鱗の群れ
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──鱗の群れ
カウンセリング、カウンセリング、カウンセリング、カウンセリング、カウンセリング、カウンセリング。
70階層に日本陸軍の工兵が拠点を作る間、的矢ずっと精神科医と話しをしていた。
ダンジョンは本当にストレスになりませんか? だとか、日常生活には今のところ支障はありませんか? だとか、そういうくだらないお喋りに付き合わされた。
軍の精神科医はまだ的矢がPTSDだと思っており、彼を治療するために様々な言葉を投げかけた。こんなくだらないことで、PTSDが解決するならば戦闘適応調整なんてものは必要ないだろうにと的矢は思っていた。
結局は誰もが仕事のために仕事をしているというわけだ。
《仕事ばかりで遊ばない。今に軍医は今に気が狂う》
全くだな。連中は働きすぎだ。連中の方がおかしくなっているに違いない。あまりに病人を診すぎてきたあまり、誰もかれもが何かしらの病気に見える。そういう状態に違いないだろうさ。俺ぐらいに時間をかけるぐらいなら、他の連中を診てやればいいのに。
《そうだね。問題児は君だけじゃないし、君はPTSDというわけではない。君は日常生活も普通に行えているし、突然夜に目が覚めて錯乱するわけでもない。どこかで銃声が響いていると思うようなこともなく、日常を平穏に過ごしている。これほどまともな人間がPTSD? 正直ちょっとどうにかしているね》
軍医は俺が戦場に慣れすぎているのに文句が言いたいらしい。俺が戦場に慣れていて、何が悪いっていうんだ。誰か困るっていうんだ。俺が戦場に慣れたのは必然だ。それに俺はちゃんと戦闘後戦闘適応調整を受けている。日常と戦場に線引きしている。両者を混同して混乱するようなことはない。それなのに軍医って奴は。
的矢はそう文句を言いつつ、将校用兵舎で横になった。
《君が戦場に慣れすぎているのならば、ずっと戦場にいればいい。戦場にい続ければいい。これから先も、この先ずっと、戦場にいればいい。君は戦場に慣れている。戦場に適応している。何の苦にもならない。そうだろう?》
その通りだな、ラル。俺は戦場に適応したんだろう。ずっと戦場にいても何も苦労しない。だがな、俺ひとりで戦争はできないんだ。陸奥、信濃、椎葉。こいつらの助けがいる。陸奥は参っているし、信濃と椎葉もまだ戦場でストレスを感じる。
《君だけでは戦えない?》
戦えない。俺たちはチームだ。アンデッドを倒すには椎葉の力が必要だし、信濃は優秀なポイントマンだし、陸奥は火力担当だ。誰かひとり欠けても戦争はできない。もちろん、俺たちはチームだから、ひとりが倒れれば、他の全員で引っ張り上げて撤退するということはできるがな。だが、最初から人間が足りないのでは話にならない。
《そういうものか。君にも不可能なことがあるってものなんだね》
当り前だ。俺はただの人間だぞ。超人じゃない。できることは限られている。何でもかんでも自分ひとりでやろうとすれば無理をすることになる。だからこそのチームだ。お互いの足りない点を補い合う。
そこで的矢の
指揮所まで向かい、的矢は指揮所に入る。
「的矢大尉。悪いニュースだ。次のダンジョンも城塞型だ」
「なんとまあ。では、例の武器を取り出さなければなりませんね」
「ああ。例のワイバーンだが正式に新種と認められてグレーターワイバーンの名称が付いた。これまでの君たちの戦闘分析結果を戦術脳神経ネットワークに上げてあるので参考にして貰いたい、しかし、二ヵ所も城塞型のダンジョンがあるとはな」
「世の中、想像できないとばかりですね」
「全くだ。それから君には伝えておくべきだろう。陸軍に妙な動きが見られる。陸軍の通信を傍受したところ、何かしらの特殊作戦部隊が健軍駐屯地に到着していることが確認された。ダンジョンと無関係であればいいのだが」
「後ろから球が飛んでくることはないと聞いていましたが」
「ああ。そのことは保障しよう。だが、途中でプレイヤーが交代になる可能性がある。陸軍の背後には国防官僚がいるようだ。一部の議員も。情報軍上がりの議員が少なくないように、陸軍上がりの議員も今は少なくない」
随分と政治的に、そして厄介な話になってきたなと的矢は思う。
軍隊の話に政治家が口を突っ込むときは必ずと言っていいほど碌なことがない。もちろん、的矢はシビリアンコントロールを否定しているわけではない。だが、政治家は素人だ。官僚も書類しか見ない素人だ。そんな素人が軍事作戦に口出ししていい結果になることはほとんどない。
「何かあれば知らせる。今は何も言わず80階層の攻略を目指してくれ」
「了解」
的矢は羽地大佐に敬礼を送り、的矢は指揮所を出る。
『全員集合。悪いニュースだ』
的矢の呼び出しに陸奥たちが集まる。
「今度のダンジョンも城塞型だ。例の強固なワイバーンはグレーターワイバーンという新種として認定された。恐らくはそいつらが群れている。これに対処する必要がある。例の50口径自動小銃を使うぞ」
「了解」
誰もがまたあの化け物どもと戦うのかとうんざりした様子だった。
「今回は最初から徹甲榴弾もある。目標を確実に排除して前進する。戦い方さえ分かっていれば難しい相手ではない。ただ、だ。ダンジョンが下層に潜れば潜るほど厄介になる法則に当てはめるならば、グレーターワイバーンがでて、それでお終いということはないだろう。何かしらの別の障害もあるはずだ」
それが一番厄介な問題だと的矢は言う。事前の偵察を今回はブラボー・セルが行ってくれているわけではない。自分たちが先遣隊にして攻略部隊だ。何が出てくるかは、的矢たちがその目で確かめなければならない。
「いいか。なんとしても俺たちでこの熊本ダンジョンを攻略する。装備を準備して、下層への階段前に集合。ミドルスパイダーボットにも詰めるだけ弾薬を積んでおけ。まだ返せとは言われてないからな」
「ボス、ずっと使わせてくれますかね?」
「分からん。使わせてくれるかもしれないし、突然取り上げれるかもしれない。今は俺たちにできることをするはずだ。それにローダーの必要性は羽地大佐も理解している。無茶苦茶に扱わなければ返せとは言われないだろう」
「丁寧に扱います!」
「そうしろ」
それから準備を整えて、階段前に集合する。
「行くぞ。マイクロドローンを先行させろ」
「了解」
的矢たちの前方をマイクロドローンが飛行し、的矢たちが前進する。薄暗い視界の中で何かが蠢くのが暗視装置に捉えられた。
『畜生リザードマンだ。それもアーマードリザードマンだぞ、あれは』
群れる鱗。ダンジョンでは屈指の防御力を誇るアーマードリザードマンが的矢たちの前方で群れていた。彼らは手には簡単な武器を持ち、それを以てして殺した人間の肉を貪っていた。
最悪の状況だ。
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