アグリィ・ホテル
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──アグリィ・ホテル
80階層には奇妙な温もりがあった。
ここは冷たい。ここは寒い。地獄はそこにある。
『各員警戒。マイクロドローンを先行させて、エリアボスを確認せよ』
『了解』
マイクロドローンが先行し、エリアボスを索敵する。
『エリアボスを確認。アグリィ・ホテル。ダンジョンカルトの連中も一緒だ』
『クソッタレ。アグリィ・ホテルか』
日本国防軍コード:アグリィ・ホテル。
それはヒュドラだ。
9つの首をもつ竜種。不死身の化け物。知性ある獣。それがヒュドラだ。
『アグリィ・ホテル相手に熱光学迷彩は無意味だ。派手に仕掛けるぞ』
『了解』
そして、的矢たちがアグリィ・ホテルを射程に収める位置まで移動しようとする。
「そこのものたち」
そこで人ならず声ながら人の言葉で、的矢たちに声が掛けられた。
「私を狙っているのだろう。迷宮を守る化け物として。日本軍という組織だったか。そういうものたちなのだろう?」
畜生。こいつは俺たちについて知ってやがると的矢は思う。
「その中でも“迷宮潰し”と呼ばれるダンジョン攻略の達人たち。会えて光栄だ。そして、これからの戦いについて提案がある。聞いてもらえるかな?」
「聞く価値があるならばな」
的矢はヒュドラの言葉にそう応じた。
「素晴らしい。言葉はコミュニケーションの基本だ。言葉が通じないのではないかと疑問に思っていたが、どうやら杞憂だったようだな。結構、結構。とても結構」
ヒュドラが流暢な日本語を話すのは奇妙な光景だった。
『あり得るのか。化け物が人の言葉を使うなんてことが』
『あり得るから、喋っているんだろう』
ネイトが呻くのに的矢あそう返す。
「望みは何だ。どうであれ、お前は殺すぞ」
「そうだろう、そうだろう。だが、勇敢に戦うつもりはないか? 勇敢にこの私と1対1で戦うならば、ここにいる捕虜たちを無事に開放することを約束しよう。“迷宮潰し”。お前たちにとっても悪い取引ではないはずだ。人質は無事に助けたいだろう? それならばその武勇と知恵を以てして、私を倒してみるがいい」
ヒュドラはそう言って檻に入れられた生存者たちを見せる。
子供から大人まで10名。3名ほどのダンジョンカルトに守られている。
「いいだろう。乗った。ぶち殺してやるよ、化け物」
「それでこそだ! さあ、武勇と知恵を絞って私を倒してみるがいい。私を倒せば、人質は解放させよう。約束だ。逆にお前がやられたら、人質は全員殺す」
「やってみろ」
的矢はそう言って自動小銃のグレネードランチャーに空中炸裂型グレネード弾を装填する。彼は本気でやるつもりだ。
『アルファ・リーダー。正気かよ? アグリィ・ホテルを相手に1対1? ちょっとした自殺だぜ?』
『信濃。お前たちは別行動だ。分かっているな?』
『ああ。だが、死ぬなよ、大尉』
『当り前だ』
的矢がヒュドラに向けて銃口を構える。
「さあ、行くぞ、化け物。その醜いクソッタレな顔面をふっ飛ばしてやる」
的矢が50口径の徹甲榴弾をヒュドラに叩き込む。
ヒュドラの顔面にそれが突き刺さり、炸裂する。
「なかなか! だが、私も負けてはいない!」
ヒュドラが口から毒の煙を吹きだす。
これは皮膚からも吸収されるもので完全防護の装備出なければ避けられない。反面空気中に残留するのは数秒とすぐに消えてしまうものでもある。ただし、受ければ、地獄のような苦しみの末に死ぬことになる。
的矢は攻撃を回避し、射撃を続けながら移動する。
ヒュドラには的矢の姿が見えているのか、攻撃は適切だ。
的矢はすり鉢状になったダンジョンの構造の中を螺旋状の階段を下って下に下にと下り続ける。そして、どこまでも射撃を続ける。
ヒュドラの頭が弾けるが、すぐに再生する。
ヒュドラが恐れられているのはこの点だ。この不死身のように見える再生力。だが、それに限界があることを的矢は知ってるし、その限界を直ちに引き起こす方法についても知っている。的矢ならばヒュドラを殺せる。
的矢は銃弾を浴びせ続け、ヒュドラは毒の煙を吐く。
的矢はすり鉢状のダンジョンの中ほどで止まり、空中炸裂型グレネード弾を叩き込む。空中で炸裂したそれが一瞬だが、的矢に目を向けていたヒュドラの全ての首の視野を奪う。その隙に的矢はさらに移動する。
「おのれ、流石は“迷宮潰し”だ。だが、私がそのようなちゃちな玩具で死ぬと思ったら間違いだ。その程度の攻撃では死なぬよ」
「だろうな」
的矢はそこでヒュドラの視野が回復する前に梱包爆薬を放り込む。
電子励起炸薬の梱包爆薬だ。威力は凄まじい。
ヒュドラが首ごと吹き飛ばされ、肉片が飛び散る。
「このようなものまで……! だが、だがだ! 私は不死身だ! その程度のことでは命は絶えぬ! 不死身の化け物を相手にするのは初めてではないだろうが、私はお前たちが倒してきた相手とは違うぞ?」
「そうかもな。その減らず口を速攻で塞いでやるよ」
的矢はもう一発梱包爆薬を放り込む。
ヒュドラは回避しようとしたが、戦術脳神経ネットワークに連携したセンサーがあるそれは、空中で炸裂し、ヒュドラの首を叩き潰す。押し潰す。爆ぜ潰す。
「無駄だと言っているだろう! さあ、もっと勇敢に戦ってはどうだ! そんな卑怯な手ばかり使わずに!」
「卑怯? 人質を取っている奴の言えたことか?」
的矢がヒュドラの再生速度が遅くなっていることを確認する。
ヒュドラの再生能力は一定数に限らている。高火力の攻撃を叩き込み続ければ、いずれは攻撃量が飽和して、再生不可能になる。的矢の狙いはそれだった。的矢はヒュドラの再生能力をある程度、削るつもりだった。
致命的な一撃のために。
撃って、撃って、撃つ。撃ち続ける。徹甲榴弾をヒュドラに叩き込み続ける。
ヒュドラがその巨大な首を薙ぐように振るい、的矢を攻撃しようとするが、的矢は人工筋肉にものを言わせて跳躍し、攻撃を回避した。
それに続いて前足の攻撃が来るがそれも回避。
だが、ヒュドラ側の目的は達成された。回復に必要な時間が稼げたのだ。
2回の梱包爆薬の攻撃で負った損害は癒えつつあった。
「勇敢に戦え、“迷宮潰し”!」
「お前の都合のいいように戦えってことだろう? ごめんだね。俺は俺のやり方でやらせてもらう。貴様をぶち殺すためにな」
的矢はそう言いながら次は携行対戦車ロケット弾をヒュドラに叩き込んだ。癒えかけていた傷がさらに広がり、再生を阻む。そして的矢は再びヒュドラに銃弾を浴びせ続ける。銃弾を、50口径のライフル弾を、50口径の徹甲榴弾を叩き込み続ける。
ヒュドラは必死に毒の煙を吐き、前足や首で攻撃するが逆襲を受ける始末だった。
ヒュドラの前足が吹き飛び、ヒュドラの首が吹き飛ぶ。
「それ、土産だ」
的矢がヒュドラの口の中に手榴弾を放り込む。手榴弾は首の中で炸裂し、首が折れる。爆ぜて、ボトリと地面に落ちる。
「なるほど。確かに“迷宮し”だ。甘く見ていた。お前は卑怯で、狡猾で、勇敢だ。だが、これならばどうかな?」
ヒュドラはそう言って人質の入った檻に手を伸ばした。
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