擦り切れる寸前
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──擦り切れる寸前
敵は戦闘適応調整の穴を突いたと的矢は考える。
戦闘適応調整さえ受けていれば確かに子供兵だろうと殺せる。人工的に作られた殺意で彼らを殺すことができる。
だが、戦闘適応調整は味方を殺すようには作られていない。そんなことをすれば、戦場での“事故”が多発してしまう。気に入らない上官や役立たずの同僚。そういう人間にまで殺意が向くのは困るのだ。
そして、今攻撃を仕掛けてきているのは友軍の姿をしたレイスたちだ。
「大尉……。見捨てないでください……」
「どうして助けてくれなかったんですか、大尉……」
止めろ。俺の戦友たちの声で喋るな、化け物め。このおぞましい化け物め。
的矢は機械的に射撃を続ける。
レイスは次から次に湧いてきて、的矢たちに呪詛の言葉を投げかける。
撃って、撃って、撃って、撃って。
お神酒によって祝福された退魔の銃弾の効果は絶大だった。
ただ、化け物だというのに殺すと罪悪感と市ヶ谷地下ダンジョンの悪夢が感じられてしまう。市ヶ谷地下ダンジョンのあの閉塞された地獄が、あの無数の人間が無残に虐殺された地獄が、すぐそばに感じられてしまう。
幻覚だ。幻聴だ。そう言い聞かせても精神が摩耗していくのを感じる。
戦友たちの姿をした、苦しんで死んだ戦友たちの姿をした化け物を殺す。ただ、それだけだというのに的矢の精神は酷く摩耗していた。
信濃ですら疲弊していた。あの信濃ですらこの状況には参っていたのだ。無神経とすら思われる彼女ですら、戦友たちの姿をしたレイスを殺すことを躊躇っていた。
「何故、あなただけが助かった……」
「俺たちも生き残りたかった……」
黙れ。黙れ。黙れ。
的矢がとにかく撃ち続ける。
それが正気を保つための唯一の手段だ。戦友たちの姿をしたレイスを殺し、その姿と声を消す。それしか方法はない。それがもっとも適切な方法。いったいこれ以外にどうしろというのだ?
畜生。畜生。畜生。
《落ち着いて。君たちはダンジョンの罠に嵌められている。ダンジョンは意図的に君たちの士気を削いで、撤退させようとしている。シジウィック発火現象から心が読まれているんだ。だから、何も考えずに、ただ撃って。辛いだとか、苦痛だとか感じれば、ダンジョンはもっとこの手の攻撃を仕掛けてくるよ》
この状況でなにも思わずに発砲できるとしたら、それはサイコパスだ!
《君は市ヶ谷地下ダンジョンを意識し過ぎている。その想起を利用されている。ここは市ヶ谷地下ダンジョンじゃない。市ヶ谷地下ダンジョンは消滅した。しっかりして。君たちがここを攻略しなくて誰が攻略するんだい?》
別のクソッタレどもを投入すればいい。死刑囚や自殺願望のある人間を集めて投入すればいい。クソッタレな仕事だ。クソッタレに任せればいい。
《君は化け物を殺すのが好きなんだろう。あれは化け物だ。化け物は殺すべきだ。他の誰でもなく君が殺さなければならない。さあ、何も思わず引き金を引いて。苦痛も何も感じずに引きがを引くんだ》
できない。
《やらなきゃ! やらなきゃ、ボクには会えないよ!》
ああ。お前には会いたい。進もう。
的矢は前進を指示する。
的矢たちが前進していく。的矢たちが前進していく。的矢たちが殺していく。
『前方レイス12体。目標マーク』
『確認した。射撃開始』
相手はレイスだ。椎葉がそう言っている。この場で唯一正気の椎葉がそう言っている。ならばそれは正しい。ならばそれに従うべきだ。ならば撃つべきだ。ならば殺すべきだ。ならば進むべきだ。
レイスを殺すようにな気分を保ち、戦友たちの姿をしたレイスに銃弾を叩き込む。
何も感じるな。殺さなければいけないから殺すだけだと思え。苦痛や、恐怖を感じるな。それはダンジョンに利用される。殺し続けろ。ただ無機質に殺し続けろ。ただひたすらに殺し続けろ。余計なことを考えるな。
的矢は引き金を引き続けた。銃弾が次々に発射され、退魔の銃弾がレイスを殺す。
シジウィック発火現象が分解され、一歩一歩勝利に近づく。
そして、本当に何も感じなくなった。
そのとき、レイスがレイスの姿になる。
おぞましい怪物としてのレイスの姿になる。
「ぶち殺しやる。化け物ども」
的矢はレイスを撃つ。椎葉が前進し、目標をマークしてレイスを撃つ。
『進め、アルファ・フォー。進み続けろ』
『了解』
階層の敵を掃討し、81階層、82階層、83階層と攻略を続けていく。
「もう無理だ!」
そこで信濃が悲鳴を上げた。
「もう殺せない! あいつらは、あいつらは死んだじゃないか! あいつらの魂なんじゃないか!? 今もダンジョンに囚われているあいつらの魂なんじゃないかっ!?」
信濃が泣き叫ぶようにそう言う。
「しっかりしろ、信濃。あいつらは化け物だ。俺と椎葉にはそう見えている。そして、陸奥、ネイト、シャーリーにも別々のものに映っている。あいつらはただの化け物だ。泣き叫んでないで敵を殺せ」
「できない……。あたしが撃った時奴らは悲しそうな顔をするんだ。あいつらは幻覚なんかじゃない。そうだろう、大尉?」
「いいや。あれは幻覚だ。聞こえる声も幻聴だ。全て事実ではない。全て偽りだ。騙されるな。奴らを無感情で殺し続けろ。そうすれば正体が見える」
「畜生。分かった」
信濃が再び引き金を引く。
彼女の目に何が映っているかを的矢は知らない。だが、信濃ですらもここまでの絶望に追い込むほどのものが映っているということしか分からない。
今はとにかく敵を殺し、敵を殺し、敵を殺し、無感情に敵を殺し続けることだ。
何も考えるな。無の境地でいろ。そうすれば化け物の正体は分かる。
《邪魔者が来るよ》
不意にラルヴァンダードがそう言った。
邪魔者? と思い周囲を見渡すが何も見えない。
『こちらスコール・リーダー。アルファ・セルか?』
『スコール? どこの部隊だ?』
『陸軍だ。熱光学迷彩を解除してそちらに向かう。発砲に気を付けてくれ』
不意に後方から人が現れ、ネイトたちの銃口がそちらに向けられる。
『撃つな。友軍だ』
『了解』
陸軍の熱光学迷彩を纏った指揮官が的矢たちに向かって来るのに、的矢たちも熱光学迷彩を解除する。
『的矢情報軍大尉。“グリムリーパー作戦”は我々に引き継がれた。君たちは後方に下がってくれ。これからは我々が戦う』
『いきなりそう言われても信用できないな』
『日本国防軍統合参謀本部の命令書がある』
スコール・リーダーと名乗った男が
『“現時点を以てして作戦は陸軍第303特殊環境作戦群に引き継がれる”か。おいしいところだけ持っていくつもりか?』
『君たちは苦戦したいたようだが?』
『あんたらも苦戦することになるぞ』
『我々には備えがある』
日本陸軍第303特殊環境作戦群と名乗った部隊の指揮官はそう言って不敵に笑った。
的矢はこちらの苦労も知らないでと思う。
『じゃあ、俺たちは後ろからついていく』
『間違っても戦闘に参加しないでくれ』
『あんたらが全滅しそうになってもか?』
『そのようなことはあり得ないよ』
そして、作戦は第303特殊環境作戦群に引き継がれた。
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