PAGE9 盾と矛
「…というわけでありまして我が国は偶然にも太陽に恵まれそれを利用して農作物を…。」
王宮の大会議室を横断するくらいの大きさがある長机。そしてそこには私と隣に座る王女様含め12人が向かい合い会議を行っている。
スタニカ・アズーラ。それが名無しのエルフである私に王女様が付けた名前だった。すっかり日が暮れて今宵、私とカトリーヌ王女様は本国の海峡を挟み西にある『キヨペリミア共和国』にて近隣国と年一回開かれる会議に参加していた。この会議には計5ヵ国の国内トップとその秘書、そして開催地の平民2人のみが参加できる。ちなみに平民はあくまで会議の進行役であり意見することは不可という決まりだ。
「…まあそんなわけでありまして…私どもとしては日照りが良すぎて前の環境の悩みの種であった泥炭地が乾き、住みよい国になりましたのでね。ぜひ他国の方にもまた訪問していただきたいという所存でしてなぁ…。あ、そうそう、お隣の『ナヴィアシム王国』はいかがです?」
そう手もみをしながら王女に話を振ってきたのは山脈を挟み北側にある国『テシュアラド社会主義共和国』のクミ・アラミス書記長。年齢的には今年で53歳になる。隣国の我々にかなり良い待遇をしてくれてはいるが伸びきった白髭の下が何を考えているのか分からない。しかし今まで悪いようにされたことは無い。
「…我が国はクミ氏の御国とは対称的に雨天に非常に恵まれました。最初のうちはどう活用したものかと悩みに悩みました。…ええ、生い茂っていた青々とした雑草が水分の取りすぎで枯れはて、泥沼になってしまうまで。しかし、泥炭地には泥炭地の良いところがありました。…こちらをどうぞお召し上がりください、アズーラ。」
はい、と返事をして各国代表の目の前に小鉢に入った料理を置く。
「これは…一体…?」
「特産物『ゴボウ』の煮つけです。」
と皆の前にフォークを置きながら言う。するとまずクミ氏がフォークでゆっくりゴボウをフォークで刺し、口に運び、咀嚼した。
「…少し、シャキシャキしていて、噛み応えのある物ですな。」
「ええ、それでいて水分がしっかり含まれており、かつ噛むほど味が出てくる…。よくぞ発掘しましたね、スタニカ女王。」
そう脇から口をはさんだのはテシュアラム・ロメス-ケマルド王子だ。彼はクミ氏と真逆の隣国、『アギレミス王国』の王子だ。金髪角刈り、ブルーの瞳で顔立ちはなかなか澄んだ印象をもたらす。ちなみに彼は人魚と狼人間のハーフ?らしい。若く、25歳くらいに見えるが、すでに今年で82歳になる。まだ正式に国のトップになったわけではないのだが、今回は特別に、そして社会経験のために参加している。
「そこまで食品のレポートができるのにシェフではなく王子という職に就くとは…ケマルド王子もなかなかの変わり者のようですな。」
しかめっ面をしながらクミ氏が呟く。彼からすると若手のケマルド王子は気に入らないのかもしれない。ケマルド王子が愛想笑いを返し、場が静まりかえる。少しして静寂を破ったのはクミ氏だった。
「そうそう…スタニカ女王。1年前にそちらの御国が産物の取れ高が悪いということで『一時中止』した相互交換貿易…そちらの調子が回復してきたようですので貿易事態も復活ということで事を進めていただいてもよろしいですかな?」
「えっと…。」
女王様が顔を少ししかめる。『相互交換貿易』とは、クミ氏率いるテシュアラド国と我が国で結ばれた協定だ。お互いの国自慢の特産物をお金ではなく同価値量で物々交換するという物だ。顔をしかめる理由もなんとなく分かる。というのも、取りやめになる前、ちょくちょく相手方の詐欺と疑わしき行為が発覚していたのだ。しかし、向こうの特産品の特徴を熟知していなかったが故に闇に葬られてしまった事案が沢山あった。そもそも…。
「クミ書記長…。その件に関しましては『完全撤廃』となっていて復活無しの永久放棄となっいるはずですが…。お互い証明書にサインを交わしているはずです。」
するとクミ氏は素っ頓狂な声を上げた。
「おやおや?女王様はご自分が交わしたサインも覚えていらっしゃらないのですか?」
そう言いながらクミ氏が出した書類には…。
「…う、嘘よそんなの…!」
女王様の筆記体で『相互交換貿易一時中止証明書』にサインがされていた。
「困ったことになった…。」
「あんな奴信じちゃだめですよ王女様。」
会議から自国への帰路。アズーラと共に馬車に揺られながら話す。窓の外で朝焼けの光が草原をオレンジ色に照らし出していた。ちなみに今回の会議が行われた場所と王国までは片道一時間はかかる。どうにか相互交換貿易の再締結は諦めてもらったのだが…これで奴が引き下がるか?そもそもあの偽の私のサインを奴はどうやって仕入れたのだろう?なぜあそこまでいきなり執着してきたのだろう?
「…頭痛いわ。」
「体調でも崩されましたか?」
アズーラが心配そうに見つめてくるのを制する。
「大丈夫よ…。」
「なら良いのですが…。あれは…。」
ふとアズーラが馬車から顔を出して前を見る。同じように前方を見ると自国の方から兵士が一人、馬に乗りこっちに向かってくるのが見えた。近づくにつれ、正体があらわになる。自国の通信・伝達を専門とする兵士だった。彼は馬車の前に止まり、あわただしく駆けて来た。
「王女様、大変です!て…テシュアラド社会主義共和国より、10分ほど前、宣戦布告の電報を受け取りました。それ以降相手国との通信は遮断、応答がありません…!」
ここは時空の狭間にある万事屋霧崎店。暑い。というよりかは熱い。地球の温暖化の影響は時空間の狭間にまで影響を及ぼしている。時刻は朝5時。日はとっくに昇っている。だとしても、だ。
「気温36℃はイかれてんだろ…。」
これでは習慣である朝一のランニングもできそうにない。…いや、もっと日が昇るか昇らないかの時間に起きてやればできなくはないか…?そんなことを考えながら目をこすりながら、店の引き戸の鍵を解錠して開店の準備をしようと外に出た。
「…ひえっ⁈」
エルフが、いた。店の前に。それも正座して。…いや、よく見るとエルフの後ろにもう一人女性がいた。
「…んん…?あれ、あんたら…。」
するとその見覚えある二人は俺の前に土下座をして言った。
「霧崎静火殿。どうか我らを、そして我が国をお助けください!」
「なるほどね。」
かつて、俺の命を取ろうとした二人、カトリーヌ王女とアズーラの要件をまとめてみる。
彼らの国を狙うのは山脈を挟み北隣国にあたる国。その隣国との実質不利益な貿易を断った結果、一方的に戦争に持ち込まれたため、俺らの店、万事屋霧崎店の軍事力を頼ってきた、ということらしい。
「その周辺国には頼れないのか?」
「あいにく名前だけの関係国なので…。それにテシュアラド国は他国も関わりたがらない上、敵に回すとめんどくさい国で…。」
「どっかで見たなあ…こんな国家関係…ちなみに相手国の軍の主戦力はなにか分かります?」
それがめんどくさくて…とうつむくアズーラ。そんな彼女の肩に手を置く。
「一応店として引き受ける以上全力を尽くす。頼って欲しい、遠慮なく言ってくれ。」
「は、はい…!」
気温が高い上、俺が余計な接触をしたせいか、彼女の顔が赤くなっていた。そういえばエアコンをつけるのを忘れていた。リモコンに手を伸ばし、エアコンを起動する。自国には無い最新テクノロジーを目の当たりにし、信用で来たのか、話し始めた。
「テシュアラド国は、いわゆる我が国の最終進化版のようなもので、魔法も、人間も、レベルが高いんです。主戦力はドラゴンだと思われます。」
「え…あいつらって野生だから主戦力にはならないんじゃ?」
そこなんです、と彼女は言う。
「あの国は人間が持つ魔力が高いため、魔力を持つ生物の大半を操ることができてしまうんです。つまり、ドラゴンさえ、手なずける人間があの国にはいます。操ることができるレベルの人間は子供だろうと強制的に徴兵され、『ドラゴンアタッカー』と言われる部隊に配属されます。簡単に言えば、操るドラゴンにまたがり、空から攻撃を仕掛けてくる部隊です。」
「おっそろしいなあ…。」
「もちろん敵はドラゴンアタッカーだけではありません。魔力による瞬間移動でゼロ距離まで近づく『ワーパー』や一定の条件を満たす場所でなら自身の体力を無限まで満たせる『ハイボミング』など…ただ、カギとなる点…彼らは、魔力がある敵にのみ抜群の攻撃威力を発揮します。」
「つまり…魔力を持たなきゃ攻撃はいまいち効かないんだな?」
「それは分かりません…試した前例がないので。」
ふう、とため息を付く。
「要件は分かった。全力で援護しよう。ただ敵が敵である故、結構規模が大きくなる。店の他の奴らの許可が必要だな。」
だから許可を待って、と言いかけたその時だ。俺と二人が向かい合って座るテーブルの後ろ、カウンターの下からごそごそ音が聞こえた。
「なんかいるのか?」
ふっふっふ、と不気味(?)な笑いをしながら這い出て来たのは
「お前ら…。起きてたのか。」
「宮下殿!」
宮下、拓斗、ティアラの三人だった。
「話は聞かせてもらった!我々、『なんでも引き受け宮下団』が引き受け致そう!」
「俺らにお任せ!ご安心!」
「お~。」
思わず頭を抱えた。
「さあ、静火よ、君もわが団に入団したま…あべしっ。」
「いでえ。」
「…いたーい、です。」
宮下に往復ビンタ、拓斗を背負い投げ、ティアラにデコピンをして、アズーラ達二人に振り返る。
「他のみんなも協力してくれるみたいです。」
「ドラゴン相手に戦うとなると何を使う気だ?まさかタイマン張って行く気じゃなかろうな?」
拓斗、宮下と共に地下に降りる。
「ドラゴンと一概に言えど、大きさは分からない。念のためうちにある一番規模がでかい兵器を使用する。」
となると、と拓斗が腕を組む。
「爆撃機や攻撃機…あ、ヘリの方が有利か?」
「別に空を飛ばなくたっていいのさ。」
「まさか…せ、戦艦…?」
困惑する拓斗に聞く。
「拓斗、今まで改造や製造してきた艦艇で一番大きい物を使いたい。どれだ?」
それならなあ、と呟きながら歩く拓斗についていくと、そこには注水、進水もされていない、まだ兵器換装途中の戦艦があった。
「こいつだな…兵装だが、ええ…15cm口径二連装砲を左舷、右舷にそれぞれ11基、12cm口径単装高角砲を15基…ああ、あと。」
「あと…なんだ?」
一息溜息をついて拓斗は言った。
「明治後期から昭和半ばまで大日本帝国海軍を支えていた主砲…30cm口径二連装砲を前、後ろにそれぞれ5基ずつ…つまり計10基積んでいる。俺の計算だとこいつの戦力なら…昭和時代の艦隊一つ丸々潰せる。…ティアラのフルオート設備を搭載するならなお容易に、な…。」
…拓斗も、とんでもないブツを作るもんだ。…しかしそれはこの艦艇が出来上がっていたら、の話だ。どれだけ強い艦艇でも完成、戦闘可能状態になっていなければ意味がない。
「ちなみにこの艦艇の名前は決まっているのか?」
「俺が付けた名前だからセンスねえが…『久華(ヒサバナ)』って呼んでいる。系統名は『海虎型(拓斗が作る戦艦の部類をこう呼ぶ)-六番艦(六番目に建造された艦艇)』だ。」
きっちりしていやがる。
「…あと2日でこいつを完成させられるか?」
「なんでだ?」
頭を搔きながら説明する。
「俺の時空間を操る能力で製造時間を凝縮してすぐあの二人の国に乗り込めるようにするんだが…凝縮するのは二日分が限界だ。…できるか?」
すると拓斗はニヤッと悪い笑みを浮かべた。
「任せな。ちょちょいのチョイっと終わらせてやろうじゃねえか…他に搭載してほしいもんあるか?」
「そうだな…。」
霧崎殿の店にお願いをして国に帰ってきてから二時間が経った。私、アズーラはカトリーヌ王女様と共に国境より少し離れた場所に臨時で張ってある兵士用キャンプにいた。以前、霧崎殿に突入をされたあの日から、王女様は変わった。国民とよく触れ合うようになった。今兵と共に戦っているのもその影響だろう。以前なら自分らだけ城にこもって通信兵の伝達を聞くだけで終わっていただろう。
「さっきの小隊で敵第一波は終わりかしら。」
そう言いながら剣を研ぐ王女様。つい30分ほど前まで、我々は敵のドラゴンアタッカーを相手していた。…正直魔力差がありすぎて厳しい。次は耐えきれるか、増援を呼ぶべきか…そんなことを考えていたところに偵察兵の声が飛び込んできた。
「王女様、報告です!我が国と敵国との国境上空に紫色の大穴のようなものが突如現れました!」
思わず、王女様と顔を見合わせる。
「…来てくれたわね。」
「飛行用ジェット、出力よし、砲弾装填よし、レーダー、直視視界オールグリーン!」
『こちらサブ操縦室霧崎拓斗。半手動装填装置感度よし、ダメージコントロールよし。いつでもいけるぜ!』
艦橋内中央指令室。目の前にはこの大きな鉄塊を動かすコントロールパネル。隣にはティアラが立っている。ちなみに宮下は艦橋内最上階の偵察室にいる。
「では行きますよ。」
ティアラがそう言い、目をつぶると同時にジェット音がドックに響き、艦艇がゆっくり浮上する。
「コード入力、座標指定。オートジャンプ、用意。」
「よし、拓斗、宮下、準備はいいか?」
『もちろんだ。』
『いつでも良いわよ!』
「…六番艦、久華、出撃開始!」
「王女様!敵軍ドラゴンアタッカー第二波が!」
「霧崎殿は間に合わなかったか…。」
こうなってしまうと仕方ない。王女様、その他兵士と共に国境へ駆けつける。国境の山脈向こうからドラゴンアタッカーの群れが70頭ほど飛来してきていた。
急降下してくるぞ、と誰かが叫ぶ。迎え撃つために剣を構えたその時だった。大穴から大きな飛来物がとんでもないスピードで飛び出してきた。それはちょうど大穴の前を飛んでいたドラゴンアタッカー数頭を体当たりで叩き落とし、我々の前に盾になる形で空中停止した。それは、表面で太陽の光をキラキラと反射していて、天からの救い人のように見えた。
「主砲各設備、フルオート機能オン、撃ち方はじめ!」
「うちーかたはじめー!」
砲撃音が響き渡り地鳴りのようなものを感じる艦橋。外はもっと衝撃が凄いのだろう。
国境に時空間のワープ軸を設定した俺らは飛んで来て早々戦闘に参加している。ちょうど敵国のドラゴンアタッカーが飛来していたようだった。ティアラのAI機能によって自我を持たせてある主砲が敵に向かって咆哮を轟かせる。
「船体の下に潜り込まれたらめんどくさい。ツリートップ(樹木のてっぺんに近い高度を指す)まで高度を下げよう。」
「かしこまりました。」
そうティアラが答えるとゆっくり下に久華は高度を下げていく。しかし、戦闘とは漫画やドラマのように思う通りに行かないものだ。降下中に宮下の悲鳴に近い声が無線越しに聞こえた。
『敵ドラゴンアタッカー、船体真上より急行下ちゅ…火の弾みたいなのがっ…。』
その声が響いた瞬間、俺は身体に強い衝撃を受けた。大きな縦揺れに足を取られ、空中に浮くのを感じる。まずい、と思った瞬間、俺は全身に鋭い痛みを受け、気を失った。
『静火!』
「店長?!」
ゴッという鈍い音がして、店長の声が聞こえなくなる。心配と不安で店長がいた艦橋に行きたくなってしまうが、それを理性が引き留めた。今持ち場を離れるわけにはいかない。
『…宮下、持ち場離れてないな。』
「うん。以前までの私とは違う。」
『ならよし。…しかし変だな。魔力を持たぬ相手なら効果はそんな無いに近いような言い分だったのにあの2人…。』
「王女様…。」
「ええ…貴方も気づいた?」
私と王女様は地上から見ていた。さっきの急降下攻撃を受けてから彼らの艦艇に起きている変化を。それは…。
「…やっぱりこの前の一揆の時の戦車と同じ。」
「拒否反応覚醒が…始まる…!」
次の瞬間…艦艇はつんざくような音を立て、動き出した。
砲塔に取りつけられたギヤが限界に近い速度で回り出す。それと同時に艦艇はゆっくり旋回し始めた。
『拓斗!何これ⁈』
「俺にも分からない…。」
俺らが何にびっくりしているか。それは俺と宮下、両方何も操作していないのに勝手に動いているのだ。こっちに流れが回ってきたと思っていたのだろう。砲塔や船体各部に着地していたドラゴンアタッカーが振り落とされていく。
「ティアラ、聞こえるか?」
『…え…あ…できな…』
「ティアラ?」
ティアラに呼びかけるが雑音ばかりで応答が無い。
「仕方ない。艦橋の静火がいるはずの指令室に行くか。…宮下。俺が、見てくる。絶対に持ち場を離れるなよ。」
『こんな揺れてたら離れたくても離れられないわよ…。』
宮下の応答を聞き、俺は揺れる船体の中、どうにかバランスを取りながら艦橋を登った。
「う、ああ…。ったまいてえ…。」
気が付くと視界には鉄製の天板が見えた。床にたたきつけられ気絶していたようだ。起き上がってふと気が付く。横にはティアラが倒れて気絶している。なのに…。
「発砲音…なんで久華動いているんだ?」
その時視界の端になにか動いているのに気づく。よくよく見るとそれは針が灰色のハリネズミだった。ゆっくりてのひらに乗せ持ち上げる。するとハリネズミはプルプルと震え、ピイピイと泣き出した。
「なんだお前は…。」
よく見ようと顔を近づけた瞬間、そのハリネズミは後ずさりし、針から青色の閃光を放つ。
「ああ…怖くないぞ、よしよし…。」
ゆっくり指を顔の下に潜り込ませ、撫でる。するとハリネズミは落ち着いたのか、瞬きをして手のひらに丸まった。そして俺は気づく。このハリネズミの正体を。
艦橋まであと少しというところでまた船体が揺れ、青い閃光が走る。耐え切れずに転びそうになりながらも俺は登り切った。
「静火!大丈夫か?」
指令室に飛び込むとそこにはハリネズミを撫でる静火がいた。
「おまえ…なんだそいつ。」
「ああ、こいつ?うーん、なんて言おう…。まあ、あえて言うなら、この船、久華の主の魔物さ…。」
「あ、主?」
戸惑う俺を背に彼はハリネズミと立ち上がる。そしてゆっくり、落ち着いた足取りで窓際に歩み寄った。するとハリネズミはキュキュと鳴きながら制御盤によじ登った。
「お、おい!」
慌ててハリネズミを抱き上げようとする俺を静火が止める。
「まあ、見てな。」
するとハリネズミは針から黄色の光を放った。光はそのまま制御盤に吸い込まれていく。
「な、なんだと…。」
黄色の光がいくつにも分散しながら制御盤に入っていく。やがて、その光はハリネズミの体を覆ってしまった。光をまとったハリネズミは宙に浮く。そして、一声、それこそ大地を揺るがす大声で鳴いた。
さっきから不安定だった船の動きがまとまった瞬間、船が大きな音を立てた。搭載している全ての砲が咆哮を上げたのだ。そしてゆっくり、戦闘態勢に入る。
「やっと立て直したわね。」
「女王様?」
隣で不思議そうな顔をするアズーラ。まだ彼女の人生経験は浅いからこれだけでは分からないのかもしれない。しかし、私には分かった。あの兵器は吠えた。俺は戦える、と。
「全軍、援護態勢。あの兵器を全面的にバックアップするわ!」
そう叫び軍を引っ張る。今がチャンスだと感じた。立て直した船にドラゴンアタッカーが、また急降下攻撃を仕掛ける。しかし、息がぴったり合った機関銃に撃ち落とされた。真横からの攻撃にも耐え、仕返しとばかりに受けた攻撃の何倍も大きい砲弾を撃ち込む。
「しかし、なんでですか?普通なら拒絶反応を起こしたら、別世界の兵器と魔法は融合せず、分解、または自爆をしてしまうのでは?」
隣に並んで前進しながらアズーラが聞いてくる。
「確かにそうね。でもそれは、あくまで私たちの話。彼らには私たち以上にいろんな物を持っている。…正直なぜこうなったのかは分からない。でも、これは現実、あとでそのあたりの話は聞いてみましょう。」
そう言った矢先、敵の増援が見えてきた。灰色の鎖で覆われた胸当て防具に輝く足防具。群青色に輝く長い杖。彼らは突如国境線のこちら側に現した。霧崎たちが乗る機械に杖を向ける。
「ワーパーだ!奴らを止めろ。霧崎殿らの機械に絶対に乗せるな!」
私たちは再び立ち上がった。
~2時間後~
「片付いたな。戦闘態勢解除、宮下、拓斗。艦橋指令室へ来てくれ。」
『了解。』
二人の返事を聞き、椅子に腰かける。すると、さっきまでこの巨体艦艇を動かしていたハリネズミは俺の膝の上に来た。
「キュウゥ…。」
「…お疲れ様。」
そう言って撫でると、ハリネズミは気持ち良さそうに鼻をすりつけてきた。そこに宮下と拓斗が入って来る。
「お待たせ…何そのハリネズミ…。」
「驚かずに聞いてくれ。…この戦艦の心臓部であり、頭脳…簡単に言えば、久華の本体だ。」
「はあ…?!」
宮下が呆れた顔をするが、俺のまじめな顔を見て、やれやれと吐いた。
「まあ…こんな状況であんたが冗談を言うような人じゃないのは知ってるし…信じるわ。」
「それは、置いとこう。」と拓斗。
「この後はどのように動く?」
俺はゆっくり下を眺めて言った。
「ここからは、この世界の…この世界の住人に託そう。俺らがやるのは手助けで充分だ…。一方的な私情を違う時空間の争いに含めてはいけない。」
「これでひと段落つきましたね。」
「ええ…。」
霧崎殿が戦線を我々に託して2日。私率いる軍は、夜の星空の下、テシュアラド社会主義共和国の中央広場にいた。周りにはつい2時間前までは酒を呑んでいたのであろう敵軍上官たちの遺体が転がっていた。なお、クミ書記長は拘束され、我が国の拘置所に移送されている。戦争の発端である戦犯として隣国、及び関係国が参加する裁判にかけられる予定だ。
「…酒とか高級食材があるあたり、完全に油断して、我々が形勢逆転するなんて思ってもいなかったんでしょうね。…きっと自軍がどうなっているかの戦況報告もちゃんと聞いていなかった、と。」
アズーラが蔑むような眼で遺体を見て呟く。実際、クミ含む上官らはこの広場で、上級役員のみ参加可能なパーティーをここで開いていた。私たちが勢いを盛り返しこの国に攻め込んできていたのに、だ。この状況はどこか、私が改心する前の私の国に似ているところがあるような気がした。
「…あとは、近隣国裁判の流れに任せましょう。…全軍、帰国準備。現段階をもって、戦闘態勢を解除!」
軍の勝利の喜びの声が、星空に良く響いていた。その星空は、過去の私を完全に飲み込み、消し去ってくれそうな気がした。
~PAGE10 fin~
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