PAGE6 止まらぬ危険

8月某日。僕、霧崎と宮下はくそ暑い中、東京の秋葉原に来ていた。

「霧崎!凄いよ!推しキャラ天国だよぉ!」

「あんまはしゃぐな…。」

宮下はピンク前ボタン襟付きシャツに灰色のミニスカと珍しく私服。しかしグッズやらフィギュアを入れられるように大きめのリュックを背負っている。僕は半袖フード付きシャツにジーパン、いつものスタイルだ。今日は日曜日という訳で大通りは歩行者天国になっている。

「やっぱこう見ると…色んな人いるなぁ。」

「あ、あと今日はね、推しアイドルのライブがこの近くであるから、行くわよ!」

「あぁ…はい。」





大通りに面しているところに広場があった。今日はそこにトレーラーが乗り入れており、荷台にはスピーカーやらマイク機器やらが載せられている。どうやらステージとして使われるらしい。

「ライブ開始は午前10時から…現在時刻8時半…もう凄い人だかりね。」

人気があるのか、既にステージ前にはかなりの人が集まっている。

「俺、飲み物買ってくる。」

そう宮下に言って広場を離れる。





「よぉ。」

「わり、待たせたな。」

「大丈夫だぜ。こいつの中で涼んでたからさ。」

そういって彼の真っ赤な愛車、GT-R35を差したのは中橋玲(なかはし れい)。高校時代の友人だ。昔っからの車好きで、最近免許取ったと聞いたのでこっちの世界に来るついでに会いに来た。

「にしても霧崎、ホントに外見歳とってないのな。」

「まあな。」

「んじゃまずは君の助手になったという宮下さんとやらに会いに行くかな。」

「はいはい。」






会場に戻ると先ほどの2倍くらいまで観客の人数が増えていた。宮下を探すとかなり前の方にいる。

「ほれ、宮下、スポドリ。」

「ありがとう。…でその方は…?」

「あぁ…高校時代の友人でな、中橋玲っていうんだ。」

「中橋です、どうも。」

「霧崎あんた…。高校行ってたの?」

「これで上手くやりくるめて高校行ってた。まあ、手配したのは拓斗だがな。」

そう言いながら中指と親指で丸を作る。それを見た中橋は苦笑して、だからあんな時期に転入して来たんだな、と呟いた。

「まあ、何だって良いけど…、そろそろ始まるよ、ライブ。」

そう中橋が言うと宮下が勢いよくステージを振り向いた。ステージにはキラキラした衣装のアイドルメンバーが上がっていた。

「みなさーん!こんにちはー!」

宮下の顔が笑顔で弾ける。本当にどれだけ楽しみにしていたかがよく分かる顔だ。

「…俺らも一緒に応援するか。」

「俺はもう1人待ち合わせしてるからちょい抜け。」

「分かったわ。」




中橋と宮下を置いて会場から離れる。1歩裏路地に入ると小さな民家や居酒屋、ラーメン屋が詰まった通りに出る。ふと脇に目をやるとパーキングにチンピラみたいなのが5.6人たまってタバコを吸っていた。

「…ここでいいや。」

パーキングの奥へ足を踏み入れる。チンピラたちががんを飛ばして来るが、あまり気にならない。

「…せいっ。」

時空間移動能力で愛車のGC8を出す。するとチンピラはビックリした顔をして後ずさりして、あいつやべぇよとか言いながら離れていった。





GC8で秋葉原から上野へ出る。京成上野駅前に彼はいた。

「よっ。」

タクシー乗り場には、ドラテク師匠の恵那川圧斗(えながわ あつと)がいた。彼に会いに来たのも中橋と同じ流れだ。

「今日はハチロクはどしたんですか?」

圧斗は普段は新型ハチロクを乗り回している。その癖普段の仕事はタクシー運転手だ。

「今日は助手席にお邪魔しようかな、なんてね。さ、そこタクシー乗り場だから邪魔になるしさっさと行こうか。」

そういうと彼はGC8の助手席に乗り込んだ。


「やっぱりドライブは良いねー。」

452号線を銀座線をなぞるように走り、神田まで軽く流す。

「どうですか?稼ぎは。」

「タクシー運転手に暇はなかなか無いから今も忙しいよ。…いずれか、自動運転車が出たらタクシー運転手なんていらなくなりそうだけどね。」

寂しそうな顔でサイドウィンドウにもたれかかり、圧斗は言う。

「そんな…今の日本の技術じゃ半世紀はかかりますよ…。ん?」

ふと気がつくと後ろからパトカーのサイレン音が近づいてくる。圧斗も気が付いたらしく体を起こし後ろを向く。

「クラウンパトカーに…ER34が逃げてきてるな…。」

そう圧斗が呟いた矢先、真横を34が走り抜けていった。そのまま神田橋JCから西へ走り去る。

「…どする?」

「追います。足元のレバー引いてください。」

言われたままに圧斗がレバーを引く。するとナンバープレートが裏返り、隠れた。警察に特定されないための緊急の施しだ。

「やれやれ…君は気分で警察に加勢するかどうか決まるんだから…万事屋としてでもさ、どちらかにしなよ…。」

そう溜息をつき言いながら、圧斗がシートベルトを締めなおしたのを確認。

「ほんじゃ、久しぶりに行きますよ!」




「やっぱ高速域でのドリフトは堪んないっすね師匠。」

「…っぐ…。」

たしかに100~150km/hでのクイックドリフトはたまらないくらい楽しい。しかし、だ。彼は次元、住んでいる時空間が違う。というか、俺、圧斗が本来は彼、霧崎を弟子に取っていたのに今に至っては立場が裏返っている。だからこんな事が起こる。

「やめ、横G半端ないって…。」

俺は心から叫んだ。


頼むから首都高で250km/hとかいう有り得ないスピードまでぶん回さないでくれ…!





~30分後~

都内のある一般道にて

「万引き、スピード違反、及び公務執行妨害で逮捕。」

1台のER34とパトカーが止まっていた。しかし34の方は横転し、ガードレールに突っ込んでいる。

「…サツってのは捕まえるとなるとスピードも体当たりもお構い無しかい。笑えるね。」

「何を言っている。お前らがここで勝手に単独事故を起こして止まっていたんじゃないのか?」

「馬鹿野郎…。インプレッサGC8が無理矢理幅寄せしてきた挙句、追い詰めて俺らを横転させやがったんだ…。俺らのあのスピードにぴったり着いてきて、な。」

話を聞いた警察官は怪訝な顔をしていたようだった。

「インプレッサGC8に覆面パトカーは無いはずだが?」

「……は?」





「現場に残らなくて良かったのか?」

と圧斗。

「いずれにしてもあそこまでやればそう長くは走れないから逃げようが無いし…大丈夫だと。」

「そうか…。んで宮下たちがいるライブ会場はあれ?」

「そうです。」

2人で車を降りて会場に向かうと、行列がなされているようだった。宮下を見つけ歩み寄る。

「これはなんの行列?」

「握手会よ。私も推しの列に並んでるってわけ。」

すると宮下の後ろに並んでいる男性が声をかけてきた。

「あんた、並ぶかい?ここ。」

「いえ、割り込む訳には…。」

「いいんだよ、遅かれ早かれ我々の番は来るからね。」

後ろにも5.6人並んでいるのを気にしていたが、入れると譲らないようなので、入ることにした。



進む列に沿いながら周りを眺める。リュックに缶バッジを付けた人、服からタオルから何まで推しのグッズの人、逆に見た目ただのスーツ来たサラリーマンに見える人、地雷系の服装の人、推しのアイドルスーツを来た人…。同じ「オタク」や「ファン」でもここまで色んなタイプがいる。そんな事を考えながら前を向いた。違和感を感じる。宮下の前に並んでいた人が何かアイドルと話してるようだ。一見ただ話しているように見えるが…。

「…圧斗さん、玲さん。」

「うん…。」

「誹謗中傷屋さんだね。」

アイドルの握手会は推しと握手をできる、話せる、そういう貴重イベントでもあるが…アイドルに直接誹謗中傷をぶつけられる危険イベントでもあったりする。

「"剥がし"はどこいった?!スタッフ!」

そんな事になっている間にもアイドルメンバーの顔は曇っていく。そんな時だった。





「私の推し…いや、国宝を傷つけるなっ…!」


宮下がそいつを背後から掴みあげて投げ飛ばした。その表情は怒りと憎みに満ちていた。投げられた彼はそそくさと走り去って行った。

「…愛と闇は紙一重…ですかね…?」

不意に先ほど譲ってくれた後ろの方が呟く。その間にスタッフがどこからか慌てた様子で走ってくる。被害者のアイドルの子は息が荒い宮下にゆっくり歩み寄っていったが彼女が肩に触れた瞬間、宮下はビクンと震え、我に返り走り去ってしまった。

「あ、ちょ、待てよ!」

慌てて俺、圧斗、玲で追いかけた。





気がつけば、私は秋葉原の駅のタクシーロータリーでしゃがんでいた。どうやら走って逃げてきてしまったようだ。様子を見ていたのか、タクシーの運転手らしき男性が歩み寄ってくる。

「そこの貴方大丈夫?」

ゆっくり立ち上がる。

「えぇ…大丈夫です。」

「どこか急いでいるのかい?」

「いえ…。」

覚えている限りのあらましを話す。すると運転手は、私はオタクじゃないからあんま分からないけどねぇ、と切り出した。

「愛、と一言に言っても形は色々あるだろうし…そして愛というのは一歩間違えるだけで、嫉妬や憎みにも変わるんだよねぇ…もしかしたらその誹謗中傷してた人も元はファンだったのかもしれないよね…。まあ、ただ…。」

「ただ…?」

彼はにっこり笑って言った。

「貴方のその行動は間違ってはいないと思うよ。自信を持ちなさい。」







「やばいやばい!」

「早く!同じ常磐線でも成修方面行は30分に1本しか電車ないんだから!」

「疲れたよ…。」

時刻は回りに回り午後15時半。

僕らはあの後無事宮下に合流した。そしてしばらく秋葉原を楽しみ、予定でこの後会うことになっていた元高校クラスメイトの山岡という奴の元に行く事にした。本来なら時空間移動で行けなくもないが、せっかく来たんだし、電車で行こうという事になったのだ。ちなみに山岡の住む地、成修市には上野から常磐線で一本で行ける。

「あ、俺と中橋は車あるからそれで行くから。」

そう言い恵那川と中橋は先に車で行ってしまった。一応俺のGC8は念押して警察にバレぬよう店に戻した。

「ギリギリ…間に合った!」

「危なかったァ。」

この時俺らは知らなかった。この駆け込み乗車をしたのが仇になって事件に巻き込まれるなんて。





2人で空いている席に座る。ちょうど座るタイミングで電車はゆっくり発車した。宮下は隣で項垂れていた。

「宮下…気にするなよ。」

「いや…投げ飛ばした人大丈夫かな、て…。それに多分アミさん(推し)にも見られてたし出禁なるかも…。」

「そうなったらそうなったで仕方な…あ。」

ふと目線を上げて気がついた。目の前を歩いて前の車両へ向かう女性…。向こうも気づいたようだ。そしてそれに気づき目線を上げた宮下の顔は驚きの表情へと変わった。

「え、あ、なんでアm…んぐっ」

宮下が顔を抑えられる。

「正体は知られたくないので…。」

そういうとゆっくり宮下から手を離して隣に座った。

「…アミさんはどこかへ?」

「いえ…とりあえず帰って良しと言われたので帰宅します。」

俯きがちなアミさん。それに気づいた宮下は声をかけた。

「…余計な事してすみませんでした…。」

するとアミさんは首を横に振り、顔を隠した。

「違う…。あれはスタッフが悪いんです…。でもあの人の誹謗中傷で我慢してた物が出てきかけて…すみません。」

そういうアミさんの声は気がつけば嗚咽が混じっていた。

「…良ければ、聞かせていただけませんか?話…。」




元々先代が引き継ぎ続けている武道教室に私、今井愛美(アミ)は産まれた。しかし、祖父の武道を引き継げという要望をないがしろに、父は私を女らしくとアイドルに育て上げた。幼稚園児からアイドルの卵として教室に行かされ、他の私の意見は父母共に聞く耳を持たなかった。そんな中唯一の私の楽しみは祖父の武道教室で空手、柔道などを教えてもらうことだった。祖父は私に「お前は何に関しても覚えが良く拒まない。上達が速い。柔道なら黒帯取れるだろう。」と言っていた。

しかし、いつまでも卵ではいられなかった。高校入学と共に私はアイドルグループに入れられ、アイドル活動を始めた。もちろん楽なものではなかった。…精神的にも。

平日は学校、休日はイベント。大変な時は平日さえも朝から活動をしなければいけなかった。

マネージャー、事務所の連中からのセクハラもあった。父にも相談したが「俺が選んだ事務所だ。そんな事するような所じゃない。」と聞く耳を持たなかった。

───次第に私は「なりたい自分」を押し潰し、「回りから求められる自分」になるように努力していた──。





不意に、悲鳴が聞こえた。声がした方を向くと、1人のジャケットを着た男が銃を構えていた。動揺して窓から出ようと慌てるサラリーマンを引きずり戻し男は言った。

「はーい、皆さんには、これからね、人質になってもらいまーす。この電車は本来の終点、成修よりさらに先であり、関東最東端の地へ直通、銚子行となりマース。」

たしかに言われてみれば話している間、日暮里駅を通過していた気がする。

1人の乗客が恐る恐る手を挙げて聞く。

「つ、つまりそれはどういう?」

「物分りが悪いなぁ、つまりー、この電車はぁ、ハイジャックされてるって事ー。ちなみにおまけで教えてあげるけどぉ、この編成の最後尾、10両目には電車が80km/h未満で走行すると爆発する爆弾着いているからね、下手に止めようとしたらぁ、ドカァンだよ!あと、各ほかの車両にもぉ、仲間がいるから変なことは考えないようにねぇ。ちなみに当車両はぁ、4両目です。」

アナウンスの真似をして男はクックッと笑う。




男に脅され車両内の後方に集められる俺たち。一人の女性客が声を上げる。

「貴方たちはなんなのよ?ただの立てこもりで身代金目的なの?私たちをどうするつもりよ!」

男は驚いたような顔をした。

「あれぇ、ニュース速報見ていなかった?上の駅付近の宝石店で強盗が入った事件、あと渋谷方面の踏切で車との衝突事故。つまりぃ、」

「宝石店強盗はあなた方。そして踏切事故も車両をこの爆弾着きの予備車に変えるためあなた方が意図的に仕組んだ。という訳ですね。」

声がした方を向くと一眼レフカメラを持った15歳くらいの少年が落ち着き払った様子で座っていた。少年を睨みつけて彼は言う。

「ほう…。坊や、随分頭切れるねぇ。…まあそんな事は良い。」

そして俺ら乗客に銃を突き付けて言った。

「無駄な事をしたら容赦はしないからね。そこんとこよろしくぅ。」





「霧崎、アイツらくらいなら能力使えばあっという間に倒せるんじゃないの?」

宮下が囁いてくる。

「ダメだ。僕らは映画やドラマの主人公じゃないんだ。下手に能力なんかを使ったら周りに不審がられてお縄につくのは俺らになっちまう。倒すんなら…ごく普通の能力なしのやり方を考えなきゃ…まあ俺には無理そうだけどね。」

「そんな…。」

「どの道、彼らを放置したらお陀仏ですよ?」

突如、背後から声がした。後ろを振り向くと先程の一眼レフ少年がいた。

「どー言う事?」

「私これでも一端の鉄オタ、でしてね。特にこの路線は詳しいのですよ。」

「ほう…それで?」

「この電車の本来の終点…。成修駅手前…実は60km/h制限カーブがあります。本来の路線は制限速度を20km/h超えても大丈夫なよう設計してありますがここは…。」

「こいつぁやばいな…。」

すると座り込んで何やら考えていたアミがすっと立ち上がった。

「あ、アミさん?」

「…私なら行ける。」

そう言い、彼女はしっかりとした足取りで機関銃握るテロリストの前に立つ。すると彼は目を丸くした。

「おやおやぁ?こいつぁビックリだぁ、アイドルは詳しくは知らないけどぉ、君はテレビで見た事あるなぁ?こんな有名人が居合わせちゃうなんて、運が悪いねぇ。」

そう言い男はゆっくりとした足取りでアミに近づく。

「…じゃない」

「ん~?」

男があと3歩というところでアミはキッと男を睨みつける。

「私は、アミじゃない!私…私の本名は、東吾愛美(とうごあいみ)だ!」

目力と言おうか、アミ…いや愛美の圧に男が一瞬怖気付く。その隙に愛美は男を一気に背負い投げしてしまった。

「…のれ、後悔する、ぞ…。」

「後悔?」

男がどうにか手に取ろうとしたトランシーバーを踏み砕き、愛美は言い放つ。

「本当の自分に向き合って、解き放った今、私に敵は居ないわ。そっちが後悔するわよ。小学生対象空手全国大会2位に楯突いた事をね。」





勢いで別車両のテロリストたちを投げ飛ばしながら先頭車へ進む愛美。その後ろからついていく俺と宮下。拘束されていた乗客の縄を解きながら進む。先頭車に着いた時、愛美が足を止めた。

「貴女…女性…?」

運転室のドアから短機関銃を運転手に向けていたのは、レザースーツを纏うすらっとした体型でロングヘアーの女性だった。彼女は運転手に短機関銃を向けたままゆっくりとこちらに向き直る。彼女がこちらを向いた瞬間、宮下の顔が驚愕に満ちた顔になった。

「クソババァ…。」

「相変わらず産みの親に失礼なやつね。紗南。」

「え、母親?!」

彼女は短機関銃の向ける先を運転手から宮下へ変える。しかしその母親を見た時に違和感を感じた。

「宮下…あいつ若すぎないか?…まだ30代半ばくらいじゃ…。本当に母親か?」

そう言うと宮下は唇を噛む。

「そう…。アイツはね…あのクソババァは…高校で遊び半分で知り合いのチャラ男とヤって金を稼いでいたの…。避妊しなかったが故に産まれたのが私だったのよ。挙句私の子育てを途中で放棄して逃げ出して行方知れずに…。久しぶりに会ったと思ったらこれよ…。」

そう言えば宮下の母親は授業参観も保護者会、その他親に会うチャンスの時もいなかったのを今更思い出す。愛美が呟く。

「なんかドロドロした過去ですね。…私がやっつけます?」

すると宮下は言った。

「いえ…あいつは私がやっつけるわ。」





1両目から聞こえる短機関銃の掃射音と着弾音。俺と愛美、1両目にいた乗客らは2両目に避難している。1両目では宮下と自称母親が戦っている。

「宮下さん、大丈夫でしょうか…。短機関銃相手に素手なんて…。」

「分からない。だが、あいつの上司である以上、あいつの意見は尊重しなけりゃならんからな。」

ふと携帯の着信音が鳴る。愛美のスマホのようだった。

「…はい。…はい、その車両で帰って…えぇ?!」

「どうした?」

愛美が恐る恐る窓から上を見るとさっと窓際から離れた。同じように外を眺める。2機のヘリコプターが上空を追ってきていた。

「あれは…片方は警察、片方は…。」

「マスコミです…。くれぐれもカメラに写って注目を浴びぬように、とマネージャーから電話でした。…大丈夫かの一言もなかった。」

「…所詮あいつらからしたらアイドルなんて金を運ぶカモにしか見えてないんだろうからな…。」

「アイドルなんてなりたくなかった…。」

愛美がため息を着いたその時、今度はポケットで何かが震えた。今度は俺のこっちの世界線用のスマホだった。

「もしもし。」

『よぉ、俺だ。山岡だ。』

「どうした?」

『悪いな…もうこっちに向かってるんだろうが…。』

一呼吸置いて彼は言った。

『休日出勤、今朝いきなり出されて今会社なんだ。今日は会えないわ…。』

「安心しろ…。俺も今やばい事になってる…。」

『テレビで今中継されてるテロリストが乗った電車にいるのか?』

もう中継まで繋がれているのか。

「そう、それだ…。」

『そうか。俺に出来ることがあれば言ってくれ。』

そう言い、山岡は電話を切った。






霧崎からの電話を切り、本社事務所の壁掛けテレビを見る。いつもなら電源は落とされているテレビは、電車ハイジャックの生中継を映し出している。隣にいる上司がテレビを眺めながら言う。

「あれにお前の友人乗っているんだろ?連絡は取れたのか。」

「えぇ、どうにか。」

「友人…生き残ると良いな。他人事みたいな言い方しか出来ないけど…。」

「大丈夫…。きっと彼なら生き残りますよ。」






不意に短機関銃の掃射音が止んだ。次の瞬間、ゴッと言う鈍い音が聞こえ、2両目と1両目の間にマガジンと薬莢が飛んでくる。

「ど、どうなりましたかね…。」

ゆっくり顔を出して覗こうとする愛美を押さえる。すると、1両目からかすり傷だらけ、服が少し破け気味の宮下がゆっくり出てきた。右肩からは出血しているようだが、それを隠すかのように笑みを浮かべている。

「やって、やったわ…。」

ふらつきながら来る宮下に慌てて駆け寄る。

「バカッ、おま、無茶しやがって…!」

「は、母親は…。」

「1両目の運転席脇で頭打って気絶しているわよ。」

宮下を愛美に任せて1両目に入る。運転席と客席の仕切り窓は破られている。仕切りを超えて運転席に入る。母親は頭を抑えて呻いていた。

「大人しくしろ。暴れなきゃ殺しはしない。」

そう言いながら持っていたイヤホンで縛り上げる。

「…まずいな。」

ふと運転席を見ると同様頭を打ったのだろうか、運転手が背もたれに身体を預けて気絶している挙句、運転用の基盤、操縦桿等が、銃弾が当たった影響でめちゃくちゃになっている。体感とどうにか生きていた速度メーターからして、速度は85km/hを維持しているようだった。

その時、一眼レフ少年の声が後ろから聞こえた。

「5両目から後ろのヤツら、縛り上げましたよ。」

んな馬鹿な。そう思いながら背後を向くとそこには万能レンチを担いだ大工、護身用警棒を持ったサラリーマン、杖をつきながらもしっかりとした目付きのおじいさんなど…乗客として乗っていたのであろう面々がいた。そして彼らが取り囲んで居たのは、一眼レフ少年と…。

「あ、あんたら…。」

「姐さんすまねぇ…。」

母親の仲間と思われるテロリスト9名だった。

「おい、お前の仲間はこれで全員か?」

母親に聞くと彼女は静かに頷いた。

「よし。ならさっさと爆弾を解除してくれよ…。あんたらの負けだ。」

「生憎だが、それは無理だと思うぜ。」

と後ろで縛られている1人が言った。

「どういう事だ?」

「あの爆弾は解除方式が特殊でな。専用機器の電磁波を浴びせないと解除されないんだ。」

「じゃあその機器の場所を教えろ。」

すると母親がフッと笑って言う。

「それが…銚子に待機中の仲間の元にあるのさ。」



「状況を整理しよう。」と一眼レフ少年。

「元々この電車は成修行、だがあんたらはこいつをジャックして銚子まで行かせるつもりだったと。」

母親が頷く。

「そして爆弾はこの電車の最後尾10両目に設置。本当に特殊機器ないと解除できないのか?」

「逆にやれるもんならやってみなって話よ。」

「逆にどうやって電磁波を浴びせて解除するんだ?」

「簡単よ。解除方法が特殊なだけで線路わきから電車が通過する一瞬の間に電磁波を浴びせれば解除できんのよ。」

どうにかならない物か…。その時宮下が何かを閃いたようだ。

「ねぇ、一眼レフ少年君。」

「なんでしょう?」

「この車両って、最後尾、10両目のみの切り離しってできるかしら。」

「そうですね…。この車両は231型だから…。」

そう言いながら彼はリュックから分厚いファイルを取り出して中を見る。

「えーと車両間の通用幌を外して、配線を外したら切り離しはできますね。まあ10両目だけの単走はできませんが…。一応この電車は動力源の電気を3.8両目のパンタグラフより供給してますから。」

「なら簡単。」

と宮下はニッコリ笑い、大工の元に愛美に支えられながら歩み寄る。

「ねぇ、貴方、業務用ダイヤモンドカッター、持ってないかしら?」





「何をする気だ?」

大工にダイヤモンドカッターを借りて10両目に向かう宮下に一眼レフ少年とついて行きながら聞く。

「10両目だけぶった切って切り離せば私たちは助かるじゃない?」

「いえ、待ってください。」

「何よ?」

「今、この車両は田んぼの中を走っていますが…。」

少年は窓から外を見ながら言う。

「あと5分足らずで住宅街に入る…。そんなとこで切り離せば、10両目の速度は80km/hを下回り…。」

「っ…!」

さすがに一般市民を巻き込む訳にはいかないと悟ったのか、宮下は歩を緩める。

「じゃあどこで…。」

少年が静かに言う。

「…住宅街はこの速度なら10分程度で抜け出します。抜け出した直後…僅か300m足らずですが、長良川と言う川を渡るため、橋を通過します。爆発させるならそこです…。」

「…切り離しても勢いで普通はしばらく自走する…。橋の上にきっちり止められる保証はない、か…。」

宮下がフッと笑った時、彼女が何を考えたか俺には分かった。

「少年。私頑張るから…10両目のお客さん連れて前の車両で待っていてくれるかしら?あと約束。始末完了するまで後ろは振り返らない事。」






「お前まさかとは思うが…。」

「えぇ、切り離しが完了した瞬間、10両目を蹴り飛ばして川に落とす。」

「いやお前怪我負ってるのに無茶するなよ。」

すると宮下は俺にダイヤモンドカッターを押し付けて笑った。

「これくらいどうって事ないわよ。もう出血も止まっているんだし、ね?」





10両目最後尾、車掌室に入る。無線機の電源を入れて宮下がマイクを取った。

「こちら○○-231号車車掌室、応答願います。」

雑音が2秒ほど続き、スピーカー向こうから声が聞こえた。

『こちら中央司令室、中央司令室、運転手名前をどうぞ。』

「運転手は銃撃のショックにより意識不明、変わって乗客宮下がマイクを取っています。」

向こうが少しざわめいているのが聞こえた。

「中央司令室へ状況確認。ジャック事件が起こっていることは知っているのでしょうか?」

『知っております。各県警と連携をとり、パトカーと、停止器具を搭載した車両がそちらに向かっています。』

はぁ、と溜息をつき、宮下が簡潔に状況を説明する。爆弾の件までは伝わっていなかったようで息をのむような声が聞こえる。

『なるほど…一応沿線車両は貨物、客車全て待機線に入っていますので障害物はありませんが…。』

向こうが頭を抱えているのが目に見える。結局俺らでやるしかなさそうだ。





『今、車両に変化がありました!9号車と10号車を繋ぐ幌が切り離されているようです!…幌の下、通路に誰か…少女です、1人の少女がダイヤモンドカッターを担いで立っています!』

テレビ中継の現場担当が興奮気味に実況をしている。いつしか本社事務所にいる僕含め全社員がテレビに見入っていた。

「ありゃあ何する気だ?」

「おそらく爆弾が設置されている車両を切り離すんじゃないですか?」

「んな無茶な…。ところで山岡。お前さっき何か社長に進言していなかったか?」

隣の先輩が聞いてくる。

僕は…友人、霧崎を助けるため、ある事を社長にお願いしていた。

「正直…認められるか分からないな…。」

「誰が認めないと言ったんだね?」

「っ?!」

気がつけば背後に社長が立っていた。

「え、越前社長!」

隣の先輩に合わせ会釈をする。

社長はうむ、と言って僕に言った。

「君の先程の提案…良いじゃないか…。例の電車の会社に問い合わせを入れたが、対応しようにも色々間に合わないと苦言していた、今回は…我が会社…成修交通の出番…彼らと手を組もう。」

「てことは…。」

社長はゆっくり頷く。

「全社員に告ぐ!これより緊急司令、ジャック路線強制停止作戦を開始する。付近各車庫、営業所及び予備バスに連絡。乗客を乗せていない待機車両から現場、成修駅へ直行せよ!」

そして社長は僕を見る。

「君は友人と連絡を取り、この事を伝えてくれたまえ。あとはバスが線路に侵入できる踏切を探してくれるかな?」






不意にポケットで携帯がバイブする。画面を見ると山岡から電話が来ている。

「どうした?山岡」

電話の向こうがかなり騒がしいのが電話越しでもよく分かる。

『うちの会社が動き出した。バスで電車を強制停止させる作戦だ。停止したら即窓かドアから逃げ出せば爆弾はどうにかならないか?』

「無理だな…。爆発に巻き込まれる。」

『タイマーとかそう言うの大体ついてないか…?』

「無いってさ。」

『まじか…。』

「まあ安心しな。爆弾は絶対切り離すからな。」

『了解。…絶対死ぬなよ。』

「わかってらぁ。」



電話を切る。宮下は呼吸を整えている。

「上手くいくか…緊張しているな?」

「ミスしたら橋ごと吹き飛ぶ…。助かっても線路はめちゃくちゃ…。」

下を向く宮下の頭をそっと撫でる。

「きゃう…。」

「気にするな。もし何かあったら俺が責任はとる。…お前はやれる限り全力を出せ。」





『1度少女は中へ入りました、電車はまもなく長良川に掛かる橋に入ります!…少女がまた出てきました!横には少年が居ます…!少年が…ダイヤモンドカッターを持ってきました!』

「おい山岡、お前は…現場行くか?」

先輩が出かける支度しながら聞いてくる。彼もこの作戦の現場係になったらしい。他の課もあちこち電話かけたりで忙しそうだ。

「…もちろん行きます。」

霧崎が死ぬにしろ生きるにしろ、僕には彼の様を見届ける使命がある。





「よぉし。行くぞ!」

宮下が頷く。すでに車体下部の連結機は切り離されていた。幌と配線だけで10両目が繋がれている状態だ。俺は幌が畳まれている格納機の脇の配線にダイヤモンドカッターを当てて電源を入れた。カッターの刃先から鋭い音がする。次の瞬間手応えが軽くなる。よく見るとパイプの上部分が切れて中の配線が露わになっていた。

「宮下、あとは一息で切り離せる。合図をくれ。」

「分かったわ…。もうちょいで橋の先っぽに…いーち、にーの…。さんっ!」

宮下が叫んだ瞬間ダイヤモンドカッターを持つ手に力を入れる。そして10両目が単車となった刹那宮下が俺を車両に引っ張り入れた。

引き換えに彼女が前に出る。

「特殊能力発動…。筋力強化…!」

彼女の足元がベコンッとへこむ。そのまま宮下は踏み込んで10両目の角を蹴り飛ばした。10両目は傾き、そのまま長良川に落ちて行く。車体から身を乗り出し宮下の手をつかみ、引き込む。

橋を渡り終え雑木林に車両が入る。その雑木林の高さを超えるように川から水しぶきが上がっていた。






『今、長良川に落ちた車両が爆発したと思われます!爆弾が積まれた車両と言うことでしょうか…!』

『しかし、停車しませんね。おそらく先程の銃声からしてブレーキシステムが破損しているという事かもしれませんね。』

『さて、今後この車両がどのような動きを見せるか…。警察がどのような対応を取るか。今後も随時お知らせして行きます!』

「見どころさんにはきっちりがっつくマスコミだな。」

車載テレビを見ながら先輩が呟く。僕らは成修駅付近の踏切の封鎖をしていた。現場管理を任されたと思われる社員が声を張り上げている。

「これより先にあります踏切は警察からの避難指示により封鎖されます!通過できません!」

もちろん思いっきり嘘だ。そして封鎖してる踏切に路線バスが侵入して行く。

「これで15台目だな。」





「宮下大丈夫か?」

着地した宮下は足を抱えるようにうずくまっている。

「ちょっと…無茶しすぎたかしら、ね…はは。」

苦笑いする宮下を座席に寝かせる。

「さて、ひと段落…。」

「付いてませんよ。」

「一眼レフ少年。…そりゃ一体…。」

少年はやれやれと言いながら近づいてくる。

「先程言ったはずですが、爆弾は取り除いたものの、当車両はまだ停止していない。ましてや10両目を外されたこの車両は今…多分加速している。」

状況に気づき息を飲む。

「…この状況で成修駅手前の60km/h制限カーブに入ったら…!」







晴れ渡る草原に立つ万事屋霧崎店。今日は私、ティアラは霧崎拓斗さん、霧崎優希さんと留守番をしている。時刻は午後4時25分。活動再開4時30分の5分前きっかりに昼間休憩より起床した。店の電子システムは霧崎拓斗さんに管理を任せていたので、交代をしなければならない。リビングのソファから身体を起こす。身体に異常が無いことを確認。テーブルに置いてあるシステム管理用小型無線イヤホンを手に取り耳にはめるため髪をかきあげる。マスターが私のために作ったイヤホン。大きさは成人女性の人差し指の爪くらいしか無いが、これ一つでマイク、通話システム確認、そして電子システムへの出入りなど、様々なことが出来てしまう。

耳にはめた瞬間、雑音の後、マスターの声が入って来た。

『ティアラ、聞こえるか!』

「ただ今昼間休憩より起床しました。」

『今まずい状況にあるんだ。手を貸してくれないか?』

「私に手伝える事であれば。」

『よし、現在俺が乗っている車両の速度を調べてくれ。それと損壊状況だ。』

「かしこまりました。」

リビングから倉庫に向かい、地下一階の電子統制室に向かう。マスターが私のために作ったコンピュータ室であり、ここから店の所有する全車、艦艇、機体を操ったりできる万能部屋だ。部屋のデスクに置かれている認証パネルに手をかざす。するとパネルが青色に発光し、私は電子コンピュータの中に吸い込まれていった。





イヤホンに手を当ててティアラの返事を待つ。

『検索、調査完了しました。マスターの搭乗車両は231-58号車、H14年産まれ、成修線、成修行き。破損箇所は10両目全損、及び1両目操縦機器全損、ブレーキコントロール機器制御不可。現在の走行速度は90km/h、以上です。』

「90km/h…。」

後ろで一眼レフ少年が青ざめる。

「…ティアラ。成修駅手前に急カーブがあるよな?」

『はい。このまま行くと脱線はもちろん、死亡事故は免れないかと…。』

「電車を止める方法…または脱線を免れる方法を全力で探してくれないか?」

『かしこまりました。』

「なぁ、霧崎さんよ、そんな方法なんてあるのかよ?」

「分からない…だがティアラなら信用できる。」

『模索完了しました。対策準備に当たります。念の為乗客の皆様は頭を下げてしゃがんでいて下さい。』

「残り5分あるかないかでカーブに差し掛かるぞ。間に合うのか?」

『私を信用してください。きっと間に合います。』

僕らが乗客に伝えに行った時にはカーブまで3分足らずまで来ていた。






「恵那川さん、だっけ。美味いですねここの落花生モナカは。」

「いや、中橋さんくらいの走り屋ならここはとっくに来ているかと思ったんですがね。」

僕、中橋と恵那川さんは2人で成修ご当地名物の落花生モナカを食べている。目の前のフェンスの向こうは全10線くらいだろうか、線路が広がっている。

「ここを霧崎らが乗ってる電車が通るんですか?」

「うむ。時間からしてあと10分くらい…あれ?」

カーブ向こうにグリーンラインの電車が見えてくる。しかし近づくに連れ違和感に気づく。

「恵那川さんっ、あの電車…!フロントガラス割れてる!」

恵那川も違和感に気づいていた。

「あぁ、しかもあの車両速度が速すぎる、これじゃカーブを曲がりきれないぞ!」

「脱線するってことすか?!に、逃げなきゃ!」

そんな僕らをよそに電車はグングン近づいてくる。





「もうダメだぁっ…。」

後ろで一眼レフ少年がしゃがみこむ。

「ティアラ、大丈夫なんだろうな!」

「成功確率、最終計測完了。85%です。参ります。」

「100%じゃないのかよ!」

「話していると舌噛みますよ。」



カーブにさし掛かろうというその時、分岐の上で運転席側が突如大きく揺れ、カーブの外側を向き始める。1両目後方はそのまま直進。気づけば1両目は線路2本を跨いで走っていた。

「な、こ、これは…。」

「カーブを曲がる際に車両に掛かる遠心力の負荷を更に外側の線路に移動させ、横転を回避するという方法です。巷では逆ドリフトと言われています。」

「ぼ、僕アニメでしか見た事ないよこんなん…。」

カーブを曲がりきり、直進に戻ると同時に分岐で車両の体勢を戻す。

「こ、怖かった…。」

するとティアラが話す。

「ところで…前方約700m先…成修駅を超えた先の踏切に路線バス20台ほどが停車しているのですが大丈夫でしょうか?」





「よぉし、来たぞ!距離600m、今だ、全車発進、速度は70km/hを維持!」

「先輩、なかなか様になってますよ。」

隣でバス用無線に指示を出す先輩を横目に呟く。先輩はだろ?とニヤニヤ笑いながら指示を続けた。目の前の踏切を轟音を立てながら電車が通過して行った。

「電車の前にバスが15台、更に後方から5台、挟み込んで止める作戦か。」

電車が過ぎ去った直後、踏切にバスが5台侵入して、電車の後を追う。バスにはフックが付けてあった。電車の後方に引っ掛け、後方からも引っ張る作戦だ。

『こちら14号車視認係、電車最前部まで距離約50cm!』

先輩がこっちを見やる。僕は頷いた。

「各車、エンジンブレーキ展開。全車、車間距離を密に保て!」





「前後にバスがっ、速度が落ちているぞ!」

「ティアラ、今の速度は?」

『速度83km/hから31km/hまで急速に減速中です。計算ですと、あと30秒前後で止まります。』

「よし、窓開けろっ、停車したらすぐに降車、車両から離れるんだ!」

そうこうしているうちに電車はバスによって止められた。すぐに乗客らが出ていく。

「わ、私らは…。」

「宮下も出ろ。愛美、頼んだ。」

愛美はこくりと頷き宮下を担いで降りていく。入れ替えるように1両目に乗り込んできたのは…。

「霧崎、大丈夫か。」

山岡だった。

「大丈夫だ、と言いたいとこだがまだ問題がある。そうだろ?」

「あぁ、物理的にこいつを止めたは良いがまだ電車のモーターは回っている。電気を止めなきゃ。」

「となるとパンタグラフを殺らなきゃダメか。配線切っちまえば良いか?」

首を横に振る山岡。

「ダメというか無理だな。パンタグラフ周辺は高電圧だから生身じゃ近づけないし、まず無知な奴が配線切っても意味が無いし時間が過ぎるだけだ。」

「じゃあどうすりゃ…。」

「安心しろ、すぐに…お、来た来た。」

山岡が外を見る。窓に駆け寄って外を見るとバス会社の社員らしき人達がワイヤーを片手に走ってきていた。

「うちの社員だ。持ってるのは強力耐電圧ワイヤー。」

ワイヤーの先のフックをカウボーイみたいに振り回して投げる。フックは1発でパンタグラフに引っかかった。すると彼らはワイヤーを下に引っ張り始めた。

「なるほど、ね。」

この数分後、パンタグラフは彼らの力により降ろされ、電車は止まった。







「中国のマフィア集団、ね…。」

あれから3日。俺と宮下は店でテレビを見ていた。やはりテレビでは放映されていた。そして警察の捜査により宮下の母親含むテロリスト10名は中国からのマフィア集団だということが分かった。

「ちなみに私たちの行方に関しては電車停車後に行方知れず、となってるみたいね。」

あの後結局、警察が集まったため、俺、宮下はトンズラした。そして愛美は…。


「ふぅ、お陰でスッキリしましたよ宮下さん!」


なんと、駆けつけたマネージャーに対し、辞職届を出し、アイドルを辞めたのだ。

「バスの修理費もろもろは鉄道会社が出してくれるらしいし、今回の武勇伝のおかげで評判は上がるしで社内はwinwinなってるんだよなぁ。」

と山岡。

「まあ、その、なんだ…。」と呟く。


「なんだかんだ大変だったが、ありがとうな。」


~PAGE6 fin~

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