PAGE10 引き出せぬ感情
世の中の漫画や小説には、陰気系女子高生がイケメンカースト高め男子と付き合う、いわゆるラブコメ系のジャンルが万年流行っている。正直私は、それが許せない。何故って…
「ありえないじゃんっ!あんなん私らが目をつけるころには陽キャギャル系女子とイチャついてるもん!第一そーいうイケメンは性格悪いってのがお決まりだし!」
「まあまあ、落ち着きなよ。」
暑さが若干引いてきた9月半ば。私、久米川紬(くめかわ つむぎ)(17)は未だに陽気な日差しが入る教室の窓際で昼食をとっている。目の前で落ち着き払って私のグダ話を聞いてくれているのは、西原茜(にしはら あかね)(17)同じクラスのクラスメイトであり『同志』だ。
「やっぱさー、陽キャってすごいよねえ、モテるために毎日毎日化粧してさ、イケメン男子に色目使って…。」
すると茜はびっくりした顔をした。
「えっ…あんた化粧してないの?!」
「するものなの…?!」
「そりゃ僕でも薄くはしてるんだけどなあ…。」
そう言いながら小さな化粧セットを出す茜。そう、私と茜は同じシュミレーションゲームオタクなのだ。実際、ゲーム内のサブにいるイケメンキャラが何人かいるのだが、まったく同じキャラを私たち二人は推しているし限定グッズの発売日に早朝から二人で並んだこともあるのだ。
「せっかくなんだし紬も化粧してみたら?僕らはただでさえ目立たない陰キャ組なんだし。」
全く女っ気の無い一人称で自分たちを差し、彼女は私のメガネを取る。じっと私を見つめる彼女の黒い瞳は本当に吸い込まれそうなくらい深くて、永遠に見つめていられそうだった。
「お。なんだなんだ。百合か?」
不意に声をかけられる。気づくと私たちが座っている机の横に一人の好青年が立ってこちらをニヤニヤ見ていた。彼の名は刈敷泰示(かりしき たいし)。このクラス、そしてこの学年一番レベルのイケメンだ。しかし彼の内心を知っている女子は近づかない。なぜなら
「ねーねー、やっぱ久米川と西原ってお互い好きなん?…あ、もしかしてもう付き合ってる?」
「…。」
こういうところだ。そう、彼は大の百合ゲーム、アニメ好きなのだ。彼の友人の噂によると、1週間に一回は近場のアニメイトに行き、百合同人誌を買い漁っているんだとか。豚に真珠、猫に小判とはこのことを言う。
「刈敷さん…2人とも明らかに嫌な顔してるしそこまでにしといた方が良いと思う。」
「なんだ、葉吹か。さてはお前、俺が先に2人に話しかけた事に嫉妬しt」
「違う。てか百合好きなら、百合の間に挟まってはいけないってのが暗黙の了解だっての知っときなよ…。」
「ちぇ~。」
スパっと刈敷に言い放ったのは、葉吹公男(はぶき きみお)。彼もまた、百合好きオタク…いや、彼は百合に限らず薔薇もNLもいける人間なのだ。そして周りの友人曰く、音ゲー、レースゲーム、FPSゲームもできると、首が回る範囲はかなり広いらしい。そのせいか、クラスのオタクからのみ人気で、よく一緒にスマホのFPSゲームをやっている。そして女子に人気な刈敷もその中にいる、という現状だ。
刈敷は、私たち2人に親指を立て、じゃああとは楽しんでと言ってどこかへ行った。
「全く…あいつは私らを少女漫画の主人公かなんかと勘違いしてるのか?」
ね~、と言うと茜は俯いた。
「まあ、あーいうはやし立ててくるやり方、確かに僕も嫌いかな…。」
そんな風に言う茜を私は横目で見つめていた。
『へえ、なるほど小学生から…確かに男子を恋愛対象にするにしても精神年齢低い奴らばっかだからね…。はいワンキル。』
自宅にて夜7時。私は自室に籠りスマホアプリのFPSゲームをしていた。背後に忍び寄っていた敵をチャットしながらヘッドショットキルしたのは{みたらし団子}さん。このゲーム始めたての頃、単独行動していたところを、ムーブからして初心者と見抜き、助けてくれた人だ。(まあ、いわゆるチーミングだ。)以来、フレンドになり、よくデュオを組む。本人曰く、男らしい。年齢は想像に任せる、らしい。彼は私が女性が好きというのも知っている。というか相談をしていた。
『ほら、小学校教師の話だと、男子ってちょっかいをかけてくる子程好きっていうじゃん。でも、裏を返せばその程度の思考回路しかない単純人間ってことじゃん?…ちょ、被弾した。』
『それは全世界の男子を敵に回してるww…ほら。殺った。包帯巻いときな。あとほら、スポドリ。』
『気が利きますよねいつも、ありがとうございます。…みたらし団子さんも男だし…怒った?』
少し間があった。
『身近にまあまあ仲が良い女性がいてね。その人にもそう思われてんのかなって。』
『彼女ですか?』
『いいえ!』
『即答ですかwwwていうかワンタップ定型文で返さないでwww。』
『まあ、なんというか、この時代さ、男女なんて関係ないと思うよ。だから…好きならさっさと告白して、青春時代を楽しみな。』
『なんで最後上から目線なんですかww。』
『www』
次の瞬間、私とみたらし団子さんの足元には手りゅう弾が転がってきた。
時空の狭間に存在する何でも屋、万事屋霧崎店。その店の2階の一室。「店長個人部屋」と札がかかってるその部屋は俺の寝床であり、ゲーム部屋だ。今晩も俺はその部屋に籠ってFPSゲームをしていた。今学生に人気なゲームらしく、まあまあユーザーはいるようで、チームを作るのにも困らない。そんな感じなのだが、俺はあえて同じユーザーとプレイしている。つい最近出会ってフレンドになった人だ。それが俺(のアバター)の隣にいる{つむっちー}さんだ。彼女とは大体半年くらいの付き合い。今までこのゲームを通して色々相談に乗ってきた。今日も乗ってあげていたところ。彼女曰く、女性が好きだが、好きな相手は気づいていないし、明かすのが怖いらしい。
「青春してやがるぜ…。」
正直な話うらやましい。俺らの青春はあまり良い記憶がないからだ。まあ、そんなこと今更嘆いても仕方ないのだが。
「まあたこんな夜中にFPSゲームやってるの?」
そう言いながら部屋に入ってきたのは宮下だ。
「なんやねんその言い方は、おかんか?」
「私はあんたをそんな子に育てた覚えはありませんっ!」
「だからおかんか⁈…なあ、宮下、JKの百合って、どう思う?」
不意に真面目な顔で言った俺に宮下はビビる。なによいきなり、と呟く宮下はPC画面を見て事情を察知したのか、そうねえと後ろのクッションに腰かけて腕を組んだ。
「その、好きな相手は好きな男子いるの?」
「いないと思う、多分。」
「女子校?」
「共学。」
「…。」
宮下はしばらく考え込んだ。
「…そうね、その相手の出方次第ね…。共学ってことは付き合ってもあまり公にできないのが現実だし、ましてや周りに双方どちらかをすきな男子がいたら反感を買うし…。ただ言えるのは、成功して付き合えたら本当に高校生活は楽しいものになるでしょうし、うまくいけばその後も一緒に居られるわね。」
「なぜそう言い切れる?」
すると宮下は指を立てて振りながら言う。
「良い?カップル間で発生する別れ話や喧嘩はね、男女双方の意見が合わないのもそうなんだけど、それも含め大元をたどると双方の精神年齢が合わないってのが理由なの。精神年齢が違ったらそりゃ大人vs子供みたいなもんだから当たり前ね。でも、これが同学年の女子同士だったら?まあ、全くないとは言い切れないけど、精神年齢の格差は、男女カップルよりは小さくなるわよね?」
「…ふむ?」
「つまり、長続きするってわけ。あわよくば大学生、社会人になっても一緒に居られるわけよ。」
「…お前用の恋愛相談用窓口、この店の店内につくろうかな。」
「いや管理めんどくさいしサボる自信しかないからいらないわ。」
「お、紬~、おはよっ!…なんかいつもにまして目の下のクマすごくない?」
「あ~、うん、昨日徹夜でFPSしちゃってさ…。」
「なにランクマッチやってたのか。」
「よく分かるね茜。」
まあ、嘘なんだが。正直みたらし団子さんと一戦した後すぐに布団に入ったんだが…。
「…紬?」
いきなり心配そうに顔を覗き込んでくる茜。びっくりしてよくわからん声が出てしまった。
「あんた絶対今なんか考え込んでるでしょ。」
「えっ…。」
「同志として付き合い長いんだからそれくらい分かるっての。ほら、話してみ~。」
「えっと…。あの…。茜って好きな人とかいるん?」
質問が予想外すぎたのか、茜はひゃいっとかふぁいっとかなんとも言えないよくわからん声を出した。
「なあに、いきなり何言うかと思ったら…。いないよ?」
「…そ、そかそか。」
「へっ…安心しなよ~。あんたの隣にはずっといるつもりだぜ~?」
そうどや顔でキメる茜。私のこの想いを伝えたら茜はどんな顔をするのだろうか。
絶好の機会だっただろが僕。なぜ想いを伝えられなかった僕⁈
「なにしてんだ茜…。」
机に突っ伏して自分に囁いて問う。せっかく紬が話す機会をくれたのに。なぜ私は言えなかった?「僕は君が好きだ。」と。「ずっと、一生隣陣地は占領させてもらうぜ。」と。紬に朝登校時にあのやり取りをしてからずっと後悔をしていた。休み時間のゲームをやってる時間を除き、ほぼ全てが何も頭に入ってこなかった。そんなこんなで気づけば帰りのホームルームも終わって放課後になってしまっていた。机から顔を上げて教室を見回す。帰りは大体紬と帰っている。しかし見当たらない。先に帰ってしまったのだろうか?そんな感じできょろきょろしていた僕に葉吹が声をかけてくる。
「あ、西原さん、まだ帰ってなかったか。」
「あ、うん。紬知らない?」
「うーん、知らないなぁ…。」
僕と彼の間に訪れる沈黙。破ったのは彼の方だった。
「…ちょっと話があるんだけど…。」
手招きされるままに廊下から屋上に続く階段に。彼が上から2段目に座ったので自然な流れで僕も隣に座った。
「話って?」
えっとね、と口ごもる彼。
「…?」
「…あの、あなたの、その…貴方のことが…好きですっ…!」
「…へぇっ⁈」
まっすぐにこちらを見つめる瞳。普段はあまり彼のことをよく見ないから分からなかったが、彼の瞳も、純粋で澄んでいて、見入るくらいきれいだった。
「…えっと、あの返事は待つから…。」
そう言い立ち上がろうとする彼の腕を僕は掴んで止める。
「…僕…、いや、私の答えは…!」
茜が恋人出来たらしい。しかも葉吹と。この衝撃話題はすぐに学年中に広まった。表向きイチャイチャはしていないが、そっと手をつないでいたり二人でご飯を食べていたりと、日に日に二人の距離は縮まり、私、久米川紬という存在は締め出されて行った。
「…大丈夫か?」
放課後。今日も二人に話しかけられなかったと後悔している私に声をかけて来たのは刈敷だ。
「…大丈夫です、元から陰キャなんで。」
そんな卑下すんなよっと彼は私の目の前に椅子を持ってきて座った。
「なにさ…今度はあなたが私に告白でもして慰めてくれるのかしら?」
「いやそれは無いっす。」
「ずいぶんスパっと…。」
「いや、俺百合は推すけど彼女は作らない主義だから。
ずいぶん顔に見合わないことを言うやつだ。黙って机に突っ伏する。すると刈敷が話を続けた。
「俺は知ってるぜ。お前が秘密にしている事。」
「…。」
「お前…仕組んだんだろ?」
「…何を知っているというの?」
「…葉吹の背中を押したのはお前だろ。」
そうだ。葉吹が茜を好きなのを私は知っていた。しかし陰キャは陰キャ。だから私はあの葉吹と茜をからかってやろうと思っていた。…葉吹が告白をしたあの日の昼休み、私は葉吹を呼び出した。
「あんた、茜が好きなんでしょ?」
「久米川さん…な、なにを言っているの?」
「化粧っ気のない私よりあのJKって感じでかつあまり派手すぎないあの子が好きなんでしょう?」
「何でそれを…。」
「いやあ、普段茜と話している素振りで十分察せるわ。女のカンをなめちゃだめよ。」
「だからってなんだよ…わざわざからかうために呼んだの?」
「いやあ?事実確認。」
そう言い背を向ける。
「…あんたがとる前に私があの子を取っちゃおうかなって。」
…この時はただからかうだけのつもりだった。だって葉吹に告白をする勇気なんて無いと思っていたから。こうやって彼をからかって地団駄でも踏ませて。それで終わりにするつもりだった。
「…でも、彼はそれを宣戦布告と受け取った、と。」
そうだ。葉吹はそれをまともに受け取ってしまった。そして彼はあの日…。
「…しかし想定外の事態が起き、今君はあの時の自分の軽率な行動を後悔している、とな。」
そう、茜が葉吹の告白を断らなかったのはまったくもって想定外の事態だった。だって普通に考えて、あんな陰キャの告白を受け入れるなんて全く想定つかないだろう。
「んで久米川さんよ。あんたはどうしたい?このままで良いのか?」
「はあ?もう繋がってしまったのはどうしようもないでしょ?」
そう言い放ち、彼の視線を背に私は教室を出て、帰宅した。
『ってことがあってもうどうすりゃ良いのか分かんないんす。』
『wwwwww』
深夜10時。私はいつも通りFPSゲームをやりつつ、ここまでの成り行きを相談していた。もちろん相手はみたらし団子さんだ。
『いや、私が悪いのは分かっているんですよ。』
『なんだかね、そーいうときって時間を巻き戻したくなるよね。』
『まじ分かります。』
しばらくゲーム内に沈黙が流れる。聞こえるのは遠方の銃声のみ。その沈黙を破ったのは彼のチャットだった。
『でもさ、結局は君の自爆には変わりないわけでな。そうなってしまった以上、君は2人のことを見守っていくほかないと思う。てかそうするべきだ。』
『?』
『一生その失敗をかみしめろとは言わないが、多分その方がお互いのために良いと思う。』
チャットを打っている間にみたらし団子さんはダウンさせられている。救助に行こうとしたら私にかまうな!のワンタップ定型文を投げられたのでほっといて逃げた。
「意外な展開になったなあ。」
「何が?」
ゲーム内でダウンさせられたちょうどその時、宮下が部屋に入ってきた。
「ああ、宮下か…例の陰キャJK二人の件。」
「へえ。どうなったの?」
「片方が陰キャ男子と付き合い始めた。」
「へえ…私らとしてはその女子二人がくっつくかと思っていたのに意外ね。」
「まあそうなんだが、男子側に告白を煽ったのはその片割れなんだ。」
「どー言うことよ。」
「まあ、きっとマウント取りたかったんやろな…。」
「そして彼女にとって想定外の事態が起きた、と…。」
すると宮下はフッと笑い言った。
「この先どうなるか楽しみじゃない?」
~後半は今後執筆予定、待たれる方は先の11話へお進みください~
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