蠢く狂気
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──蠢く狂気
57階層を突破した。
57階層までは的矢が攻略経験済みであることを考えれば、何もおかしなことはない。彼らは的矢の見事な指揮で、確実に各フロアを掃討しながら、57階層を突破した。
そして、ブラボー・セルが通信設備を設置したことを確認すると、いよいよ58階層の攻略に移ることになる。
「振動探知センサー、音響探知センサーが反応。ゾンビかダンジョンカルトだ」
「あるいは両方か」
相変わらずレイスを探知する手段はないが、ゾンビとダンジョンカルトは探知できる。彼らは物理的な肉体を持っており、そうであるが故に物理的な反応を示すのである。
「ダンジョンカルトなら生体インカムを使った方がよくないか?」
「構わん。どうせ、ゾンビなどの反応を示すものに従って連中も動く」
「あいよ」
信濃がポイントマンとして部隊を先導する。
信濃の先導に従って、的矢たちはダンジョンの中を進む。
「レイス6体。目標マーク」
「割り振った。射撃開始」
一瞬でレイス6体が屠られる。
「進め」
「了解」
だが、ここで音響センサーが探知し続けているものの正体が分かり始めた。
「……なんだ、この声は」
「分からんね。何か斉唱しているみたいだが……」
的矢が怪訝そうに告げるのに、信濃が肩をすくめた。
「確かめるぞ。音の発信源はどう考えてもダンジョンカルトだ。そして、連中が生贄がどうのこうのと言い出したら止めなければならない」
「あいあい」
信濃は的矢とともに死角を完全に潰しながら、部隊を先導していく。
「……の音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる。ここはとても冷たい。サイレンの音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる。ここはとても冷たい」
「サイレンの音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる。ここはとても冷たい。サイレンの音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる。サイレンの音が聞こえる。ここはとても冷たい」
唱和するように複数の声が重なり、狂った言葉が響てくる。
「なんだよ、この声……」
「飲まれるな。イカれた連中の声だ」
信濃が身を震わせるのに、的矢がそう警告する。
「おお。サイレンの音が聞こえる。轟くようなサイレンの音が。サイレンの音が鳴り響く。地獄はそこにある。地獄はそこにある。サイレンの音よ。我々を導きたまえ。轟くようなサイレンの音よ。死してなお地獄に行けぬ我々の魂を導きたまえ」
「おお。サイレンの音が聞こえる。轟くようなサイレンの音が。サイレンの音が鳴り響く。地獄はそこにある。地獄はそこにある。サイレンの音よ。我々を導きたまえ。轟くようなサイレンの音よ。死してなお地獄に行けぬ我々の魂を導きたまえ」
狂った声が重なる。微妙なずれが、狂気をより一層引き立て、彼らが完全に正気を逸していることを示していた。
「サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が、サイレンの音が」
「サイレン! サイレンよ! その音を以てして我々を地獄に導きたまえ! 悲鳴のようなその音を鳴り響かせて我々を地獄に導きたまえ! 我らが堕落した魂を導きたまえ! ここはあまりにも冷たい……」
ついに声は唱和を止め、狂気そのものに変わった。
「音響センサーのデータを分析AIが分析した。600人分の声だ」
「600人のダンジョンカルトかよ。盛大な虐殺になりそうだな」
「全くだ。軽快に殺せ」
的矢たちは音を殺して、サイレンの音、サイレンの音と煩いダンジョンカルトたちの方向に向かっていく。
「目標視認。目標マーク。畜生。647人だ」
「派手にかますぞ」
的矢がそう言ってグレネード弾を装填する。
「サイレンの音が聞こえない! サイレンの音が聞こえない! 聞こえなくなった! おお。おお。おお! サイレンの音よ! どうか我らを見捨てないでください! 我々の哀れな魂を地獄にお導きください!」
「冷たい。冷たい。冷たい。ここはあまりにも冷たい。暖かき地獄よ。サイレンの音よ。どうか我々の魂を! 我々の魂を! サイレンの音よ! 下半身を切り落とし、踊り回る我々の魂を!」
そして、ぎょろりと一斉にダンジョンカルトたちの視線が的矢たちの方向を向く。
「ぶちかませ。射撃開始」
「了解」
的矢と椎葉、ネイトが空中炸裂型グレネード弾を叩き込む。
死が撒き散らされる。
連中が狂っているなら狂った人間に相応しい末路を与えてやろう。死だ。残酷な死をひとつまみ。効率的な殺傷を大匙一杯。無機質な死をカップ一杯。
空中炸裂型グレネード弾はダンジョンカルトたちの集まった場所の中心で炸裂し、辺り一面に死を撒き散らす。ダンジョンカルトが死ぬ。狂ったダンジョンカルトが死ぬ。イカれたダンジョンカルドどもが死ぬ。
「殺しまくれ。アルファ・ツー。重機関銃も使え」
「そう言うと思っていました」
「上出来だ」
陸奥は既に射撃の準備を整えていた。
重機関銃が重々しい銃声を響かせ、50口径のライフル弾が突っ込んでいく。
「我々の導きを邪魔させるな!」
「サイレンの音を聞かせろ!」
ダンジョンカルトたちは銃弾の恐怖にも、爆薬の恐怖にも怯えず、突っ込んでくる。
「人間がミンチになる瞬間ってのは壮絶だな」
「全くで、アルファ・リーダー」
50口径のライフル弾の掃射は人体をミンチに変える。7.62ミリ弾も人体を抉り、掻き乱し、破砕する。そこに手榴弾まで加われば、人体のミンチが山のように連なっていくというわけである。
だが、ダンジョンカルトは半分ミンチになりながらも這い回りながら的矢たちに迫ってくる。的矢たちはそんなダンジョンカルトの胸に2発、頭に1発の銃弾を叩き込んで、確実に仕留めていく。
「わらわらわらわら、ウジみたいに湧きやがって」
「文句を言うな、アルファ・スリー。叩き殺せ」
ダンジョンカルトは殺しても殺しても、怯まずに突撃してくる。中には武器すら持っておらず、ただ突撃してくるだけのものまでいる。
「リロード!」
「援護する」
椎葉がリロードするのにシャーリーが彼女を援護する。
壮絶な虐殺が繰り広げられ、ダンジョンカルトたちが徐々にその数を減らしていく。
銃弾が吹き荒れ、ダンジョンカルトが雄叫びを上げ、爆薬が叩き込まれる。一部のダンジョンカルトは武器のつもりか千切れた同じダンジョンカルトの腕や足を握って突っ込んでくる。雄叫びを響かせ、狂ったように突撃してくる。
「畜生。これはちょっとした地獄だ」
「地獄はここじゃない」
ここは地獄と地上の捻じ曲がった空間。地獄ではない。
《そうだね。その通り。ここは地獄ではない。地獄のよう、というのも地獄を見たことのない人間の意見だ。実際のところ、みんな気軽に地獄だ、地獄だというけれど、本物の地獄は知らないだろう? 本物の天国を知らないように》
その通りだな。俺たちは物の例えでこの単語を過ぎだ。
そうラルヴァンダードに返しながら的矢は殺し続ける。
これが地獄ではないならば、地獄はもっと悲惨な場所なのだろうか?
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