そして、運命の100階層へ
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──そして、運命の100階層へ
影森薫国防審議官が事故死した。
その知らせとともに日本陸軍は工兵と野戦憲兵のみを残して撤退した。
再び、主導権は日本情報軍が握る。
「いよいよですね、ボス」
「ああ。いよいよだ。“グリムリーパー作戦”とやらももう少しで終わりだ」
“グリムリーパー作戦”。
国防官僚が必死に日本情報軍による独占を防ごうとした作戦。それが行われようとしている。日本情報軍の手によって。
「的矢大尉。いよいよだ。大丈夫かね?」
「もちろんです。作戦背を成功に導いてごらんに入れましょう」
「……ああ。期待している」
そう言いながらも羽地大佐すらこの作戦を疑っている様子だった。
それもある意味では当然だろうと的矢は思う。
「諸君。行くぞ。いよいよ100階層だ。事前情報によれば、ダンジョンは城塞型。またグレーターワイバーンやアーマードリザードマンの存在する可能性がある。まずは威力偵察で敵の情報を集める」
「了解」
威力偵察なので武器は7.62ミリ弾を装備。
そして、的矢たちはダンジョンに降りていく。
「……なんだ、これは?」
そこには狂ったダンジョンの光景はなく、牧歌的とも、童話的ともいえる穏やかな城の光景が広がっていた。
太陽の光で照らされているようにぽかぽかしており、ダンジョン内は明るい。化け物も全く見当たらない。
『振動探知センサー、音響探知センサー。両方とも反応なし。どうする、アルファ・リーダー?』
『グレーターワイバーンが出そうな雰囲気ではないな。弾薬をたっぷり持ってから出直しだ。50口径は必要ないだろう』
『了解』
的矢たちは一通り91階層を調べて回ったが、化け物は見当たらなかった。
『クリア』
『クリア』
的矢と信濃がそう宣言すると、的矢たちは一度90階層に戻り、弾薬を補充してから、再び91階層に潜った。だが、相変わらず化け物はおらず、牧歌的な、童話から飛び出してきたような光景が広がっている。
ダンジョン内は清潔で、死体のオブジェもなく、化け物もいない。
ただただひたすらな平和。
92階層、93階層、94階層とどんどん下に降りて行ってもそれが変わることはなかった。それが逆に不気味であった。
95階層、96階層、97階層。いずれも敵とは遭遇せず。ダンジョンカルトも、化け物もいない。静かな空気だけが流れ、ブラボー・セルが困惑した様子で通信機材を設置していく。ここまで来ると本当に不気味であった。
98階層、99階層。ともに化け物なし。ダンジョンカルトなし。死体のオブジェなし。
どこまでも童話のような光景が広がっていいるのに的矢は若干の頭痛を感じながら、ブラボー・セルが通信機材を設置するのを待つ。
《どういうことだろうね? ここは彼女の私室なのかな?》
10階層のプライベートルームとは贅沢だな。王様かなにかか。
《正真正銘の女王様だ。ダンジョンたちの女王。それが100階層で君たちを待っている》
それは気合を入れていかないとな。
《案外拍子抜けかもよ》
的矢が返すのに、ラルヴァンダードがそう言う。
『ボ、ボス?』
『どうした、アルファ・フォー?』
『い、今そこに何かいましたよね?』
『ああ。いたぞ。俺に憑りついてるものだ』
地獄が近いせいかラルヴァンダードの姿もはっきりと見えかかっているようだ。
『す、凄く禍々しかったんですけど、ボスは平気なんですか……?』
『俺にはただの小娘にしか見えん』
『そ、そうですか』
地獄はそこにある。ここは冷たい。ここは寒い。サイレンの音がする。
ふと、そのような文脈が頭に浮かぶ。
確かに地獄に近いここは暖かい。上は冷たかっただろう。寒かっただろう。
だが、それももう終わりだ。
『いよいよ100階層だ。行くぞ』
『了解』
運命の100階層。
ここにあるのは希望か、それとも絶望か。
『歌声が聞こえる』
『ああ。音響探知センサーが反応している。ようやく化け物か?』
的矢が言うのに、信濃がそう返す。
『とりあえず、音のする方向に』
小鳥のような声で歌う歌が流れ続けている。この牧歌的な光景に相応しい、穏やかな歌だ。リズムが狂っているわけでも、テンポが狂っているわけでも、そういうものでもない。歌詞こそ意味不明な言語ではあるが、ちゃんとした曲になっている。
音に誘導されて的矢たちは城塞型ダンジョンの外に出た。
外には見たこともない種類の草花が生い茂っていた。それらは庭とてちゃんと整備され、ダンジョンとは思えない光景を構築していた。
『なんだこれは』
『これがダンジョンの最下層? そんな馬鹿な』
信濃とネイトがともに呟く。
『音源はこっちだ。進め、アルファ・スリー』
『了解』
的矢たちは信濃を先頭に前進していく。
『目標を確認……。いや、あれが目標なのか?』
『目標だ。ここには他に生き物はいない』
ダンジョンマスター。それがどれほど恐ろしい化け物かは噂になっていた。山のように巨大で、撃破するのは不可能ではないかとすら予想されていた。醜い顔をした巨人。それがダンジョンという悪趣味なものの生みの親。
そう思っていた。誰もがそう思っていた。
だが、いたのは少女だった。
年齢はラルヴァンダードと同じ程度。13、14歳。白いワンピース姿で歌っている。
『アルファ・リーダー。予定通り?』
『予定通りだ。イレギュラーはない。このまま“グリムリーパー作戦”を遂行する』
そこで動きがあった。
『そこまでだ、アルファ・リーダー』
『何のつもりだ、アルファ・ファイブ』
ネイトが的矢に銃口を向けていた。
『ダンジョンマスターの捕獲は、日本政府による独占は阻止させてもらう。国家安全保障上の問題だ』
『知っていたのか』
『ああ。すまないな。だが、これが俺たちに与えられた任務だ』
そう、“グリムリーパー作戦”の目的は、ダンジョンマスターを捕獲すること。
それによってダンジョンを生成し続けることにある。人工的に管理されたダンジョンを生み出すのである。
全ての原因は魔石にあった。
「我々は来るべき宇宙時代において、この魔石を必要としている」
富士先端技術研究所のなんとか博士が言っていたことを的矢は思い出す。
「今のところ、我々には宇宙空間で核融合炉を作り出す技術はない。いくら太陽光などを利用しても、惑星間移住を行うことはできない」
そこでだ、となんとか博士は言う。
「魔石だ。これはエネルギーを封じ込める。完璧に、だ。熱力学の法則に反しているが、魔石の中ではエネルギーのエントロピーは拡散しない。我々は次世代の宇宙船にこの魔石をエネルギー源として利用することを提案する」
地球は行き詰っている。資源の枯渇は深刻な危機だったし、今も現在進行形で世界の自然が破壊され、生態系のバランスが崩れつつある。
これを防ぐためには人類は宇宙に進出しなければならないのだとなんとか博士は語った。そして、そのためには忌々しい化け物から生み出される魔石が必要なのだと、彼は言った。ダンジョンの必要性を彼は説いた。
日本情報軍のお偉方が承認し、“グリムリーパー作戦”は決定された。
ダンジョンを生み出すダンジョンマスターを捕獲して、ダンジョンを作り続けるということを決定したのだ。
そして、今に至る。
ネイトは的矢に銃口を向け、ダンジョンマスターは愉快そうに歌っている。
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