合流
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──合流
ブラボー・セルの迎えはすぐにやってきた。
ブラボー・リーダー──北上が直にやってきた。
『無事か、大尉?』
『俺はな。民間人が参っている。ただ、一応住民リストと照らし合わせてチェックしてくれ。ダンジョンからのサプライズプレゼントだったら、困るってだけの話じゃない。連中は人間すらも生み出している可能性がある』
『了解。リストと照らし合わせよう』
的矢は戦術脳神経ネットワークに接続して、直近に起きたことを把握している最中だった。的矢がいなくなった後、アルファ・セルに損害が発生していないか。
信濃に憑りついたレイスは無事に椎葉によって払われ、陸奥たちは的矢を捜索するためにダンジョン深部に潜ろうとするも52階層で通信エラーが多発し、量子暗号通信に謎の波形からの干渉があって混乱に陥る。戦術脳神経ネットワークからも切断され、これより下に進むには通信の確保が必要になることが判明する。
アルファ・セルはこの時点で一時撤退。
ブラボー・セルが代わりに投入され、通信インフラの整備を進める。干渉してくる波形を排除した形での量子暗号通信が確立され、安全な通信がある程度維持される。
それが今の状況。
『つまり、これからは通信インフラを構築しながら攻略を進めていかなければ、ダンジョンの底には潜れないってことか?』
『そうなるな。それからこの親子のデータ参照はできた。大丈夫だ。ちゃんと住民登録されている人間だ』
サプライズプレゼントではなさそうだと北上は言う。
『エスコートして差し上げろ。メンタルケアが必要だ』
『ダンジョンカルトと化け物の蔓延るダンジョンに2ヵ月以上。それは精神を病むよな。俺たち訓練された軍人ですら音を上げたんだ……』
『そうだな』
発狂しようと決意したような世界で、2ヵ月以上。
的矢たちは彼女たちとは違って積極的にダンジョンを攻略しようとしていたが、そうであったとしても1週間で士気は崩壊したのだ。ある意味ではあの親子の方が、日本情報軍の擁する特殊作戦部隊よりタフなのかもしれない。
俺たちはナノマシンに甘やかされすぎたのかもなと的矢はひとり愚痴る。
《子を持った親というのは強いものさ。守るべきものがあるというだけで、人は現実逃避できる。守るべきものはなく、ただただダンジョンを攻略しなければならなかった君たちとは比べようもないよ》
俺だって生存者を守ろうとしたぞ?
《無力な子供ではなく、銃が扱える軍人だろう? それではダメだ。もっと儚くて、脆いものでなければ、上手くはいかない》
そういうものか。
そういうお荷物を抱えていると余計に精神に来そうだけどなと的矢は思った。
「さあ、行きましょう。上に軍の医者がいます。診てもらいましょう」
「は、はい」
親子はブラボー・セルが上層に護衛していった。
『しかし、何階層潜っていったんだ?』
『地図を参照したところ、57階層だ。永遠のように感じられた』
『単独で通信や戦術脳神経ネットワークから遮断されていればな』
『ああ』
さて、上層に戻るとしよう。戦略の練り直しだ。
的矢と北上も上層に帰還する。
的矢が飛ばされてから1日と数時間が過ぎただけだが、通信ケーブルがダンジョン内を這い回り、中継器らしきものが設置されていた。
『これが解決策か?』
『ああ。余計な波形を排除して、こちらの正しい波形だけを伝える。……とは言ったものの、何階層中継できるか分からないし、あの意味不明な波形が浸入することを完全に排除することはできないと思う』
『だろうな。ダンジョンは謎だらけだ』
地上と地獄の空間が捻じれているというラルヴァンダードの言葉を思い出す。その通りなのかもしれない。それぐらいどうにかなっている状況なのかもしれない。
《本来は地獄と地上が交わることはない。天国と地上が交わらないようにね。これらの関係は川で隔てられた関係でも、海で隔てられた関係でも、星と星を隔てた関係でもない。全く別の宇宙に存在するんだ。この宇宙の銀河を隅々まで探っても地獄には辿り着けない。地獄はこの宇宙とは違う多元宇宙に存在する。だから、ボクたちは多元宇宙的恐怖と呼ばれるわけなのさ》
だが、どういうわけかその地獄が俺たちの世界に絡んできている。ダンジョンというのは地獄の一部なのか?
《正しいようで、正しくない。ダンジョンは確かに比喩的な意味での地獄だ。だが、地獄そのものじゃない。世界が発狂した日に起きたことはボクでも完全には把握できていないんだよ。だけど、言えるのはここは地獄にしては冷たすぎるということ》
ここは冷たい、寒い、か。
サイレンの音が聞こえる。冷たい。寒い。タップ、タップ、タップ。
地獄はそこにある。
《けどね。けれどね。言えることがあるよ。このダンジョンの最下層にいる存在。それは地獄と深く結びついた存在だ、ってね》
そいつが地獄と地上を捻じ曲げた可能性は?
《ある》
クソ野郎の居場所が分かったな。
「ボス! ボス! 無事でしたか!?」
「大尉。ご無事なようで」
50階層に上がると、椎葉と陸奥がやってきた。特に椎葉は飛んできた。
「騒ぐな、椎葉軍曹。戦術脳神経ネットワークである程度の経緯は把握したが、信濃は無事なのか?」
「はい。椎葉軍曹が除霊に成功しました。大変でしたよ。信濃曹長の人工筋肉は自分と同じ第5世代のそれですからね。暴れられたら、それこそ猛獣のような暴れぶりになりました。なんとか自分たちとヴァレンタイン大尉たちで押さえつけて除霊を」
「ふむ。今は正気なんだな? 何か異常は?」
「まだ軍医が調べています。もう数時間はかかるという話です」
「分かった。報告ご苦労、陸奥准尉」
暫くは動けない。
これからの戦略を練らなければならない。
これまで通り、アルファ・セルが切り開いた道にブラボー・セルが布陣する。ただし、今回は通信インフラの整備という手間がかかる。
進軍速度は遅れるだろう。既に1日無駄にして、このまま2日目も無駄にしそうだ。
一度リセットされるのを待つか?
それも手のひとつだ。どうせ、ラルヴァンダードのナヴィゲーションで最短距離で57階層から上ってきただけだ。階層の敵を一掃したわけではない。ブラボー・セルが分散するまでにブラボー・セルとともにがっちり通信インフラの整った52階層までを守り、そして進軍する。
少なくともダンジョンカルトの数は減っている。そいつらがレイスに憑依されてゾンビになっていたとしても、椎葉のお神酒があれば問題ない。ダンジョンカルトよりゾンビの方が殺しやすいというのは皮肉な話だが。
「下手に潜れば、後方が脅かされる。特に危険なのはあの電波ジャックだ。いざというときに指示がきちんと伝わらなければ致命的になる」
整えられた通信インフラでもあの電波ジャックが防げないとなると、地下に潜り続け、もっともブラボー・セルの援護が受けにくくなるエリアボス戦の際がきわどい賭けになる。ブラボー・セルを増強してもらいたいが、北上も下手に知らない兵隊を増やされるのは嫌がるだろうから、仕方がない。
「ここは様子見だな。部下を死なせたくはない」
的矢は慎重策を選び、その旨を羽地大佐に伝えた。
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