この先人類立ち入り禁止
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──この先人類立ち入り禁止
45階層。
『やけに外を飛んでいるワイバーンの数が少ないな』
『危ないところは抜けたってことじゃないのか』
『そこまで楽観的にはなれないな』
無性に嫌な予感がする。
《嫌な予感というのはどういう経緯で発生するんだろうね? 経験的なものから? それとも魂が何かを感じ取っている? 今日日黒猫が横切ったとか靴紐が切れたなんてジンクスを信じているわけじゃないだろうし》
きいや。学習的なものだろうな。最悪の状況の前触れってのは大抵同じだ。敵に抵抗がやけに弱いことや、普段とは違う時間帯に行動すること。前者はベトナム戦争中のテト攻勢などの前触れだったし、後者はUH-60輸送ヘリ──ブラックホークの墜落で知られるモガディシュの戦いの前触れだった。
《君たち軍人はたくさんの失敗をしてきた。そして、君たちはそれから学び取った。君たちのその学習能力こそが本当の人間の価値なんだろうね。ダンジョンが現れてからも、君たちはダンジョンについて貪欲に学習し、見事に成功を成し遂げた》
失敗学は同じことを繰り返さないための学問だ。軍事的失敗学は積み上げられ続けている。だが、それでも人は同じ間違いを犯すことがある。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶとは言ったものだ。自分のたかだが数十年の短い経験だけで物事が全て上手くいくと思うか? 一回成功したから次も成功するなんて保障はない。そういう保障が得たければ、先人が積み上げてきた失敗の歴史から学び取るべきだ。
《そして、それが嫌な予感の原因になる》
そうだよ。俺たちは賢者には程遠いが一応歴史について学んできた。こういう静けさは相手が戦力を温存しているということを意味する。敵は何か企んで戦力を温存しているならば、その戦力が叩きつけられる前に対応しなければならない。奇襲による突破か、あるいは撤退か。
《撤退しちゃうの?》
部下を無駄死にさせたくない。
《いつになってらボクに会いに来てくれるんだい?》
いつかな。
『アルファ・スリー。用心しろ。敵は戦力を集中させている可能性がある』
『化け物にそんな知能があるってのか?』
『化け物の脳みそが虫けらレベルでも、ダンジョンの方はそうでないかもしれない』
『……確かにな。ダンジョンって奴は悪意だけは満ちている』
信濃が用心して進み、マイクロドローンが周辺にセンサーを走らせる。
『わお。やべえ』
『畜生。なんだ、これは』
そして螺旋階段が途中で大きく曲がり、塔の内部に繋がったところで信濃と的矢が同時に呻き声を上げた。
『正真正銘のモンスターハウスだ。ワイバーンが60、いや70体はいる。これは流石に無理だぜ。おまけに中は広々とした開放的な空間と来ている』
『クソッタレ』
的矢が悪態をつく。
『この先人類立ち入り禁止って感じだな。どうする?』
『一度引き上げる。まだ時間はある。まだ時間はあるから大丈夫だ』
その時だった。モンスターハウス内のワイバーンたちが一斉に的矢たちの方向を向いた。何に気づいたのかは分からないが、間違いなく不味い。
『撤退、撤退。ネイト、俺とお前が殿だ』
『了解』
モンスターハウスからワイバーンが湧きだしてくるのに的矢たちは銃弾を浴びせながら大急ぎで撤退していく。火炎放射は頬を舐める距離で通り過ぎ、的矢たちは必死にワイバーンの追撃から逃れる。
43階層に入ってようやくワイバーンは追撃を止めた。
『畜生、畜生。死ぬかと思った』
『これぐらいでくたばってたまるか』
ネイトが毒づき、的矢がそう返す。
『しかし、どうするんです、ボス? あれじゃあ、通れませんよ』
『考えがある。こんなこともあろうかとな』
的矢はこういうこともあろうかと空軍の高性能爆弾を要求していたのだ。
『40階層に戻るぞ。連中を纏めて灰にしてやる』
そして、的矢たちは40階層へと一時帰還する。
「的矢大尉。トラブルか?」
「ええ。モンスターハウスです。かなりの規模の。高性能爆弾は?」
「届いているぞ。ローダーも一緒にな」
航空爆弾を輸送するのは6本の足と巨大な2本の腕を持った多脚運搬車であった。日本空軍などが採用しているもので、これにも第4世代の人工筋肉が使用されている。カーボンファイバーに覆われた姿からは分からないが、これも肉の塊なのだ。
「ローダーは借り物で?」
「ああ。ちゃんと返してくれと言われてる。もっとも作戦中にやむを得ず破壊される可能性があるとは伝えてあるが」
「結構ですね。こいつで一発ぶちかましてやりましょう」
日本空軍の500ポンド高性能航空爆弾。これ一発であのモンスターハウスの化け物を皆殺しにできる。
「ダンジョンの構造が破壊された場合は?」
「工兵の手を借りてでも前進しますよ。ご心配なく」
「それならいいが」
空軍の高性能爆弾はダンジョンの構造を破壊する恐れもあった。だが、的矢としてはそのような心配はしなくていいだろうと思っている。そう簡単に抜け穴が作れるほど、ダンジョンは軟にはできていない。
むしろ、頑丈過ぎて困るぐらいだ。まだ桜町ジオフロントの構造を留めていた上層ならともかく、完全にダンジョンに支配された下層ではどうあっても進むのに苦労するだろう。壁は抜けず、床は抜けず、正攻法で攻略するしかない。
それがダンジョンというものだと言ってしまえばそれまでだ。
信濃の言ったようにダンジョンは悪意だけはたっぷりと溢れるほどに満ちている。
「では、ローダーごと拝借します。返せる当てはありませんが」
「空軍の苦情には私が応じておく。君たちは最高の状況で戦ってくれ」
「感謝します、大佐」
「それは作戦が無事成功してからにしよう。ローダーが壊れて、作戦も失敗したら流石の私も困るからね」
「結果はお出しします」
「頼んだよ」
的矢は敬礼を送って指揮所から退室する。
「ボス、ボス。これで爆弾を運ぶんですか?」
「この手のローダーの操作はミュールボットと同じだ。指定された人員に自動的に随伴する。それから
「ほえー。これが爆発したらダンジョン吹き飛んじゃいません?」
「これぐらいで穴があけていれば苦労はしない」
恐らくは日本空軍のバンカーバスターMK.IIIでもあのダンジョンの構造は破壊できないだろう。ダンジョンの50階層にて待ち受けるエリアボスが倒され、正常化すれば話は別だろうが。
「さあ、この先人類立ち入り禁止なんてクソみたいな看板をぶっ立ててくれたクソ野郎どもを吹き飛ばしにいくぞ。派手にふっ飛ばして、お空に打ち上げてやる」
ローダーが航空爆弾を運び、的矢たちは再び45階層へと向かう。
43階層まで迫っていたワイバーンが既に撤退したかを用心深く確かめ、44階層に降り、そしてモンスターハウスの待ち構える45階層へと──。
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