ダンジョンの全容
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──ダンジョンの全容
カウンセリングの関係で的矢はあまり外出できず、北上と飲みに行くぐらいだった。その北上も80階層以降の攻略のことばかり気にていて、あまり落ち着いて飲めなかった。そう、的矢たちはついに80階層を攻略したのだ。
「どう思う?」
「どうもこうもあるか。俺たちは行ってこいと言われたら行くだけだ」
「“グリムリーパー作戦”は?」
「……上がやれというのならばやるしかないだろう」
的矢は渋い表情でそう言う。
「だが、あれは……」
「言うな。俺だって分かっている。リスクが高いということはよく分かっている。だが、俺たちは兵士で、駒だ。プレイヤーの望む通りに動くしかない」
そう言って的矢はカクテルを飲み干す。
「それを言うならば軍隊だって国家の駒であるはずだろう。どうして情報軍が勝手に“グリムリーパー作戦”なんてものを決定したんだ。確かに利益はあるのかもしれない。だが、それ以上に危険があるはずだ」
「上がどんな取引をしたのか知らないし、知るつもりもない。今はただ、ダンジョンの攻略を目指すだけだ」
「そうか」
「ああ。すまんな」
そして、的矢は北上と別れた。
それから1週間後、80階層に拠点ができると同時に興味深い情報がもたらされた。
「諸君。このダンジョン一体何階層で構築されているのだろうかとおもっているだろう。それに対する答えが準備できたことを知らせよう」
羽地大佐は指揮所とは別のブリーフィングルームでそう言う。
「ダンジョンの構造は100階層。100階層が最下層だ。既に一定の地形データも収集できている。まずは90階層の攻略を目指してもらいたい。それから最下層へ。この熊本ダンジョンはそれで攻略を完了する」
ついに熊本ダンジョンの全容が明らかになった。
全部で100階層。これまで攻略してきたダンジョンの中でもかなり深い。
ここは冷たい。ここは寒い。サイレンの音が聞こえる。地獄はそこにある。
確かに100階層もあれば、地獄のひとつやふたつには繋がっているかもなと的矢は思うのであった。
「ブラボー・セルの偵察情報では81階層以降はアンデッドがうようよしているそうだ。椎葉軍曹の特殊装備を忘れないように装備して、向かってくれ。アンデッドダンジョンでは何が起きるのか分からない」
本当にその通り。アンデッドほどこの世の理に反した連中はいない。連中は死にながらにして、生きている。その事実が、人を狂わせる。
《なんだか、嫌な予感がするな。君にとってとってもよくないことが起きそうな気がする。君はタフガイかもしれないけれど、それでも精神的な弱いところがある。今回の階層がそういうものが弱点になりそうな……》
また電波ジャックか? あれはもう対応ができているぞ。
《いや。別のものっぽい。まあ、君ならば上手く立ち回れるって信じてるよ》
俺のことを信頼しているんだな、ラル。
《いつだってボクは君のことを信じているよ》
そいつはありがたい。
的矢は肩をすくめてラルヴァンダードにそう返し、地図の情報をよく見た。
「人間が確認されますが、これはゾンビで?」
「吸血鬼という可能性も無きにしも非ず。まあ、十分な注意をして対応してくれ」
「了解」
しかし、ダンジョンの80から90階層でゾンビを相手というのもおかしな話だ。
こちらはゾンビに対して、特攻のお神酒で祝福された退魔の弾丸を持っているのだ。
これは楽な仕事になるかもしれないと的矢は思った。
いや、ラルヴァンダードが示していた精神攻撃というが気になる。
どうなるのかは潜ってみるまで分からないということか。
「全員、装備を整えろ。装備を整えて階段に集合。潜るぞ」
「了解」
そして、的矢たちが準備を始める。
武器は7.62ミリ弾を使用する自動小銃。アンダーバレルにはグレネードランチャー。他はお好みで。好きなものを好きなようにカスタマイズできるのが特殊作戦用の自動小銃の嬉しいところだ。
全員が装備を整え、ミドルスパイダーボットにも弾薬を詰め込む。
「では、出発」
的矢たちは81階層に降りていく。
『振動探知センサー、音響探知センサー。両センサーに反応なし。お化けだぜ』
『レイスだろう。面倒な』
的矢たちは慎重にダンジョンの中を進んでいく。
レイスによる奇襲では酷い目にあった。今回は用心しておきたい。
『畜生。冗談だろう?』
そこで信濃が呻くようにそう言う。
信濃の視界全員が共有する。
『な……』
そこには映っていた。市ヶ谷地下ダンジョンで死んだ的矢の戦友たちが。
日本情報軍の制服を着た兵士たちが虚ろな表情をして立っていた。
『畜生。畜生。畜生。あいつは死んだはずだぞ。どうなってる』
『おい。ネイト。お前にはあれがどう見ているんだ?』
ネイトが取り乱すのに的矢が尋ねる。
『……中央アジアで死んだ戦友だ。彼に見える』
『クソ。精神攻撃だ』
目標に応じて目標に応じた姿を。
『椎葉。お前は大丈夫か?』
『あ。はい。私には普通のレイスに見えますけど……』
『ポイントマンをアルファ・スリーからアルファ・フォーに変更する』
『ええっ!?』
信濃も明らかに幻覚を見ている。幻覚を見ている人間に重要な斥候は任せられない。
『アルファ・スリー。信濃、お前にはどう見ている?』
『一緒にドラゴンやり合った仲間だ。クソ。忌々しいダンジョンの野郎め』
『下がれ、アルファ・スリー。アルファ・フォーは前へ』
そして、椎葉を先頭に的矢たちは進んでいく。
椎葉はビビっていたが、それ以上に的矢たちが動揺している。
陸奥にも市ヶ谷地下ダンジョンで死んだ仲間が見えていた。
市ヶ谷地下ダンジョン。あそこで死んだ人間を引っ張り出してくるとは。ダンジョンって奴は相当に性格が悪いに違いないと的矢は思った。
《ダンジョンはいよいよ危機に晒されていることに気づいている。自分を守るために手段は選ばないだろう。ここにいるダンジョンマスターが死んだら、世界中のダンジョンが消滅するんだ。それは必死になるよ》
やはりか。そうじゃないかと思っていた。
《けどね、だけれどね。ダンジョンが消滅しても、別の災厄がやってくる。地獄という名の災厄が。それに対応しなければいけなくなる。君たちは対応できるかな。恐らくはできるだろうね。ボクも手助けすることだし》
そいつはありがたいね。
何を手伝ってくれるか知らないが、悪魔のひとりふたり友人にいた方がいいだろう。こいつらは敵としては面倒だが、味方であれば頼りになりそうなものだ。
《そこは友人じゃなくて、恋人って言ってほしいな》
お前が形を持ったらそう扱ってやるよ。
的矢はそう返し、椎葉の後ろから援護する。
的矢たちは順調に進んでいき、レイス数体を交戦した。
だが、順調なはずの全身で全員が精神的疲労を覚えていた。
的矢と陸奥には市ヶ谷地下ダンジョンで死んだ兵士の姿が見える。
信濃にはレッドドラゴンとの戦いで戦死した兵士の姿が見える。
ネイトには中央アジアで死んだ戦友の姿が見える。
シャーリーにも何かが見えている。
『クソッタレ。地獄はそこにある、か』
俺たちは本当に地獄に近づいているのか?
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