宴会
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──宴会
淀んだ空気が流れていることが誰にでも分かった。
70階層に至るまでに戦ったキメラたちのせいだ。連中のせいで、士気が落ちている。
信濃と椎葉はけろっとしているようだが、陸奥とネイトは見るからに落ち込んでいる。シャーリーは何を考えているのか分からない。
「宴会に行くぞ」
的矢はそんな状況の中でそう切り出した。
「宴会? 何のために?」
「もちろん、戦勝祝いだ。俺たちは化け物を倒して勝利した。既に70階層までを制圧した。残るは僅かだろう。この大きな一歩を祝して宴会だ」
「そんな気分じゃない」
「そんな気分じゃないからこそ、だ。戦闘後戦闘適応調整を受けてもその調子ならば、次の任務ではお前とシャーリーを外さざるを得ない」
その発言にネイトがピクリと動いた。
「今回は貸し切り。日本情報情報保安部が掃除済みの場所を使う。盗聴の可能性なし。盗撮の可能性なし。ここでゆっくりと酒で飲んで、今回の反省点について話し合おうじゃないか。俺は建設的なことを言っているつもりだからな。お前たちのようにいつまでもめそめそしているつもりはない」
そう言って的矢は陸奥も見る。
陸奥は確かにしっかりしなければという義務感に駆られているようだった。
「昔ながらのやり方か。いいだろう。付き合う」
「よろしい。気分を入れ替えて、次は80階層を目指す」
的矢はそう宣言して集合時刻と場所を知らせた。
《君にしては随分な温情措置だね。これを機にアメリカ人たちを叩きだすものだとばかり思っていたよ。彼らにちょっと期待が持ててきた? エキドナ戦では、あのアメリカ人も活躍したからね》
ああ。確かに前の俺ならばさっさと厄介払いしていただろう。だが、あいつらは政府の圧力で参加させられている。これから外そうとしても外せない可能性が高い。そんなときに精神科医の言う『高度なストレス状態にさらされためそめそ状態』でついてきてもらうのは、正直そっちの方が邪魔だ。
《あくまで君がダンジョンを制するためである、というわけか。君らしいね。悪く言っているわけじゃないよ。君がダンジョンの制圧に並々ならぬ努力をしてきたことは知っているし、それは正しいとボクは思っているからね》
理解者がひとりでもいてくれるのはありがたいことだよ、ラル、精神科医には何を言っても無駄だった。暖簾に腕押しとはまさにあのことだ。ストレスを感じる? 病気です。ストレスを感じない? 病気です。クソッタレめ。
《ダンジョンを征服しよう。君は70体目のダンジョンボスを殺し、勝利を得る。そして、ボクとともに次は地獄を征服しよう。地獄の征服者になろう。その日が楽しみで、楽しみで、しょうがないよ》
まずは地獄の前に自分の部下たちを制圧しなきゃならんがな。ネイトと陸奥をどうにかしないといけない。陸奥はまだ大丈夫だ。あいつはこれよりひどい状況を経験している。ネイトは分からない。あいつも修羅場は潜ったようだが、あの狼狽え方は。
《やっぱり邪魔なアメリカ人?》
邪魔だとまでは言わないが、やっぱり邪魔だな。いない方がいい。だが、あいつらがくたばったり、伸びたりしても、代わりが送り込まれるだけだろう。また信頼関係を最初から再構築となると面倒なことこの上ない。
的矢はラルヴァンダードにそう返してため息を吐く。
アメリカ人の狙いはやはり噂のダンジョンマスターか? あれを狙っているのか? この世と地獄を捻じれさせた元凶であるダンジョンマスターを狙っているのか? そうだとして最終的にどうするつもりだ?
そして、予定の時間に集合し、宴会の行われる個室型の居酒屋に入る。
「はいはーい! から揚げと生中!」
「椎葉。お前、おっさんみたいだな」
「おっさんはから揚げとか脂っこくて食べられないっていうじゃないですか。若者ですよ、若者。まだまだ胃腸も元気」
そりゃ体内循環型ナノマシンがあれば、胃腸は元気だろうさと的矢は思う。
「それでは乾杯!」
「乾杯!」
テンションが高いのは椎葉だけで、他は落ち着いてる。いや、信濃もこういう場だとはしゃぎだすタイプが。そのうち、酔いが回れば、絡んでくるだろう。
陸奥とネイトは本当に静かに飲んでいる。
「レモンだばー。なんちゃって」
椎葉はもう完全にあれだ。場酔いしてる。酒が入る前からテンションがおかしい。
「椎葉、信濃、シャリー。お前たちは何も言われなかったのか?」
「へ? 言われましたよ。ストレスを感じている兆候があるって。だから、薬とカウンセリングで治して貰ったんです。だから、今は全然平気です」
椎葉はけろっとした表情でそう言った。
「あたしもストレス高めって言われたな。椎葉ちゃんほど元気にはなってないけど、戦闘後戦闘適応調整は効くぜ。脳みそにお薬叩き込んで、精神科医とお喋りするだけで、ストレスがぽんっだ」
「私も信濃曹長と同様」
信濃とシャーリーがそれぞれそう告げる。信濃はビールを、シャーリーはカクテルを飲んでいる。
「……ひょっとして大尉は何か言われたんですか?」
「言われた。ストレスを全く感じていないと。そう文句を言われた。ストレスは感じなきゃいけないものらしい。ストレスを感じない人間はサイコパスかPTSDだと言われたよ。あのクソヤブ医者め」
的矢はそう言って冷ややっこをつまみにビールを飲み干す。
「うええ。あの状況でストレスを全く感じないのは確かに病気ですよ、大尉。誰だってあんなおかしな状況に放り込まれたらストレスのひとつやふたつ感じるってものですよ」
「そうだぜ、大尉。どうかしてるって。あんたがタフガイなの知ってるが、あそこでストレスを感じなかったとなれば、そいつは病気だ。カウンセリング、適当に聞き流してるんじゃないのか?」
椎葉はドン引きで、信濃は心配した様子で話しかける。
「感じないものは感じないんだ。しょうがないだろう。それとも泣き叫んで、自分の口に自動拳銃でも突っ込めってのかよ」
「そこまでしろっていうわけじゃないが……」
信濃は困った表情を浮かべる。
「俺はまともだ。病気じゃない。陸奥、ネイト。お前たちは大丈夫だと言われたのか? それとも今後の経過を見守るとでも?」
「ええ。ストレスが大きかったようです。カウンセリングの予定は明日にも入っています。80階層攻略までには万全のコンディションを整えておきますので」
陸奥は日本酒を手に、たこわさをつまみながらそう言った。
「ネイト。お前は?」
「あー。俺もだ。カウンセリングと投薬の継続。だが、ここにきて少し気が楽になった。誰もが何かしらの問題を抱えているわけだとな。自分だけが弱いわけじゃないってことが分かってちょっと安心した」
「タフガイを気取ってもどうしようもないだろう」
「そうだな。現代の軍人は繊細なものだ。昔の兵士たちはそれこそタフだったんだろう。戦闘適応調整もなしに激戦地に放り込まれて、仲間の死体が積み重なる中で戦い続けるなんて。戦争映画を見る度にぞっとしたよ。俺なら耐えられないってね」
ネイトはそう言って息を吐いた。
「誘ってくれて感謝する、的矢。これからもよろしく頼む。足手まといにはならないつもりだ」
「そうしてくれ」
そして、椎葉はやはりぐでんぐでんに酔っぱらった。
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