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夏の暑さも収まってきた9月某日。一段と涼しい夜の10時過ぎ。俺、霧崎(偽名)は仕事先からイヤホンで音楽を聴きながら帰宅していた。
「よお、俺。」
国道から閑散とした住宅街に一本、道を入ったところで背後から声をかけられる。
「なんだ、俺か。」
後ろにいたのはもう一人の俺こと、霧崎静火だ。
まあ、歩きながら話そうや、と彼は歩き出し、俺はそれに歩調を合わせる。
「いきなり姿を現すなんて、どういう風の吹き回しだい?」
そう問うと彼は乾いた笑い声をあげた。
「別に俺自身に会いに来るなんて、いつ来てもいいだろう?」
「まあ、そりゃそうだけどさ…。」
会話が途切れて2人、いや住宅街に訪れる静かな空気。それを破ったのは、俺だった。
「…今の会社辛くてさ。なんか向いてない気がして。」
「…。」
「辞めて転職したいんだけど親はなんも聞かないうちに馬鹿かって罵ってくるし、上司は私欲まみれの面で止めてくるし…。」
「…。」
「俺…もしかして世の中知らずなのかな。無謀な道に足入れようとしてる?」
「…あのなあ。」
「やっぱり、今の会社でもうちょい踏ん張るべきなのかな…。」
すると、霧崎は、話を聞け、と右耳にはめていたイヤホンを引っこ抜いてきた。
「俺の物語の中で、俺をモンスターペアレンツから助けて、師匠に会わせてくれたのはだれだ?」
「それは…。」
「俺は知っているぞ。あの小説も、お前、親に小説描きなんてくだらんという反対を押し切って描いてくれた。何度も何度も俺の設定を考え直してくれた。所々、お前自身の実体験も混ぜて描いてくれた。」
「…。」
だから、と言い、彼は一息、唾を飲んだ。
「だから、俺が生まれ、こうしてお前と歩いて行けている。…お前にはそれだけ行動力があるんだよ。」
確かに自分を完全に信じろとは言わない、俺は言った。もう一人の俺、霧崎(偽名)に。
せっかく生んでもらったんだし、俺自身の物語を彼にもっと生きてもらって描いてもらわなきゃヤダ、確かにそういう私欲はある。しかしなにより、住んでいる次元が違うとはいえ、もう一人の俺が苦しんでいるのを見るのは辛い、そういう気持ちが一番にあった。
だって、と彼は口を開く。
「弟は部活で中学校、高校と成績を残しているし、父親は仕事人って言われるくらい営業職で売り上げを出して収入を得ている。高校時代の親友は動画サイトのゲーム実況者として頑張っているし、小説部の先輩は、やっぱりネット小説で賞をとりつつ大学の勉強を頑張っている。なのに俺は…だから、だからせめて俺は会社に定着して踏ん張ったほうがいいのかなって…。」
「…お前、そんなに周りが大事か?」
「え…。」
ゆっくり口を開く。なんとなく彼のいくつかある悩みの種の一つが分かった気がした。
「確かに社会という世界で生きていく上で周りの人間は大事だし、張り合えるくらいの成績は欲しいかもしれない。でもな、良い成績は良ければ良いほど、憎しみを生む。上の成績が欲しければひたむきに頑張ろうだとか世間は綺麗事を言うが、そりゃ笑い話だ。自分より上の人間ってのはそれはそいつは自分よりセンスがあるか、その項目に対して時間をかけられるってことなんだからな。結局現実は、下の人間が上の人間を恨み眼差しで睨んでることしかできないか、金で立場を逆転させるか…大体どちらかだ。つまりあまり良い成績を高望みしても自分が泥沼にはまるか周りから憎まれるかだ。」
「…。」
「今の時代は昔と違って努力量重視ではなく、実力、才能で見られる時代だ。瞬発的に物事決められなきゃ、おいて行かれる。ここまででまとめとして言いたいこと、分かるか?」
「…。」
「…そんななっがい時間かけなきゃとれない、しかもいやいやで取れるような成績もらうために苦しむくらいなら、さっさと転職しやがれ。お前がこの仕事向いていない、できないと、怠惰心ではなく本能的に感じ取ったなら向いてないし、無理やりやっても続くわけがない。なにより成績取っても達成感のかけらもないだろうよ。」
「…うん。」
「いいか?人間の本能ってのは猿と違って、その一人一人の才能を元に作用するんだよ。そしてその本能で行動する際に舵取りサポートしてくれるのが理性だ。つまり理性のみを頼りに行動してちゃ社会的以前に、人間としてのガタがくるぞ。理性に耳を傾けるのも大事だが、お前という生き物の声を聴け。」
「決めた。…俺今の会社辞めて…大好きな小説か、車に直接関われる仕事に就くよ。」
恐る恐る言う彼に親指を立てる。
「そうしな。親に、お前が今の会社辞めたって話が行かないよう根回しはしてやる。」
「ありがとう。」
「ここからはちょいと下種な話だが、今時企業ってのは若者が足りてないから、昔よりかは転職は楽だぞ。若いってだけで特に現場職は採用してくれるからな。」
「…帰ったら小説続き描こう。」
「お、俺も描いてるの見たいな。」
そして、霧崎(偽名)の顔つきを見てあることを確信した。
「お前最近夜は結構病み堕ちするだろ。」
「?うん。」
「なんとなく原因が分かった。」
「なんだ?」
「没作に出していた『裏人格』の影響が今になって出てきているな。」
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