PAGE13 コード・カオス

 「やっと上野に戻ってこれたわ…。」

バレンタインやら節分やらでリア充どもがイチャつく2月上旬。俺、恵那川圧斗は朝から新型クラウンのハンドルを握り、タクシー運転手として仕事に従事していた。時刻は午後2時を回ったところ。西郷隆盛像を見上げながら京成上野前に車を付け、次のお客様を待つ。お昼ピーク時刻も過ぎ、客足も落ち着く時間帯だ。次の乗客が来るまで20分弱くらいは休めるだろう。ドリンクホルダーに置いてあるスポーツドリンクを軽く飲みながら少し目を瞑る。大して変わらんと皆言うが、5分でも10分でも目をつむるだけで結構寝た気にはなるし疲れは少し楽になる。少しシートを倒そうかと手をかけた時にコンコンとウインドウを叩かれた。ハッとして見ると20代後半くらいに見える男性が外からのぞき込んでいた。慌てて後部ドアを開ける。

「どちらまで参りますか?」

「…えっと、渋谷駅まで。」

妙だ。というのはここ、上野から渋谷なら山手線を使って行った方が安く済むし速い。身なりからして会社の重役や役人というわけでもなさそうだ。

「お客さま…渋谷駅、でよろしいですか?」

「はい、渋谷駅です。」

「…かしこまりました。」

確認しても答えは変わらないようなのでそのまま渋谷に向かう。

「…やっぱり変ですよね?」

「は、はい?」

「わざわざ渋谷にタクシーを使って行くのって。」

自分から言ってくれりゃ探りやすい。

「まあ、そうですね。ぶっちゃけ電車使った方が格段に安いし速いんで。」

「…。」

「どうかしました?」

「えっと…どれくらいかかりますか?」

そうっすねえ、と頭ん中で計算する。

「大体…30、40分くらいですかね…。」

「なるほど…。」

実は、とお客さんが打ち明けてた事情に驚くことになるとはこの時俺は思いもしなかった。



「…ってことは私今国家機密レベルの物と者を運んでいるってことですか⁈」

「まあ、そうっす…。」

彼の名前は國澤敏行(くにざわとしゆき)、28歳、とある科学大学の教授兼研究員らしい。そして車に乗ってきたときから大事そうに抱えていたのはなんと国家機密レベルの科学研究結果の書類が入ったジュラルミンケースだと言う。

「てかそんなん普通国が総力上げて保護すべきものでは?」

「まだ正式に案と結果が認められていないんです…。」

だからこんなひ弱そうな男が持っているのか。

「あと一つ…結構無茶かもしれないお願いなんですが…。」

「はい?」

すると彼は後ろを振り返りながら言った。

「あの追っかけてきている白の外車3台…振り切ってくれませんか?…多分他国の鉄砲玉かと。」





「…。」

「これより…バレンタイン沈静化プロジェクト会議を始める。」

2月。それは…。バレンタインという非リアに取って悲劇の月である。無論それは万事屋霧崎店にしても同じだ。というわけで本日万事屋霧崎店では、バレンタインに群がるリア充に対抗するプロジェクト会議を行っていた。

「日頃、当店を利用しているお客さんの中に条件に該当する者はいるか?」

宮下が真っ先に手を上げた。

「まず間違いなく原山さんは入るんじゃない?」

「ふむ、確かに彼はホスト…チョコレートの匂いはプンプンするだろうな。あとは?」

すると珍しくティアラが提案してきた。

「5年後の我々の世界の江原千歳さんは、同医院の看護師と縁を持っているようです。」

「なん、だと…?!」

「あとは…。あるかしら?」

「俺は思いつかねぇな。」

と裏人格が言う。

「そりゃそうでしょうよ、あんたは最近ここに来たんだから。」

そう宮下が言い放った時、玄関が開いた。

「んあ、今店内会議中なん…なんだおまっ、こら!」

見に行った裏人格の慌てる声が聞こえる。みんなで見に行くとそこには見覚えのある人がいた。

「峪蒲さん…?」

「探したんだから…裏人格さん…?」

まるで語尾にハートが着きそうな甘い声で裏人格に上目遣いをしながら抱きつく峪蒲。裏人格は女性に寄られるのが初めてなようでワタワタしている。

「な、なんなんだよお前!二度と顔みたくなんかっ…!」

「私の事嫌いなの?」

「好き嫌い以前にそもそも…!」

……裏人格も今回のバレンタインは排除対象になりそうだ。そんな事を思ったその時、電話がなった。

「…仕事だ。」





「こんなの一般タクシー運転手には重荷な業務ですよ!」

國澤が乗ってきてから約10分。俺はとんでもない勢いで体当たりをしてくるセダン3台を相手に奮闘していた。何回か裏路地に逃げ込むも相手の連携が良いのか、すぐに挟み撃ちにあい、追い込まれてしまう。もう集中力も切れてきた、そう思った時だった。

「助けに来ましたよ師匠!」

一番後ろから追っかけてきていたセダンに見覚えのあるGC8が突っ込んでいく。相手のセダンは道の端にある電柱に突っ込み煙を噴き出した。

「さすがは俺の弟子だ…。」

続けて霧崎は二台目に攻撃を仕掛ける。しかし向こうも学習しているのだろう。すんなりかわされてしまった。




「まっずいミスった…!」

今回は慌てて俺だけが駆け付けたため、味方はいない。冷静に考えれば俺の車一台で3台を相手にするのは無理があった。しかし今更後悔しても遅いのだ。その時、視界の目の前を何かが横切った。それは恵那川を狙っていた一台を吹っ飛ばし、一瞬静止し、すぐにもう一台に攻撃を仕掛ける。



「なになに⁈」

後部座席で怯えて縮こまる國澤。その後ろでは熾烈なカーチェイス(?)が繰り広げられていた。一台は霧崎が乗るGC8。それは理解できる。しかしもう一台。

「…あの白いBRZは誰なんだ…?」


昼間ということで人手が盛んな皇居外苑。その穏やかな雰囲気は一瞬にして切り裂かれた。ビルの隙間から藻搔くように出てきた2台の車によって…。唐突に起こった出来事に唖然とする人々、悲鳴を上げて逃げる親子。異常さに気づかず、スマホカメラを向ける若者…。そんな人々の群れに向けて2台は突っ込んだ。そこからはほんの数秒だった。車体が大きいセダンは歩道に乗りあげ、歩行者数人を巻き添えに吹っ飛び、橋から川に落ちていく。もう一台のスポーツカーは縁石に乗り上げるも、ギリギリで自制力を取り戻し止まった。驚いた歩行者が慌てて駆け寄り運転席のドアを開けようとした瞬間、車は急発進しビル群の中に姿を消してしまったのだった。





へこみや傷だらけのGC8を店の地下ガレージに突っ込む。恵那川たちをあの後目的地まで護衛し、気付けばもう夕方になっていた。エレベーターに乗り地上の店ロビーに降り立つ。そこにはいつも通りのメンツがいた。

「あ、店長、お帰り!」

「おかえりなさいませ、マスター。」

「おう、静火か。今回の任務も無事終了か?」

「…ああ。」

成修山の件と言い、今回の件と言い、いきなり俺の前に現れたBRZ。しかし、今回は昼間に現れたおかげで全貌が見えた。リアに貼ってあったあの「狼風」の文字エンブレム…。


「なあ、隠していることが無いか?宮下、飯島、ティアラ…?」




 正直ばれるのは時間の問題だった。だって同じ一つ屋根の下でみんな暮らしているのだから。ましてや霧崎はその屋根の主なのだ。むしろここまでばれなかったのが凄いと思う。

「…さすがにばれるよなあ。」

溜息をつく。すると霧崎はつかつかと歩み寄ってきて食いついた目で睨んできた。

「あのBRZ。…宮下のだな?」

「そうさ。あのスバル BRZ~狼風~は宮下のために僕がチューニング、セッティングしたのさ。」

「…ティアラも知っていたんだよな?そっちの管轄のガレージに入れてあったんだろうし。」

「はい。しかしその車両の保管データは飯島サブマスターの権限により保護をかけておりましたので…。」

「まあ、良いんだけど…車増やすなら言ってくれ…。」

「…。」

「宮下の願望だったんだよ。『名無しの状態で陰から店長を助けつつ成長させたい。』ってな。」

すると霧崎は少し顔を赤らめ、なんかありがとうな、と呟く。

「んで…あれはどんなチューニングを…ドノーマルじゃないよな?」

まあな、と笑い僕は霧崎に今まで隠していた全貌を明かすことにした。


~PAGE13 fin~

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