PAGE5 揺らがない心

「ほんっと信じらんない!あれだけ好きって言ってくれたのに!」

「…。」

「私もちょっと今言葉に表せない怒りがこみあげてきています。…実際どっちが本命なんですか?」

「だからどっちもだって…。」

「普通どっちかなんだって!」

…目の前にいるのは1人の喚くギャルと大人しそうなOL。そして2人がキれながら話している相手は…そう、僕、小見原柊真(おみばらしゅうま)だ。19歳だが、高卒でサラリーマンをやっている。そして目の前にいるのは後輩JKギャルの河南美優(かわなみみゆう)と会社の同僚の君塚聡(きみづかさと)だ。流れを簡単に言うと、2人を好きになってしまった僕はお互いにバレないように2人と付き合っていたという事だ。というのも他人から言ったらこれは浮気に当たるらしい。だが言わせてもらおう。僕は2人とも本命でどちらかが遊びとかでは断じてない。

ちなみに今回は会社帰りに聡と手を繋いで仲良く帰っていた所をアポなしで迎えに来た美優と鉢合わせてしまったという感じで今に至る。つまり、修羅場だ。さてどうすれば良いのだろうか。

「あの、皆さん少しよろしいでしょうか?」

ふと背後から男性の声が聞こえた。




「…なるほど。」

目の前の3人を改めて見る。

俺、霧崎はたまたま今日この世界、worldnumber118に食料と野菜の種の買い出しに来ていた。店の周りが平原なので野菜を作れないかという拓斗の提案があったからだ。たしかに自作農園は食費が浮くかもしれない。そう考えてこの世界線に来たらいきなり目の前で修羅場が繰り広げられていたのだ。

「うーん…。小見原さん、浮気は良くないですよ。しかも言い訳なんて…。」

「ですから浮気ではないんですって。」

「浮気とおなじようなもんじゃん!」

「河南さんはちょっと黙っていてください。」

少し考え込む。そして思い付いた。

「小見原さん、ちょっと来てもらってよろしいですか?お2人は今日は帰っていただいて大丈夫です。」





時空間操作。それは時間や空間をねじ曲げたり伸ばしたりできるという事だ。そう、つまり時間もいじることができるのだ。

僕と小見原は小見原が元いた世界から5年後のworld118に来た。

「たしかこのあたり…。あった。」

探し求めて着いたのは都心にありながら閑散としている住宅街、そんな中にある1つの病院…いや、診療所だった。

「江原メンタルクリニック…?」

「一応外科や内科もやってるらしいぜ。」

そんな事を言いながら中に入り、受付に行く。

「江原千歳(えはらちとせ)医院長はいらっしゃいますか?」

「あら、霧崎さん、お久しぶりです。」

受付の看護師はにっこり笑い奥に消えた。

「知り合い?」

「まあ、常連っちゃ常連だから、な。」

しばらくすると、奥から白衣を着た男性が歩いてきた。身長は180cmくらいだろうか。天パ気味、若干痩せ型のまさしく『美男子』という言葉が似合う、そんな雰囲気だ。

「やれやれ…霧崎。また君かい…。頼むから診療時間外に来てくれないかな…?」

江原がため息混じりに言う。

「いやここ深夜1時までやってんじゃん。時間外なんて無理やろ。」

「それ言われると弱いなぁ。…で、今回はこちらの男性?」

「あぁ。」

小見原がペコっと頭を下げる。すると江原は腕時計を見た。

「…分かった。20分くらいなら診れる。」




脳のレントゲンから始まり、メンタルヘルス、パズル…小見原は文句も言わず全てこなした。

「…並列混恋症(へいれつせいこんれんしょう)、ですね。」

聞いた事ない言葉に小見原は首を傾げる。

「なんだ、それ?」

「あぁ、あくまで僕のこの診療所でそう呼んでいるだけで、正式な名前は分からないしあるかも知りません。ただ同様の患者が貴方以外にまだ5人くらいいるんですよねぇ。」

「…ちなみにこの症状ってなんや?」

「例えば愛の全てを100%としましょう。よく勘違いされる浮気は2人に50%、50%…まあ酷い場合は90%、10%で愛を分けているわけです。」

「ふむふむ?」

「しかし彼らの場合、両方に100%、100%で愛を注いでいるんですよねぇ。」

「何それカンストしてるじゃん。」

「そう、そこなんです。」

江原が鋭く言う。

「小見原さんや他の患者さんは2人、両方を全力で愛してしまうんです。」

「うーん…。平安時代の貴族もこんな感じの発展型で一夫多妻制じゃなかったか?」

「まさか。」

江原が苦笑する。

「彼らも、あくまで書物読み漁った推測ですが、半ば浮気してるような軽さでしたよ。むしろ妻が多数いなければ示しつかないと1部貴族が焦ったと示された書物もあるくらいですから。」

「うわぁ…。ドロドロしてるなぁ…。俺そんなのと同類にされたくないんだけど。」

小見原が苦い顔をする。

「ただ貴方の症状も全く有名でもないですから…。私の知り合いの医師に聞いても数えられるくらいしか同様の患者はいません。」

「じゃあ一体僕はどうしたら…。」

「うーん…。」

「今まで来た患者様も結局解決方法見つからずで終わってしまっているんですよねぇ。」

そりゃそうだ。2人の相手を共に愛するなんて聞いた事ない。





「記憶を消すって手があるじゃん。」

とりあえず小見原を万事屋に案内をして宮下にどうするか聞いたら軽く言い放った。

「他人の記憶を消すのは私は賛同しかねます。」

ティアラが即答しながら現れると小見原は驚いている。まあ当たり前だが。

「あ、あの…無理なら私がどうにか頑張って治しますから…。」

「いや、聞いてしまった以上は放ってはおけない。」

「だからさっさと記憶消しちゃって人生1からやり直しちゃえば良いじゃん!」

「…あ。」

「どうした、ティアラ?」

ティアラがゆっくりと言った。

「たしかに私は、全記憶消して人生やり直すのは反対です。しかし…。」

「しかし…?」

「恋愛経験の情報記憶のみ消し、その記憶だけやり直すのはどうですか?」




「ほ、ホントに大丈夫なの?!」

「小見原さん…。」

目の前には河波、君塚、小見原が記憶を消す前の最期の別れという事で話をしている。

「つか霧崎だっけ?この記憶を消す装置ってのは安全なのよね?!もう今の柊真に会えないとしても怪我負わせるのはごめんだからね!」

「大丈夫ですよ。」

「不安かもですけど頑張ってください…。」

「あぁ…頑張って来るよ。」

小見原がニッコリ笑う。

「では、こちらへ。」

案内したのは公衆電話ボックスのような形をした装置。

「中に入ったら溶液を霧状で噴射します。一応睡眠薬も混ぜているんで気づいたら記憶は無くなっているでしょう。」

最後にほかに言いたいことは?と聞くと小見原は首を横に振り、自分から装置に入っていった。

「じゃあティアラお願い。」

「記憶細部抹消装置Mk.1、起動。」





「本当にあれで良かったの?」

宮下が聞いてくる。

「さぁな…。」

ゆっくり答える。

「だが、人間の記憶という領域は決して侵してはならない場所だ…。多分これ以上関与してはダメだろう。」



~PAGE5 fin~

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