙草を取り落とした。だいたい期待通りである。あー、煙草がもったいないなぁ。

 拾い上げた煙草を灰皿に突っ込み、涙目のシロサキはこちらを睨んだ。


「君、僕がこうなるって知ってたんだね?」


 煙草を手に持ってカチカチしていた時点で、多少の期待はしていた。まさか本当にそうなるとは。


「気を付けろよ。ゆっくりちょっとだけ吸うんだぞ」

「手遅れのアドバイスはいらないよ」


 HAHAHA、と外国人的に笑ってやると、なおさらシロサキの機嫌が悪くなった。見せつけるように最後の一本を吸い始めると、もっと怒った。


「君は嫌味な奴だな。ちょっと変だぞ」

「お前も大概だけどな」


 こいつ絶対変な奴だろうと思って声を掛けたので、期待通りではあるのだが。シロサキからすればたまったものではないか。

 さすがの俺も、良心が痛むという感覚に陥っていたのかもしれない。


「ほら、靴下とスリッパ。サンダルはなかった」


 レジ袋を差し出すと、シロサキが固まったのがわかる。コンビニの品揃えの豊富さに言葉を失っているらしい。そんなわけないか。


「ついでに飲み物と食いもんと漫画。計千八百十二円也。次会ったら請求するわ」


 バイトでそこそこ稼げているので、実のところこの程度の一時支出は痛くも痒くもない。


 ところで、請求額にはこっそり俺の分も含まれているが、シロサキは気付いているだろうか。


「もちろん利息付きでな。月十パーくらいにしとく」


 そして、再び会う保証などどこにもないことも、分かっているだろうか。

 だからこそ、俺たちはこうして話せていることも。


「……くく、ほんの少しだけ、君がどういう奴かわかってきた気がするね。ありがたく受け取ろう」


 シロサキは意外にも素直に受け取ると、商品を開封し、靴下を履き始めた。


 今の一言は、俺が実は優しいみたいな意味合いだろうか。

 本当に優しいなら、もっとすべきことがあるはずなのに、それをしないことは優しさだろうか。


 そもそもそういう意味合いでない可能性もあるので、恥ずかしい思考は直ちにシャットアウトした。

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