テンションが上がるな
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──テンションが上がるな
46階層に到達するとそこは大量のテレビが並ぶ場所だった。
どういう意図でダンジョンがこんな空間を生み出したのか分からないが、黒く、何も映さないモニターがいくつも、いくつも、いくつも並んでいた。
先ほどまでの戦闘で快楽物質が脳内に滲み出ていた的矢も脳に叩き込まれたナノマシンによって、正常な状態に戻されていた。
『今のところは静かだ。不気味なくらい』
『振動探知センサーは?』
『反応してる。何かがいるのは間違いない』
その時、不意にテレビが点灯した。全てのテレビが同じ映像を移し始めた。
『これは人類に下された罰である。罪深い消費社会。罪深い衆愚政治。罪深い無神論。罪深い生命の冒涜。罪深い怠惰。罪深い性産業。罪深い戦争。愚かしき人間は多くの罪を犯してきた。それに対して下された罰なのである』
男が喋ってる。血塗れのTシャツを着た男が、両手を上げて喋ってる。
『罪は清められなければならない。罰は受け入れなくてはならない。人類の犯してきたこれまでの罪に対して我々は罰を受け入れ、赦しを乞わなければならない。地獄の蓋が開いたのである。地獄の蓋が開いたのである。悪魔たちが我々を罰する。天使もまた我々を罰する。罪深きものたちよ。赦しを乞え!』
どうかしてる。頭が完全にイカれたダンジョンカルトか?
《ボクたちは君たちを罰するために来たわけじゃないよ。神と天使は罰を下すけれど、悪魔がするのは誘惑だ。より罪深い生活へと誘う誘惑だ》
だろうな。人間を罰する悪魔など聞いたことがない。
《罪深ければ罪深いほどにボクたち悪魔はその人間が魅力的に見える。君も随分と罪深いじゃあないか。戦いを楽しむだなんて。君はずっと殺しを楽しんできた。同じ人間相手にもそうだったんだろう?》
そうかもな。で、俺の悪魔さんは俺をどういう罪深い生活に誘惑してくれるんだ?
《別に。何も。君は既に罪深さを自覚しないまま罪を積み重ねている。ボクは見ているだけだよ。それとも何か誘惑してもらいたい? そういう趣味があるのかな? ボクみたいな女の子に誘惑されたい?》
ああ。お前の喉を締め上げて生きたまま解剖してやりたい。さあ、是非とも誘惑してくれよ。俺の罪をより深いものにしてくれよ。
《病気だ》
言ってろ。
『アルファ・リーダー。この訳の分からないこと言っているテレビどこにもつながっていません。それどころか電源すら……』
『今さらだな。俺たちは明らかに電気回線が切断されてた場所で明かりが灯っているのを目にしただろう。ここもそうだ』
椎葉が指摘するのに、的矢がそう返す。
《君の欲望は満たせないかもしれないけれど、ボクがまた肉体を手に入れたら楽しいことしてあげるよ》
お前をぶち殺す以上に楽しいことか? 想像もできないな。
《一緒に手を繋いで散歩して、カフェで甘いパンケーキとコーヒーを楽しみ、家でいろいろなゲームをして遊び、そして化け物を殺す》
随分と物騒な単語が混じってきたな。
《要はボクに付き合ってくれたら化け物殺し放題のツアーに招待してあげるってこと。好きで好きでたまらないんだろう? 化け物をころすことが。化け物が悲鳴を上げるのが。化け物がのたうち回るのが。化け物に銃弾を叩き込むのが》
ああ。大好きだ。今の俺にはそれしかない。
《じゃあ、ボクと付き合ってよ。そうしたら化け物をもっともっともっと殺させてあげる。いい取引だとは思わない?》
それが誘惑というわけか?
《ふふっ。君も気づくよね、流石に》
くたばれ。
『振動探知センサーがワイバーンの移動検知。音響探知センサーも同様』
『迎撃準備。遮蔽物を確保しろ』
『了解』
化け物どもの足音が響く。地面を這いずるワイバーンほど惨めな存在もない。
『数12、いや13体。さっきのワイバーンとは色が違う』
『殺せ』
的矢は物陰から身を乗り出してワイバーンにたっぷりの銃弾をお見舞いする。
『ブレスが来る』
『退避』
ブレスは炎ではなく、冷気だった。一瞬で大気が凍り、白い凍土に変わる。
『クソッタレ。また新種か。ここにきてダンジョンの方も随分とサービスしてくれるじゃないか、ええ?』
『テンションがおかしいぞ、大尉』
『それは当たり前だ。新種の化け物を殺すのはいつだって楽しい。テンションが上がるってものだ』
ブレスの間隔を確かめ、肉薄してくるワイバーンを相手に銃弾をお見舞いする。口の中で冷気を蠢かせていたワイバーンが弾け、頭から氷のつららがいくつも突き出して倒れた。どうやらこの種のワイバーンは爆発する代わりにこうなるらしい。
『殺せ。殺せ。もっとだ。もっと殺させろ。俺の血を煮えたぎらせてくれ』
正確にヘッドショットを決めては遮蔽物に退避する。
『病気だぞ、あんた』
『世界が病気なんだよ。俺がひとりで正気を保っている』
ネイトが言うのに的矢がまたヘッドショットを決める。
だが、ワイバーンのうち1体が滑るように加速し、的矢の隠れてる遮蔽物に飛び込んできた。遮蔽物を乗り越え、ワイバーンが的矢を噛み殺そうとする。
『くたばれ、クソ化け物』
至近距離での銃撃。連射で5発ほどワイバーンの頭にぶち込む。
すると、ワイバーンは倒れた。死体は灰に変わっていく。
『最高にイカすな』
『食われかかった人間がいうことですか?』
陸奥が呆れたようにそう言いながら重機関銃でワイバーンを薙ぎ倒す。
『食われかかっていようが何だろうが、化け物が死ぬのは愉悦なんだよ。化け物が醜い面をより醜くして死んでいくのは最高だろ』
的矢は再び遮蔽物からヘッドショットを決める。
『クリア』
『クリア』
そして、数十分の戦闘で46階層は静かになった。
『これから先はどんな化け物が出ても驚けないな』
『ええ。あまり驚きたくはないですね。勘弁してほしいです』
『根性が足りないぞ、アルファ・ツー』
うんざりしたように陸奥が言うのに的矢がそう返した。
『大尉はまた“たくさんぶっ殺しましたで章”を狙ってるのか?』
『スコアはどうでもいい。殺すべきものを殺しているだけだ。連中はこの世界にとっての発狂の原因だ。排除されるべきだ。始末されるべきだ。撃ち殺されるべきだ。叩き殺されるべきだ。ぶち殺されるべきだ』
的矢はそう言って小さく笑った。
『ああ。クソの詰まった穴倉に飛び込んで、クソを片づける。なんともいい仕事じゃないか。これだけで給料までもらえるんだから最高だ』
『皮肉で言ってるんですか?』
『いいや。本心からそう思ってる。これからも化け物を殺す。殺し続ける』
クソどもをクソのように片付けてやる。銃弾で、爆薬で、あらゆる手段で。
そうすれば世界はもっとまともになるだろう? 狂った世界が少しは元に戻るだろう? 化け物を殺すのは純粋に楽しいだろう? ああ。そうさ。楽しいのさ。自分は化けも音どもを殺すのが楽しいんだと的矢は思う。
そんな彼の感情をナノマシンが抑えつける。兵士に必要なのは適度な緊張感と作られた殺意だけで十分だとでもいうようにして。
『残弾は?』
『ミュールボットのを使えばいけます』
『次の階層をクリアにしたら補給だな』
的矢はそう言った。
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