リセット
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──リセット
アルファ・セルとブラボー・セルは7日後。ダンジョンがリセットされる日に配置についた。アルファ・セル6名は52階層から下層に通じる階段に。ブラボー・セル36名は51階層から52階層に及ぶ通信設備を守る形に。
そして、ダンジョンがリセットされる。
化け物が一斉に現れる。
ゾンビが生成され、レイスが生成される。
『射撃開始』
『射撃開始、射撃開始』
一斉にダンジョン内でアルファ・セルとブラボー・セルが化け物との交戦状態に突入する。アルファ・セルが信濃をポイントマンに53階層に突入していくのに、後方では通信設備を守るためにブラボー・セルが化け物を排除する。
『アルファ・リーダー。通信は54階層までは大丈夫なんだな?』
『ああ。だが、敵の電波ジャックが問題だ。あいつらは本当に俺たちの声を真似してやがる。交戦中、不明瞭な点があったら生体インカムではなく、ハンドサインか口で指示を出す。お前もそうしろ』
『了解。万能の道具が万能じゃなくなっちまうだなんてな』
『全くだ』
敵は量子暗号通信に割り込んできた。これは誰も想定できなかった事態だ。
地上と地獄が干渉しあっている。繋がらないはずの多元宇宙が繋がろうとしている。
かうてあった都市伝説で『地獄の声』というものがあった。ソ連がシベリアで超深度採掘を行った際に地獄の声を記録したというものだ。もっともそれはでまかせで、実際にソ連が調査を行っていたのはコラ半島だし、地獄の声なるものもでっち上げだった。
だが、このダンジョンはどうだ?
この量子暗号通信にまで割り込んできた“声”というものこそ、地獄の声ではないのか。本当に記録された地獄の声ではないのか。
サイレンの音が聞こえる。ここは冷たい。ここは寒い。下半身のない男女が踊っている。タップ、タップ、タップ。地獄はそこにある。
地獄の声は陸奥の声だった。だが、陸奥たちも的矢の声で意味不明な言葉を聞いたそうだ。どうやら地獄というのは相手に合わせた対応を取ってくるようである。
『アルファ・スリーよりアルファ・リーダー。レイス4体を捕捉。やるか?』
『今度は憑りつかれるなよ』
『あれは悪かったって謝っただろう』
信濃がしくじったために的矢は地下57階層まで飛ばされたのだ。
『1階層制圧するたびに、通信設備を設置していく。ブラボー・セルが被害を受けないように確実に任務をこなしていくぞ』
『了解』
1階層の化け物を確実に掃討していく。撃ち漏らしのないように確実に。
『クリア』
『クリア』
そして、1階層が制圧されると、通信設備を設置しにブラボー・セルが合流する。
この繰り返しで地下に降りていく。
地下に潜っていく。
地獄に近づいていく。
『……ファ・スリーよりアルファ・リーダー。あれが聞こえか。サイレンの音だ。サイレンの音が聞こえる。甲高いサイレンの叫び声だ。うねるように響くサイレンの呻きだ。ここが冷たい。冷たすぎる』
「アルファ・スリー。生体インカムをしようしているか?」
的矢は生体インカムを通さず、直接信濃に尋ねる。
「使ってない」
「クソ。また電波ジャックだ」
「本当に今回は大丈夫なのか? 指揮通信機能の喪失は戦闘力の大幅な損耗だぜ?」
「分かっている」
畜生。電波ジャックは本当に厄介だ。どうにかして対応しなければ。
《言葉を直接伝えなよ。57階層までのダンジョンカルトは一掃しているんだ。ゾンビやレイスは音では近づいてこない。音をいくら立てても問題はないだろう?》
それもそうだな。
「以後、通信に不明瞭なことがある場合は、即座に口頭での指示に切り替える」
「了解。早速口でやり取りしようぜ」
「非常時には生体インカムを使うが、今はノイズを垂れ流すだけの代物だ。指示があるまでオフにしておけ」
「古き良きハンドサインというのもいいでしょう」
的矢たちは熱光学迷彩を使っているが、戦術脳神経ネットワークを通じて、ARでお互いの姿は把握できている。
「あのー。ボス。生体インカムの量子暗号通信がハックされたってことは、戦術脳神経ネットワークもハックされる可能性が……?」
「あり得る。最悪戦術脳神経ネットワークなしで攻略することになるぞ。それまでには後方の電子情報軍団の将兵がこの煩わしいノイズを取り除いてくれることを祈りばかりだ。連中なら特定の波形を完全に遮断することも可能だろう」
「うへえですよ」
戦術脳神経ネットワークまでハックされれば、いよいよもってダンジョンの制圧は困難になる。指揮通信機能が本格的にマヒするのだから。
早いところ、電子情報軍団の技術者たちにこの煩わしい通信妨害を阻止してもらわなければ。そうしないとダンジョンが攻略できない。
「さあ、進むぞ。アルファ・スリー。先導しろ」
「了解」
信濃の先導で的矢たちはまた1階層ダンジョンを制圧する。
ブラボー・セルとのやり取りには生体インカムを使うしかない。別に昔ながらの無線機を持ってきてもいいのだが、相手が量子暗号通信までジャックするようだと、昔ながらの無線機はより激しい攻撃に晒されるだろうが。
「朗報だ、大尉」
「朗報?」
北上がブラボー・セルを引き連れて降りてくるのに、的矢がそう尋ねる。
「例のノイズを排除する手段が見つかった。干渉してくる波形を完全に特定した。これで通信の安全は確保できる」
「そいつはありがたいが、どうして生体インカムを使ってそれを知らせなかったんだ? さっきまで生体インカムでやり取りしていただろう?」
「口頭で伝えないとダンジョンに騙されたと思うかもしれないだろう?」
「それもそうだな」
やり取りが声をそっくりに妨害されるのだ。敵が生体インカムは使用可能だという誤情報を流して、こちらの攪乱を図ることも考えるべきだった。
『生体インカム使用。テスト、テスト』
『ファイブ・バイ・ファイブ。感度良好だ。ノイズはなさそうだな』
『だが、念のためにこの階層では口頭でやり取りする。そちらとのやり取りだけ、生体インカムを使用する。それでいいか?』
『好きにしてくれ』
北上は肩をすくめると通信設備を設置した。
そして、的矢たちは地下に潜る。
「あの声、怖かったですよね。地獄の声って奴なんでしょうか?」
「地獄の声って都市伝説だろう、椎葉軍曹。イカれたキリスト教原理主義者が地獄の存在を信じ込ませようとしてでっち上げた話だ。地獄なんてない。天国もない。シジウィック発火現象がそれを証明した。俺たちの魂は死後、化学式と数式で表せるように消滅してしまうのさ」
椎葉が愚痴るのに、ネイトがそう言った。
《彼らに地獄の存在を教えてあげる? それは本当に存在するんだって》
必要ない。人は信じたいものを信じておけばいいんだ。それが害にならない限り。
ラルヴァンダードがクスクスとネイトを笑って言うのに、的矢はそう返した。
彼らはまた1階層を奪取した。ダンジョンカルトの死体に憑依したゾンビも掃討した。そして、ブラボー・セルを呼ぶ。
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