上のトラブル
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──上のトラブル
「どういうことだ。説明したいただきたい、影森審議官」
羽地大佐は国防官僚を前に苛立っていた。
「述べた通りだ。日本国防軍統合参謀本部の意向により、作戦は陸軍第303特殊環境作戦群に引き継がれた。それ以上の説明が必要かね?」
「どうして今になって陸軍が出てくるのかということです。ここまでの道を切り開いたのは情報軍だ。情報軍の兵士が必死に道を切り開いた。それを掠め取るような真似をする必要があるとでも?」
「勘違いしてもらっては困る。陸軍には最初からこの熊本ダンジョンを攻略する能力を有していた。それを政治家を使って、陸軍に圧力をかけ、健全な作戦の遂行を妨げていたのが、情報軍だ。最初からここは陸軍のダンジョンで、陸軍が得るべき戦果を得る」
影森薫国防審議官は羽地大佐にそう言った。
「政治家を使って統合参謀本部に圧力をかけたのはあなたでしょう、影森審議官。それほど情報軍が信用なりませんか?」
「ならないね。全く信用に値しない。情報軍ほど信頼に値しない組織も稀に見る。彼らは詐欺師で、国民を虐げてる圧政者だ。君たちがいつまで黙っているか知らないが、極東電子防衛企画で通信の秘密を守っていないことは知っているし、違法な作戦行動で情報軍のための日本国を作ろうとしているのも知っている」
「馬鹿げている。とんだ被害妄想だ。影森審議官、これは我々の任務だ。陸軍に撤退を命じてください。我々が任務を遂行する」
「統合参謀本部の命令を無視してか? それはできないだろう、大佐」
影森はそう言って、タブレット端末に表示された命令書を叩く。
「“グリムリーパー作戦”は既に我々の管轄だ。我々が遂行する。情報軍にこの日本の、この世界の希望を握らせはしない。我々が公平に監督する。我々が“グリムリーパー作戦”について何も知らないとでも思っていたか?」
「情報軍の作戦だ」
「いいや。日本国防四軍の作戦だ。作戦には陸軍も、海軍も、空軍も当初から参加していた。10階層までの穴を開けたのは陸海空軍だ。ダンジョンは確かに情報軍がここまで切り開いたのかもしれないが。だが、これからは我々が実行する。陸軍が実行する」
「我々のような優秀な“迷宮潰し”チームを外したことを後悔することになるぞ」
「情報軍だけダンジョンでの経験を積んでいたと思っていたのか? 陸軍も情報軍に劣らず、様々なダンジョンを攻略してきた。我々にもできないことではない。純粋な戦闘部隊の規模ならば陸軍の方が巨大であることは君も認めるところだろう」
「経験は我々の方が間違いなく上だ。陸軍の方が規模が大きい? それは結構。じゃあ、ダンジョンに1個師団でも投入しますか? できますか? できないでしょう。それが無駄だと言うことは経験を積んでいれば分かるはずだ」
「……だが、統合参謀本部の決定だ」
「では、そちらのご自慢の部隊がやられれば、我々が代わりを務めることを約束していただきたい。不当な圧力をこれ以上、統合参謀本部にかけるのをやめてもらいたい」
「不当な圧力などかけていない」
「では、いきなり統合参謀本部が変心したとでも? 馬鹿馬鹿しい。情報軍は別に“グリムリーパー作戦”で得られる利益を独占しようなどと考えてはいない。ただ単にこの選択肢がベストだからそうしただけだ」
影森と羽地が睨み合う。
「とにかく、決まったことだ。異論は受け付けない」
影森はそう言ってダンジョン内の指揮所から去った。
「ここに来て政治とは。我々は純粋な軍事の観点からことを進めてきたというのが分からないのだろうか。国防官僚も無能揃いだ」
そこで羽地大佐は暗号通信で日本情報軍参謀本部に繋ぐ。
「仙台大将閣下。統合参謀本部に圧力が掛けられています。我々が“グリムリーパー作戦”から外されました」
『承知している。既にこちらで対応中だ。今は難しいが、いずれにせよ“グリムリーパー作戦”は我々の手で行われるだろう。それについては安心してもらっていい。日本国の国益がかかった重要な作戦だ。素人などに任せられない』
「頼みます」
『ああ。任せておきたまえ』
そこで通信は切れた。
「本当に頼みますよ、仙台大将閣下。こちらは不味い状態なんですから。“グリムリーパー作戦”には将来の人類の命運がかかってる。それをくだらない政治闘争でパーにすることだけはどうあっても避けてもらわなければ」
羽地大佐はそう言いながら、日本陸軍が日本情報軍が設置した通信機材を使えないようにしようかと思ったが、そうなると日本陸軍の工兵も通信を使用できなくなる。それは困る。これから先、90階層にも拠点を設置しなければいけないのだ。
羽地大佐は呻きながら、指揮所内をうろうろしたが、結局は仙台大将に任せることにした。日本情報軍参謀総長である彼に何とかできなければ、羽地大佐にも何かできるわけではない。
今はただただ待つのみ。
その頃地上でも動きがあった。
日本陸軍の野戦憲兵が誘導する中、巨大な檻が準備され始めていた。
「影森だ。第303特殊環境作戦群は行動に入った。例のダンジョンマスターがどのようなものかはまだ分かっていない。その点は情報軍も同じだ。そうだ。我々にはこれからも“ダンジョンが必要”だ。情報軍に任せていていい作戦ではない」
影森は言う。
「分かっている。現場指揮官からは苦情を受けた。だが、現場指揮官程度に、大佐態度に統合参謀本部の決定は覆せないよ。我々の部隊がミスを犯さない限り、連中の出番はもうない。世界最高の“迷宮潰し”部隊とは言えど、代わりが利かないわけではないことを連中に教えてやるとしよう」
影森のスマートフォンから何事かが聞こえる。
「そうだ。アメリカ情報軍も作戦から除外できるチャンスだ。在日米軍に動きがあることは把握している。演習目的でうろうろしている。海兵隊と海軍がメインだ。SEALsも動員されたと聞いている。向こうの狙いも阻止しなければ、これは人類全体の取っての利益となるべきであり、情報軍やアメリカに独占されるわけにはいかないのだ」
影森が頷く。
「よろしく頼む。富士先端技術研究所の岩野博士にもそろそろだと伝えておいてくれ。我々がこの世界から脱出するために必要なものがそろそろ揃うと。この先行きの見えない閉塞した世界から脱出するチャンスは近いと言うことを」
そこで影森はスマートフォンを切った。
「情報軍の動きは封じた。これで作戦の主導権も作戦目標も日本国防四軍、いや日本政府が受け取ることになる。情報軍による独占だけは防がなければならない。連中は今日という日のためにあの“迷宮潰し”部隊を育てていた節すらある」
影森はひとり呟く。
「統合参謀本部には方々から圧力をかけてもらっている。そう簡単に決定は覆らないだろう。だが、相手は情報軍だ。どうなるかはまだ分からない。統合参謀本部にはくれぐれも決定を翻さないよう、圧力をかけ続けなければ」
影森はそう言ってタブレット端末を開く。
そこに写されていたのは魔石だった。魔石の写真が写されている。
「魔石。まさかこれがあれほどの価値のあるものだったとは。まさに人類を導く灯、閉塞したこの世界を切り開く重要な物資。我々はいつまでもこのままではいられない。いずれ破綻が訪れる。そのときのためにも準備をしなければならないのだ」
影森はそう言ってタブレット端末の画像を閉じた。
「“グリムリーパー作戦”。何としても我々が成功させる」
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