PAGE7 救済措置
12月始め。時空の狭間にも冬はやってくる。本格的に寒く、時たま雪が降る。お陰でだいぶ忙しい時期だ。
「あーあ、まぁた積もったなぁ…。」
玄関を開けて一面の銀世界を眺めながら呟く。
「ティアラ起きてるか?」
「はい、除雪車ですね。今出します。」
積もった日はティアラにガレージから除雪車を引っ張り出してもらって雪をどかしている。いざと言う時航空機や戦車なんかを地上に出せなきゃ困る。
「宮下、手伝える?」
本棚の間にいる宮下に声をかける。
「待って、今集中してるから声掛けないで。」
「何してんだ?」
声がした方に向かってみる。
「なんだよこれはぁ…。」
古本整理をしているはずの宮下は古本でトランプタワーを作っていた。
「あと1組…!」
宮下がまさにラスト1組をてっぺんに置こうとしたその瞬間だった。
「静火!エレベーターホールが車両でごちゃごちゃになってんぞ!」
貫くような声と共に拓斗が部屋に飛び込んできた。宮下はびっくりして本を落とす。高さ3m前後までになっていたトランプタワー…いや、古本タワーは一瞬にして崩れ、宮下は埋もれた。
「うーむ…。」
「こりゃ参ったなぁ…。」
目の前には横転したりそっぽ向いたりしてる戦車が5両ほど。
「…テ、ティアラ、なぜこうなった?」
「実はですね…。車両の数が多すぎてちょっと管理の限界がきておりまして…。」
申し訳ございません、と俯くティアラ。
「もう1人くらいコンピュータなど私に詳しくて、専属としてつきっきりになれる方がいれば有難いのですが…。」
そういわれてもなぁ、後ろを向く。
「俺はそもそも車両や機体、艦艇の整備で忙しいからパスだ。」
「私はなんやかんややってるけど本棚係だからね。」
「僕は…?」
そう言いながら壁をすり抜けて出てきたのは優希だった。ティアラが首を横に振る。
「…先日優希さんの車両、61式ですが、ガレージ内に移動するためオートパイロットで操縦を試みたのですが…うんともすんとも言いませんでした。おそらくお互いに干渉出来ないのでしょう。」
「うーん…。」
俺はそもそも店のカウンターでの来客対応係だから無理だ。その時に脳裏に1人、ノリで手伝ってくれそうな人物の顔がよぎった。
飯島大聖(いいじまたいせい)。それが僕につけられた名前だ。高校時代まではガチ陽キャとして生きていたが高校卒業後、とある建築会社に就職。同時に上京して一人暮らし。しかし不注意により負傷して入院、それをきっかけに辞職した。そこからはひたすら堕落していた。再就職もせずひたすらデスクトップPCでゲームに向かう日々。しかし金を稼いでないため気がつけば借金に手を出し今や返済金額は5000万まで膨れ上がっていた。もちろん中には闇金への要返済金もあり、手に負えないと呆れた貸し手連中は、3日猶予をやる、無理だったら無理矢理返済させると言って帰って行った。
「…何やってんだろ僕は。」
「…は?」
借金取りが帰ってから2時間後。インターホンが鳴った。借金取りが忘れ物したんかなぁと呑気に顔を出した僕の目に映ったのはかつての旧友と初恋相手だった。今は2人になぜかファミレスに連れ出されていた。
「にしても大聖も変わったわねぇ、髪もこんな伸びて大人しくなっちゃって。」
そう言いながら僕の伸びきった髪を弄り回す宮下。向かいの席でひたすらポテトを頬張る霧崎。僕はやめろ、と宮下の手を払う。
「…んで、この堕落した僕に何の用だ?」
霧崎がポテトを頬張る手を止める。
「…コンピュータに詳しい君に折り入って頼みがあってね。」
「というと?」
「うちの店、万事屋霧崎店のコンピュータシステムの管理担当になって欲しい。」
ゆっくり首を横に振る。
「…残念ながらそれは無理だな。」
「なんでだ?」
「…返さなきゃならない借金があるし…。」
ぼんやりと遠くを見る。
「…闇金に手を出したからな、生きて帰ってこれるか分からない。」
霧崎と宮下が顔を見合わせる。
「大聖、さ。もしかして…闇金連中が本気で臓器売ったりすると思ってる?」
「…え、違うの?」
次の瞬間2人は吹き出して爆笑し出した。
「…大聖、ふふ…お前さ、アニメの見すぎ…ふはははは!」
横で宮下が言った。
「奴らの稼ぎ方はね、カニ漁やマグロ漁よ。」
大聖が借金を返すという判断を下したとなると俺はそれを手伝わなきゃならない、と考える。というのもカニ漁は長ければ3ヶ月近くかかるという。それを待つのも大変だし、臓器を売られるほどの確率では無いが、船上での事故死や海への転落死、また場所が北の海であるが故、凍死の可能性も充分ある。しかし、俺や店のみんなではカニ漁の手伝いはおそらくできない。俺は機械を自在に操れるが、カニを効率良く取ることとはまた別の話だ。そもそもうちには戦艦や巡洋艦はあるが船舶登録がされていない。だから長時間、海上に長居はできないのだ。俺はさらなる助っ人に声を掛ける事にした。
都内某所。時刻は朝5時。静かな住宅街、片道一車線の脇にGC8を停める。助手席には宮下がいる。
「今から会う助っ人ってこの辺りに住んでいるの?」
「そうだ。」
「なら会いに行けば良いじゃない。」
ドアを開けて出ようとする宮下を止める。
「まだこの時間は仕事中か、これから帰宅だ。」
「ふーん…。」
宮下が座り直したその時、後方から爆音が聞こえてきた。
「…きた。」
段々爆音は近づいてくる。闘牛のような唸り。近づくにつれ振動が胸に伝わる。そして横をゆっくりすり抜けたのは…
「ランボルギーニ・ディアブロ…。」
真っ赤なペイントがされたその車、ディアブロはGC8の前に停まった。
原山奏斗。それが俺の名前だ。アニメ、ゲーム、そしてAIの制作をしつつ夜は渋谷のとあるホストクラブにて働いている。最近はそれなりに有名で1日1件は必ずご指名を頂くくらいだ。さっきも仕事を終えて愛車のディアブロで帰ってきた所だった。
「まあ、話を聞こうじゃないか。」
自宅マンションに早朝からお邪魔してきた2人組、霧崎と、宮下。宮下は初めて会う。なんでも以前霧崎に会った後助手として霧崎の下で働いているんだとか。
「…という事なんだ。だからあの子を貸して欲しい。」
「なるほど…。」
以前、霧崎には俺が作る魔法少女アニメの著作権関連で世話になっている。
「良いだろう。俺の作品の主人公でありオリジナルAI兼魔法少女…ナミカを貸そう。」
ありがとう、と霧崎の顔が安心に満ちる。しかし、俺には腑に落ちない部分があった。
「…貸すのは良いが、どうやってナミカを現実世界に召喚するんだ?」
「あぁ、それなら…。」
霧崎はそう呟き、スマホを取り出した。画面がいきなりフラッシュして、スマホから床のカーペットに光が伸びる。やがてその光は宮下くらいの身長にまで大きくなり、人間の身体を形作る。不意に光が弾け、目を逸らす。ゆっくり視線を戻すとそこには先程までいなかった赤髪の少女が佇んでいた。
奏斗と話を付けて店に戻る。するともう早ティアラとナミカは仲良く雪で遊んでいた。
「くらえ、雪魔法『吹雪鉄砲』!」
「効きませんね…おかえしですっ…!」
「ぴゃあっ?!…わ、私の『氷鋼バリア』が破られた?!」
「2人ともあまり濡れないでくれよ…。ましてやティアラはAIだから良いけどナミカさんは一応魔法少女なんだから風邪ひくぞ…。」
店に戻ると、振り替えに宮下が私も雪遊びやる~と言いながら仲間に入りに行った。俺はそのまま地下2階、艦艇用のドックに向かう。
「おう、静火どうした。」
そう言いながらイージス艦にかかるタラップから駆け下りてきたのは拓斗だ。
「カニ漁の漁船を追っかけられる艦艇ってある?」
それなら、と拓斗は後ろに停まる様々な艦艇を眺める。
「…自衛隊が作っていたミサイル艇なんてどうだ?」
いや、と俺は首を振る。
「…念の為、キッチリとした対艦攻撃手段がある物が良い。あとできるなら速攻で身元バレしないようなものだ。」
ふむ、と彼は持っていた書類をめくる。
「…あった、これならどうだ?」
そう言いながら彼が見せてきたものは
「…大日本帝国海軍駆逐艦 島風…?」
「あぁ、ちなみに海軍施行当時、及び実践導入当時は40kt(約72km/h)しか速度は出なかったが、俺がエンジンボイラー、タービン、スクリューに手を入れたら48kt(約86.4km/h)まで出せた。」
「とんでもねぇな…。」
「キッチリと対艦装備も手入れ、改造してあるから艦橋からも、ティアラ自身からも操作可能だ。」
「拓斗、さぁ。」
「なんだ?」
「…お前一体何者なんだ…?何をやっていた人間なんだ…?」
すると拓斗はフッと静かに微笑みどこか遠い目で呟いた。
「何者なんだろうねぇ…自分でも忘れちまった…。」
霧崎が来てから3日後の夜7時。俺の部屋のインターホンが鳴る。ゆっくり扉を開けると、そこには3日前に来た借金取りがいた。
「金は用意できたか?」
「分かってるくせに言わせるなよ。」
借金取りは、やれやれと首を横に振った。
「しゃあねぇな…。」
1人が無理やり俺の手首をつかみ引っ張る。
「いっ…。」
「貸した金は何がなんでも返してもらうからな。」
目隠しをつけられ、拘束される。不意に首筋にチクリと痛みを感じた瞬間、俺は眠ってしまった。
「…い、おい、起きろ!」
頬に痛みを感じ、目を開ける。
「ここは…。」
目の前に広がっているのは、波が荒れ狂う港と、1隻の漁船だった。
「これは…。」
「今から2ヶ月お前にはあの船に乗ってカニを取ってきてもらう。カニの取れ高によっちゃ、1回で返済できるかもな。」
「…ターゲット、ロシア海域へ突入しました。マスター、やはり飯島さんが関わっていたのは闇金融のようですね。」
やっぱりか。飯島が乗った漁船が出航してから低速で距離を取り、駆逐艦島風で追跡していた。ちなみに本来艦艇と言うのは数百人単位で乗り込み、動かすものだが、今回は舵取り、エンジン管理、攻撃用兵装など、全てをティアラに任せている。これでどこまで正確に彼女が操りきれるかという試験も兼ねているのだ。
「にしても不思議だな。ただの日本国籍の、ましてや闇金絡みの漁船が無断でロシア海域に入れんのか?」
「無線をハッキングしてましたがそれらしき通信は行われておりません。」
すると拓斗が口を開いた。
「…噂で聞いた事がある。日本の闇金屋がロシアに、日本人の借金ある連中の個人情報を売り、それに引替えで向こうは日本闇金連中の色んな行動に目を瞑っていると。」
「…まじか。」
「…まあっ、真偽は分からんがな!」
その時、漁船を双眼鏡で覗いて目で追っていたナミカが口を開いた。
「網を下ろし始めているわ。そろそろ私も仕事始めるわよ!」
「ほれ、仕事の時間だ。」
船長に急かされ甲板に出る。もう既に同じ境遇にいるであろう何人かが仕事に取り掛かっていた。俺も同じように網を淡々と降ろしていく。ちなみに俺らがやらされている漁の方法は「底引き網漁」と言うらしい。ふと違和感に気付く。
「船長…。この網どこか別のところに固定されていませんか?」
「あ?あぁ、そりゃそうだ。この漁方は2隻でやるもんだからな。」
ほら、あそこ、と船長が指さした先にはロシア国旗を掲げた漁船が近づいてきていたのが見えた。
「新しくターゲットを補足、ロシア所在の漁船です。近づいていきますね。」
「底引き網漁、か。」
おそらく2隻で網を引き捕る感じだ。
「魔力満タン。準備できたわ!」
とナミカ。
「ティアラ、ターゲット艦への距離は?」
「距離、1500m、ナミカさんの魔法の射程圏内入りました!」
「…よし、ナミカ、やってくれ。」
ナミカが甲板にゆっくり出てくる。
「まさか私の魔法がこんな所で役に立つなんて、ね…。」
「引き寄せ魔法、発動!」
「な、なんだなんだ…?!」
甲板がざわめき始める。理由はおそらく僕がびっくりしている理由と同じだろう。網にいきなり大量のカニが引っかかり始めたのだ。
「おい野郎どもさっさと獲物を引き上げろ!じゃねえと船ごと重さでひっくり返っちまうぞ!」
船長の罵声が響く。しかし次の瞬間その声は悲鳴へと変わった。船長が口を開けながら眺める方向…。船の左舷後方には気がつけば…いや、荒れた天気で見えなかったのだろう。駆逐艦のような艦艇が近づいていた。それは一気に距離を縮める。
「た、待避だ、砲塔がある、戦艦だぞあれ!」
と、同じ境遇であろう乗組員に腕を引っ張られながら言われる。
「う、嘘だろ逃げなきゃやられるんじゃ?!」
甲板から船内に入るまであと数歩というところ、僕の目の前に魔法陣が現れ、拍子で僕は転んでしまった。ゆっくり顔を上げるとそこには
「みんなのハートにズッキュン☆魔法少女ナミカ、貴方の友人よりご指名頂いて引き取りに参りましたっ☆」
ヒラヒラのピンクワンピースを着て、魔法使いのような帽子をかぶった少女がいた。
飯島の近くにいた別の船乗りは腰を抜かして口をパクパクさせている。
「ちょうど良いわ。これを船長に渡しといて。じゃ、失礼しまーす☆」
そう言い飯島をひょいと担ぎあげて走り出す。ちなみにこの腕力は宮下さんという霧崎さんの助手に付与して貰った。
「そぉれっ!」
「うわ、ひぃっ?!」
ビビっている飯島を駆逐艦の甲板に投げて私自身は垂らしてもらった錨でよじ登る。
「さ、霧崎さんの所行きましょ。こっちよ!」
むくっと起き上がった飯島の手を引き船内へ。霧崎たちが待っていた。
「ただいま、連れてきたわよ。」
「お疲れ様。さ、転移魔法で帰ろう。ナミカさんよろしく。」
「はいよ~。」
そう返事をして魔法を出そうとしてふと気づき固まる。一筋、冷や汗が背中を伝う。
「どうした?」
「…魔力が少し足りない。」
「ティアラ、今周辺はどうなっている?」
「電波探索完了。ロシア本国から海軍が我々に関する報告を受け、マトカ型ミサイル艇、11356M型警備艇が出港した模様。またヤーセン型と見られる潜水艦を感知。」
「なんでそんなデカブツが顔出すんだ…。無線で何言ってたか分かるか?」
「それが…一度に可能な作業量を超えまして解析できず…。申し訳ありません。」
しょんぼりしながらティアラが言う。
「いや、無理言ってすまない…。だがまずいな。最新兵器持ちの艦艇が来るとは…。いや、ワンチャン見つかる前にナミカの能力が回復したら…。」
「無理よ。あと1時間はかかる。」
「うっ…きっつ。」
すると腕組みをしていた拓斗がニヤッと笑った。
「ここから拓斗チューンが光るぜ?実はな。対魚雷用チャフ(追尾方魚雷のレーダーを撹乱するシステム弾)がコイツには積んである。」
「ロシアの警備艇は情報からして最大速度30kt前後、こちらは40kt以上。タービンフル稼働させたら逃げきれますが…。どうします?」
「いや、考えてみろティアラ…。潜水艦と警備艇が向かってくる方角を。」
「…挟まれてる。」
そうだ。潜水艦はなぜか南東から、警備艇、ミサイル艇は北西からこちらに向かってくる。どちらにも逃げられない。
「んならよ。真っ直ぐ南、日本へ逃げりゃ良いじゃねぇか。」
「ダメだ拓斗。そのように逃げたら本艦が日本所属と教えてしまう事になる。なんとしても日本沿岸の時空の狭間へはワープを使わなければ。」
もし、俺らが日本へそのまま逃げたらロシア側は日本所属艦と見なす。あまり考えたくは無いが、生まれの国へは迷惑はかけたくはない。
「まあ、たしかにお前は日本生まれだから迷惑はかけたくはないか。」
「なんだよ拓斗。俺は日本生まれじゃないし関係無いみたいな言い方しやがって。俺やお前、みんなの生まれの国じゃないか。」
「いやぁ…そうだな。はは…。」
「ロシア側警備艇より電報!」
ティアラが読み上げる。
「…最悪だ。」
「なんでだ。」
「…ロシア語分からない。」
「あ~…。」
ティアラにも確かロシア語を日本語に翻訳する機能は付けていない。皆が黙り込んでしまったその時だった。
「見せてみろ。」
「…飯島君?」
「これでもオンラインゲームやりこんでる人間だから。ロシア語くらい読めるよ。フレンドにロシア人いるしね。」
「ではこれを。」
ティアラが電報を紙にした物を手渡すと飯島が食い入るように見る。
「…訳すぞ。貴艦はロシア連邦領海を不当に侵している。よって艦艇の立ち入り検査を行うが故、本電報が届いてから10分以内に停船せよ。停船の様子が見られない場合…反逆行為と見なし、あらゆる手で貴艦を始末する。…だってさ。」
「…ティアラ、電報届いてから何分経った?」
「現在4分37秒です。」
「ナミカ、魔力チャージまであとどれくらいかかる?」
「そうね…。早くて20分はかかるわ。」
「…どうするの霧崎?」
考え込む。もちろん素直に停船する事もありかもしれない。しかし飯島の身元がバレるとまた借金取りの元に返される可能性がある。そして俺や宮下、拓斗達は捕まる可能性がかなり高い。そもそもこの艦艇はもう1900年代に沈没している大日本帝国海軍駆逐艦、島風をベースに最新テクノロジーを詰め込んだ艦だ。ロシアに渡ったらかなりまずい。かなりの最新技術がロシアに渡される事になる。考え込み、俺の頭は『逃げ』の一択を弾き出した。
「ティアラ、ボイラー稼働率最大出力全速、取り舵いっぱい!」
「了解。」
「宮下は対空砲の制御、拓斗は魚雷の制御に。」
「別に…ティアラに任せたら良いんじゃないの?」
「…一応各兵装1つは手動制御の方が安心だ。ティアラのシステムが落ちたら終わりだからな。さぁ、分かったら配置に着いてくれ。」
「「ラジャー。」」
「さて、と…。」
飯島がこっちを見る。
「…俺はどうしたら良い?」
「何が出来る?」
「兵装の指揮統制くらいはできるぞ。」
「…頼んだ。」
無線用ヘッドホンを飯島に渡す。
「マスター、もうまもなく10分が経過します。」
「了解。拓斗、各目標の位置を把握。」
「目標補足。」
「目標、本艦をロックオン、ミサイル発射しました。着弾まで22秒!」
『おい嘘だろ?!』
拓斗が悲鳴に近い声をあげる。その時、飯島がマイクを手に身を乗り出す。
「霧崎、大丈夫だ。宮下聞こえるか。照準角度修正、右30°、仰角50.7°、合図で撃て。」
『み、右30…仰角…50.7…準備完了!』
「よし…。」
「着弾まで5秒!」
「…今だ、撃て!」
ドォッと爆発音がして艦橋が揺れる。しかしブザーが鳴らない。つまり…。
「ミサイル本艦より50m地点にて消滅。迎撃成功しました!」
しかし、今、飯島の指揮が無ければ確実にこちらは沈んでいた。
「…これより反撃を開始する。」
「拓斗、魚雷制御方向左舷、120.52!」
『120.52、了。』
「合図で発射。」
『発射準備完了。』
飯島がテキパキと指揮を出し、拓斗が答える。スムーズ過ぎる動きに唖然とする。
「目標、魚雷射程圏内。」
「撃て!」
『魚雷発射!』
次の瞬間バシュッと言う音が5回ほど響き渡る。
「ティアラ、装填急げ。」
「魚雷位置確認。目標に接近中。34.5秒後目標後方を通過します。」
すると拓斗が口を挟む。
『通過したらソナーと指揮通信機を入れろ。魚雷を操作できる。』
ふと気づく。島風に搭載してある魚雷は1940年代の旧式だ。追尾機能なんて無いはず。
『…なぜって思ったか?俺がいじった。』
…本当に拓斗は何者なんだろうか。
「魚雷、全弾目標後方を通過、追尾レーダー起動。」
『起動確認、方向135度転回。着弾まで23秒。』
息を飲む。本当に着弾させるのだろうか。拓斗はこの艦艇の魚雷を着弾させるという意味を分かっているのだろうか?…着弾するということはその瞬間、その艦艇に搭乗している乗員、少なくとも10数名の生命が消えるという事だ。それだけじゃない。この事件によりロシア、または日本がこの艦艇の行方、正体を徹底的に暴き、晒し出そうとするだろう。そこまで拓斗は見ているのだろうか…?マイクを取る。
「拓斗、着弾はさせるな。」
はぁ?と聞き返す拓斗。
『お前が反撃で魚雷発射を命じたんだろうが。』
「たしかに魚雷発射を命じた。だがあくまで威嚇のつもりだ。ましてや追尾機能を搭載しているなんて思わなかったからな。」
『じゃあどうしろ…あ、了解。』
「…?何をする気だ?」
安心しろ、という拓斗とティアラの10秒前カウントのノイズが重なる。
『よし、あとどれくらいだティアラ。』
「カウント、着弾まで8秒前…5.4.3」
『今だ、自爆システム起動。』
「システム起動、魚雷全弾自爆。」
次の瞬間ドォッと言う爆発音が後方から響いてくる。そこで俺はやっと何が起きたのかを理解した。
「着弾寸前で…。」
『あぁ、魚雷を爆発させた。これなら被害は少ないだろう。』
と安心したのもつかの間だった。
「新たな魚雷信号を確認。潜水艦から発射されたものと思われます。魚雷方向は散開、弾数は8発!」
「魚雷だと?!」
『こっちが自分らが撃った魚雷に手間取っている間に撃ってきたな…。着弾まで何秒だ?』
「のこりおよそ85秒!」
もたもたしてはいられないようだ。ナミカに向き直ると構えて目を瞑っていた。
「ナミカ、魔法チャージまであとどれくらいかかる?」
「急いでいるけど80秒が限界。」
ふと思い出して拓斗に声をかける。
「拓斗、対魚雷チャフは発射できるか?」
『…出せるが角度が8発散開している辺り追尾型じゃなく直進型だろう…。チャフは効果無いな。』
「仕方ない。ティアラ、舵を魚雷進行方角へ。速度全速!」
「着弾まで40秒…。」
宮下が泣き目で駆け込んで来る。
「あたし死にたくないんだけど?!」
「大丈夫だ、落ち着け。あと勝手に持ち場から離れるな…。」
「下手すりゃ死ぬのに落ち着けるわけないでしょ?!」
崩れ落ちる宮下を抱きとめる。
「着弾まで残り7秒!」
その時、天使のような声が響いた。
「転移魔法発動!」
「あいつら…上手くやったようだな。」
時刻は朝方4時半。俺はホストの仕事を今日は休みを取っていた。ソファに腰掛けニュースを見る。
『えー、現在入った情報によりますと、ロシア海軍は、所属不明艦を見失ったとの事です。外交官は、これより一切の追跡を中止するとの事です。また海上自衛隊は日本海側にイージス艦を配備し…』
テレビの電源を切る。せめてもと所属不明艦にして騒ぎを減らすという対策に出たか。不意にPCの電源が入る。
「ただいま帰りました!」
「おかえりナミカ。結局ミッションは達成と言う事で良いのかな?」
「大丈夫ですよ。私はもう寝ますね、疲れちゃったので。」
そう言い電源が切れた。
「いやぁ、疲れたなぁ。」
「怖かったわぁ。」
「無事帰還、と。」
店の地下にあるドックへ帰港した俺ら。拓斗にタラップを下ろしてもらい地上に。波が荒れ狂う中進む艦に乗っていたせいか、まだ妙な揺れを感じるが直に慣れるだろう。恐る恐る降りてくる飯島を支えて下ろし、全員エレベーターで地下1階、戦車があるガレージに。拓斗が使っている休憩スペースに移動する。
「一応ここが地下1階、店自体は地上2階、地下3階建てになっている。基本飯島は拓斗がやってる仕事のバックアップとティアラのメンテナンスをしてもらいたい。」
分かった、と頷く飯島に夕食を18時に食べるから、と言い俺、宮下、ティアラは地上に上がった。
霧崎が出ていくのを見送ってから、ゆっくりガレージ内を練り歩く。どうだ、と背後から拓斗に声をかけられて振り向く。
「結構知ってる車両が多いですがそれぞれ絶妙なバランスのチューニングが施されていますね。」
リフトで吊るされているTigerⅡを眺めながら言う僕を見て拓斗はふむ、と腕組みをした。
「…お前に1両見て欲しい車両がある。」
「と言うと、どの車両ですか?」
今持ってくるから待ってろ、と言いエレベーターで地上に拓斗は言い、出ていった。ガレージに静寂が訪れ、どこかで回っているであろう換気扇のような音が響く。
「…結構色んな車両があるな。」
国も作成された年代もさらに試作段階で終了した車両から量産型まで様々な車両が置いてある。不意にエレベーターが稼働し、上からエレベーターが降りてきた。乗っていたのは…。
「拓斗さんこの車両って…?!…M18 90mm gun turret…。」
うむ、と頷く拓斗。
「巷じゃスーパーヘルキャットと言われている代物だ。」
「でもこれって…太平洋戦争末期に試作段階、しかも数両しか作られなかった幻の…。」
拓斗を見ると彼はニヤッと笑った。
「あんたは一体…。」
「実はなぁ、俺は…。」
~page7 fin~
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