PAGE12 嚙み合わない歯車

 「んでこの女の子をどうにかして欲しい、と。」

「ああ、そうなんだよ。」

年明け、初詣やら成人式やらであちらこちらが賑やかになる一月。その賑やかというのは万事屋霧崎店も、そして原山が務めるホストクラブも例外では無いらしい。その賑やかになっているクラブを今日は休んで原山はわざわざうちに来ていた。

「にしても原山さんにくっついてるこのストーカー…なんつーか…。」

「量産系地雷メンヘラ女子やんけ。」

原山から渡された写真を俺の後ろから眺める裏人格が言う。こいつは遠慮という物を知らないのか。当の原山は苦笑いをしながら見かけたとき八割ピンク色のエナジードリンク持ってるねえ、と呟いた。

「もう危険なストーカーに認定しているならさ、クラブ出禁にしたら?」

「いや、出禁にはもうしてあって、警備にもちゃんと見てもらってるんだよ。実際入ってこないし。」

「…まさか。」

そのまさかさ、と原山が話を続ける。ホストクラブで勤務を終えて帰るタイミングで毎回付けられているらしい。

「でもお前ディアブロ乗ってたよな?」

それが…と頭を掻く原山。なんと、先日、ストーキングされ始めた最初の方に、タイヤ4本、駐車場に止めてあった勤務時間最中にパンクさせられていたというのだ。しかも車がそれなりに高級な外車であるがゆえ、取り換え用タイヤの到着は3カ月もさきだときた。

「…まあ、犯人は…。」

「こいつだろーな。」

「てことは今は歩いて帰宅?」

「最寄駅からはタクシーだけど、タクシーならいくらでも追っかけようがあるからね…。」

自宅はばれていて車は故障。逃げようがなくうなだれる原山。仕方ないので今回も俺らは力を貸すことにする。






 「本当にこれでついてこなくなれば良いんだけど…。」

朝方4時の渋谷区。この時間でも出歩いていたりそこらへんで寝っ転がっていたりする人はいるし、大通りはタクシーの往来が絶えない。さすがは眠らない都市と言われるだけある。そんな中俺は飯島をインプレッサGC8の助手席に乗せ立体駐車場で待機していた。

「にしてもそのホストもよくストーカーの電話番号ゲットしたね。」

「いや…本人いわくストーカーへと化す前、つまり彼女がまだ単純な常連だったころによくその番号で予約やら彼の出勤状況やらを聞き出しに店へ電話かけてきてたんだってよ。あとは彼女と彼はSNSも交換済みだ。…彼はブロックしたらしいが。」

今、飯島にはそのストーカーの電話番号を利用し、ストーカーの位置情報をPCで割り出してもらっている。そしてなぜ俺らは立駐にいるか。…すぐ裏に原山が務めているホストクラブがあると言ったらもうお分かりだろう。帰りは原山を俺らが送ることにした。それと同時に飯島が探索している位置情報で彼女の動向を探るというわけだ。ちなみにストーカーに関しては2時間くらい前からクラブの表口近くをうろうろしているようだった。待ち伏せをしているのだろう。

「…そろそろ来る時間だ。」

俺のポケットでスマホが震える。原山からの着信。打ち合わせ通りだ。

『原山です。今着替え終わったんで、裏口から出てそっち向かいます。』

「了解。…飯島、彼女の動きはどうだ。」

「まだ動きは無いな。ただ店の表口近くで待ち伏せしているのに変わりはない。そのまま店を出て向かってきて欲しい。このままなんも動きが無かったら彼女の目に触れることなく帰宅コースだ。」

『…今裏口出ました。そっちに向かってます。』

そう彼が言うのと飯島がアッと声を上げるのが重なる。

「どうした。」

「…ストーカーのやつ、裏口に回ろうとしているぞ!」

『了解です、走ります!』

「あまり足音は立てるな。…いやきっと何かの偶然で感づいたんだろう…。」

程なくカンカンカンという駆け足する音が階段の方から聞こえてくる。GC8のエンジンをかけて吹かす。後部座席に原山が飛び乗った瞬間俺はGC8を発進させた。

「飯島、今あいつはどこだ。」

「ちょっと待て位置情報がラグって…。この立駐の出入口だ!」

「なっ…んだと⁈」

出口に差し掛かる寸前、人影が飛び出してきた。すぐに姿が分かる。ピンクと黒色が目に焼き付くメンヘラ服、強調された涙袋。紫色のスマホ。彼女と目が合った。その目は何かを訴えているような目つきだった。



「っつぶねえ…霧崎じゃなかったら轢いていたぜ。」

「…なんであいつは僕が裏口から出たと…しかも車で出たと分かったんですかね?」

「さあね。でもな。」

そう言い飯島がPCの画面を見せてきた。

「色々彼女の情報は手に入ったぜ。」


「峪蒲琴葉(よくがま ことは)、血液型はA型、年齢は21歳、高校を卒業後は親元を離れ一人暮らし、勤務先は不明、とな…よくこんなに調べが付いたな。」

「あくまで携帯会社に提示されている個人情報とSNSを探り当てた結果だがな。ちなみにこいつ、SNSアカウント、一つのSNSに5個以上持っていているぜ…。」

「ひええ…おっそろし…。」

そのまま原山家に行き概要を確認する俺と飯島。原山本人はすでに寝ている。なので今はリビングを借りて頼んだ出前のピザをかじりながら作戦会議中だ。とそこへナミカが飯島のPC内に顔を出す。そう言えば原山家に接続される電子機器は彼女のテリトリーになるんだった。


「あら、あなたはこの前私が助け出した…。」

飯島っすと適当に答えながらいやな顔をする彼。多分、画面のブラウザ手前に姿を現したナミカが邪魔なのだろう。

「まあ話は聞いているよ、マスターから。…これがそのストーカーの情報なの?」

「そうっすね…。まあ調べ着いたとこでどうするかってのが問題なんですけど…。」

そうねえ、と腕組みをして考え込むナミカと飯島。

「…魔法で抹殺とか?」

「そっちのアニメの世界じゃあるまいし…警察沙汰になります。」

「いやあ、もうすでに向こうがやってきていることが警察沙汰になってもおかしくないことじゃない?」

「一理ある…なあ、証拠を集めて警察にあとは任せるじゃダメなのか霧崎?」

ゆっくりと首を横に振る。不思議そうな顔をする飯島に話す。

「せっかく俺や万事屋霧崎店を信用して原山は俺に頼んで来たんだ。警察に頼むなんて彼一人でできるだろうよ。」

全ては店と我々の信頼のためとな、と椅子に座り直しまたPCに向かう飯島。そんな背中を眺めながら俺は作戦を練り始めた。





翌日深夜9時。原山をホストクラブの前で下ろして走り去るGC8。それを建物の陰から眺める人影があった。それはGC8が裏の立体駐車場に入ったことを確認すると追うように階段を駆け上がり停車したGC8の近くへ駆け寄り柱の裏から見ている。運転手らしき男が降りて車から離れたところでそれは車へと駆け寄る。しばらく前輪の前にしゃがみなにやらごそごそする。そこから立ち上がろうとしたところで…。

「いやあ、簡単に引っかかってくれたわ。」

「さ、大人しくしな。」

「っ…!」

ストーカー張本人、峪蒲琴葉は、戻ってきた霧崎と一緒に来た飯島に捕まった。





「とりま夜も更けてきているから、簡単に済まそう。そっちがすんなり話してくれればすぐ済むから。」

「…。」

峪蒲を取り押さえGC8の後部座席に乗せる。案外抵抗はしないようだ。

「えっとね、俺らが何者か分かるかい?」

「…ケントの…護衛?」

「ケント…原山のことか。」

ホストには本名ではなく専用のネームで仕事をする習慣がある。おそらくケントとは原山のネームなのだろう。

「護衛…まあ、あながち間違っちゃいないな。」

すると峪蒲は涙目で俺の腕にすがってくる。

「お願い!滞納分の料金は払うから出禁はやめてって言ってよ!話通じるんでしょ⁈」

「いやあのね…俺らに言われても困るんよな…てか滞納してるなら支払っちゃいなよ…そっちが先だろうしその方がすっきりした状態で通えるんじゃないか?」

すると峪蒲は顔を曇らせてうつむく。

「…すべて知ってんだあんたのことは。高校も出身地も、そしてあんたが原山のスマホに位置情報発信アプリをブラインド状態でインストールして現在地を確認していたのも、な。」

飯島がPCを叩きながら言い放った。

「え、そうなの⁈」

「ああ、原山がおびえないようにここまで言わなかったがな。ご丁寧にアプリを開くのもアンインストールするのもパスワードが必要ときた。こりゃ事業用かハッカー御用達のために作られたアプリだろうな。…裏サイトから仕入れたんだろ?あんた若いのにそんなアプリの金どっから仕入れたんだ?」

「…金融会社。…年齢はちょっと足した。」

「あんたの年齢ならちょっと足したぐらいじゃ10万くらいしか借りれねえはずだが?」

嘘が飯島に通じないと悟ったのだろう。峪蒲は素直に話し始めた。

高校を卒業してからは上京して、都内のIT企業で働いていた事。働いているうちにストレスがたまり、そんなときにあのホストクラブで原山と出会ったこと。貢ぎすぎて消費者金融を転々としたがどこも10万前後しか貸してくれない上、返済が滞り、最終的には闇金融に手を出したこと。今は昼間だけ秋葉原のメイド喫茶で働いている事。


「…んで原山にはいくら未払いの金額あるんだ?」

「えっと…確か…60万程…。」

「うっわあ…。ちなみに現在の所持金は…。」

「一日一日を生きていくのに必死で…そんなに手持ち無いんです…。」

少しすがるように上目遣いで嘆いてくる峪蒲。

「こんな生活で…だから…だからせめてそのストレスや疲れをケントのところで癒したくて…だから…!」

「お前はバカなのか?」

不意に車内に水を差すような声が響き渡る。気づくと裏人格が開いているサイドウィンドウから峪蒲を見つめていた。

「ば…バカ…?」

「嗚呼、お前はバカかと言ったんだ。」

「お、おい裏人格…。」

慌てる俺をよそに裏人格は話を強制的に続ける。

「てめえごときの疲れだとかストレスなんてあいつは知るかって話だ。あいつだって仕事のためにてめえや客を相手にしてるんだ。それがあいつにとっての仕事であり飯だからだ。言っちゃ悪ぃがそれが奴らホストの金の稼ぎ方なんだ。どんだけ上っ面お前を大事だの好みだの言っててもそれはお前らカモを通わせ続けて金を巻き上げるための戦法なんだよ。なのに私情を挟んで奴のプライバシーにまで土足で踏み込みやがって…。目を覚まして日雇いのバイトでも入れてまともな金の稼ぎ方でもしたらどうだ、その方がきっちり目が覚めると思うぞ馬鹿が。」

冷めた顔で呼吸をするかのように暴言を吐く裏人格。いつしか峪蒲は強調された涙袋の上に雫を溜めていた。

「そんな…ケント君が…嘘だ…そんなの、嘘だ…。私だけって…言ってくれたのに…。」

あほくせ、とため息をついてドアごしに寄りかかる裏人格。すっとポケットからハンカチを峪蒲に差し出した。

「さっさとその醜い泣きっ面どうにかしてハロワでも行きやがれ。ハンカチは汚ぇから返さなくていいからな。…ったく。」

そう言い裏人格は背を向けどっか行ってしまった。俺はその背中に温もりを感じていた。不意に峪蒲が、わあっと声を上げる。…ハンカチの中に万札と「こんなん使わねえからやる」と殴り書きしてあるメモ紙が挟まっていた。

「…ツンデレか…。」





~数日後~

「あれから峪蒲とか言うあの女は来たか?」

「そうだね…少しずつ返済金額返すからって。一万円札持ってきた。」

そう言い原山が万札を出す。すると裏人格がおいおいと呟いた。

「…根は律儀ってやつか…戻ってきやがった。」

「これは今回の依頼料で。君たちにお支払いというわけであげるよ。」

すると裏人格はその万札をつまみあげながら言った。

「金と人は、天からの回り物…なんてな…。」


~PAGE12 fin~

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