燃える松明
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──燃える松明
ヒュドラが檻に手を伸ばす。
「む……!?」
そこでヒュドラは気づいた。
檻の中にいるのが死んだダンジョンカルトだけであることに。
「なんだ!? どういうことだ!」
「おいおい。俺はお前と1対1で戦うことを約束したが、その間部下に何もさせないとは約束してないんだぞ。驕ったな、アグリィ・ホテル」
「貴様あっ!」
捕虜たちは陸奥たちの手によって救助され、上層に運ばれていた。
『全員、一斉射撃。奴の回復能力を飽和させろ』
『了解』
ここで沈黙していたアルファ・セルの面々が戦闘に加わる。
無数の銃弾が叩き込まれ、銃弾が、徹甲榴弾がヒュドラの頭を吹き飛ばし、首を吹き飛ばし、打撃を与えていく。ヒュドラの再生能力が飽和していく。
「卑怯だぞ! 卑怯者め! 正々堂々と戦え! 私と──」
「黙れ」
そこで的矢が三発目の梱包爆薬を放り込む。ヒュドラの中央の首が吹き飛び断面図が剥き出しになる。
「サーモバリックグレネード弾」
そして、その傷口にサーモバリックグレネード弾が叩き込まれる。ヒュドラの首が断面が焼き尽くされ、再生しなくなる。
「ああ。ああ。ここは冷たい。ここは寒い。サイレンの音が聞こえる。サイレンの音よ。たけだけしく響くサイレンの音よ。雄々しく響くサイレンの音よ。獰猛に吠えるサイレンの音よ。我々を地獄に導きたまえ」
「黙れ」
的矢たちは一斉にヒュドラに向けて銃弾を浴びせる。
中央の首。これがヒュドラの頭脳だった。ここさえ潰せば。後は脳のないダンジョン四馬鹿と同程度の知性に落ちる。だが、言葉を発することはできたようだ。
また奴らは告げる。ここは冷たい。ここは寒い。サイレンの音が聞こえる。そう告げるのだ。それに何かの意味があるかのように。
的矢は狂気を打ち消すためと言わんばかりに銃弾と爆薬をありったけ叩き込んだ。
そして、ヒュドラの全ての首が潰れ、ヒュドラは地面に倒れた。
そして、灰になっていく。巨大な魔石を残して。
『クリア』
『クリア』
敵が掃討されたことが確認される。
『存外、呆気ない敵だったな』
『じゃあ、次はお前が相手しろよ』
『それはやめておきたいな』
ネイトが言うのに的矢が彼を睨む。
『いずれにせよ80階層はクリアだ。これでいよいよ90階層が見えてきたな』
『ああ。次はもっと楽なダンジョンだとありがたいんだが』
『馬鹿を言うな。軍人は苦労するためにいるんだ』
信濃がぼやくのに的矢がそう言う。
『引き上げるぞ。椎葉、ブラボー・セルに80階層制圧を報告』
『了解』
80階層の制圧は羽地大佐にも伝わり、彼は70階層で的矢たちを出迎えた。
「よくやってくれた、的矢大尉。君たちのおかげでダンジョン攻略がまた一歩進んだ」
「それは結構です。結構なことです。ですが“グリムリーパー作戦”は継続中なのでしょう? どうするのです?」
「やるしかない。上の命令だ。拒むことはできない」
羽地大佐は明らかに乗り気でなさそうにそう言う。
「誰も望まない結末になるでしょうね」
「いいや。誰かが望んだからこういう作戦が立案されたんだ。なるようになるさ」
日本情報軍のお偉方は少なくとも望んだと羽地大佐が言う。
「それよりも部隊のコンディションは?」
「ばっちりですよ。戦闘後戦闘適応調整を受けさせておきましょう。念のため」
いずれ戦闘後戦闘適応調整の負荷によって脳が脳死状態になるとしても。
《君はずっとそれを恐れている。だけど、君が本当に怖いのはそれじゃない。そんなことは恐れているうちには入らない。君はダンジョンで化け物どもを殺したときの手ごたえを失うのを恐れている。そうだろう?》
脳死だって恐ろしいさ。だが、確かに本当に怖いのはダンジョンで化け物を殺す感触を失うことだな。それだけ今は恐ろしい。せっかく得た快楽を、あっさりと薬と言葉によって奪われる。そんなことはあってはならないことだろう?
《まさに。君の快楽を奪う権利は軍の精神科医たちにはない》
ああ。あのヤブ医者どもとまたお喋りとはな。
そう言いつつも的矢は戦闘後戦闘適応調整を受けた。
夢だったような気がしてくる。ダンジョンで無数のアーマードリザードマンやグレーターワイバーンと戦ったことが、ヒュドラの首をへし折ってやったことが。
だが、あれは夢なんかじゃないと自分に言い聞かせる。
あれは本当に起きたことだ。俺は俺の敵を殺した。殺して、殺して、殺した。
それは現実だ。精神科医があいまいにしようとしている事実は全て事実だ。
「的矢大尉。本当にあなたからはストレスが感じられない。逆にこの処置に対するストレスが感じられます。カウンセリングはちゃんと受けておられますか?」
「クソ真面目に受けてるよ、先生」
カウンセリング、カウンセリング、カウンセリング、クソッタレのカウンセリング。
自分が狂人だと思っている人間から言葉を投げかけられてそれを素直に受け取る馬鹿がどこにいるっていうんだ? カウンセリングなんてクソッタレだ。役立たずだ。豚の臓物だ。カウンセラーをミンチにして苛性ソーダで溶かし、海にまいてやりたい。
「暴力的な兆候が大きいようです。これは明らかにPTSDの症状です。気を付けてください。ずっと戦場にいることはできないのです。いつかは日常で暮らすときが来る。その時にちゃんと適応できるようにしておかなければなりません」
「そうだろうな」
クソッタレのヤブ医者。くたばれ。
この思考も脳の動きを読んでいる精神科医には伝わるのだろうかと思う。伝わったところで困りはしないが。このヤブ医者がクソなのは分かり切ったことだ。俺は事実を表現しているだけに過ぎない。
「カウンセリングを受けて、日常生活に戻る準備を。投げやりになってはいけませんよ、的矢大尉。あなたを助けようと言う人はちゃんといるのです」
少なくともお前ではないなと的矢は思う。
「じゃあ、お喋りは終わりでいいか、先生?」
「ええ。定期的なカウンセリングのスケジュールを組んでおきますので、それに従ってください。いいですね?」
「分かったよ」
お前の頭に脳みその代わりにクソが詰まっていることがな。
《彼らは戦場のことを何も知らない。後方で患者の脳みそを見ているだけ。彼らには戦場での快楽は理解できないさ。しょうがないことだよ。彼らが逃げるダンジョンカルトを撃ち抜いたことも、キメラを八つ裂きにしたこともないんだ》
幸運な連中だ。クソみたいにラッキーじゃないが。それでいて不幸だ。この快楽を理解できないとはな。残念な連中だよ。全く。
《君のことは君が一番よく理解している。君は君の最高の理解者だ。これまでも、これからも。さあ、地獄に向けて行進しよう。地獄はすぐそこにある》
サイレンの音はまだ聞こえないな。
《サイレンの音なんてしないさ。でも、どうして誰もがサイレンの音というのだろうね? 何かしらの合言葉なのか。それとも狂った末に発された言葉なのか。サイレンの音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる?》
聞こえない。
《ボクもだ。だが、いずれは響き渡るのかもしれない。サイレンの音が》
そして、ここは冷たく、地獄は暖かい、か。
《その通り》
地獄に行くときには熱中症に注意しないとな。
的矢はそうラルヴァンダードに返して、兵舎に向かった。
……………………
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