亜竜の神殿
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──亜竜の神殿
44階層。
的矢の嫌な予感はどうやら当たりそうだった。
『目標視認。ワイバーン。数は20体以上。畜生、またかよ』
『どうやらここではこれが標準らしいな』
開けたギリシャの神殿のような構造の場所の内部にワイバーンが20体以上、外にも5体上のワイバーンが飛行している。
『意見具申します。今回は乱戦になると構造上、協力が困難です。重機関銃をリモートタレットモードにして注意を引きつつ、狙撃で1体ずつ確実に倒してはどうでしょうか?』
『悪くないアイディアだ、アルファ・ツー。時として攻撃は防御より困難だ。特に進撃路が制限されている場合においては』
攻撃側が自由に攻撃地点を選べる場合は、防衛側は攻撃側に主導権を握られることで不利になるが、防衛側が地形などを巧みに利用して攻撃側の攻撃地点を制限できる場合は、主導権を握っているのは防衛側だ。
この地形の場合、ギリシャ風神殿の柱がアルファ・セルの連携を阻害し、かつ進撃路を限定的にする。柱と柱で分断された状態で、火炎放射を受ければたちまち部隊は全滅だ。どうにかして、ワイバーンを神殿の外に釣りださなければならない。
『仮説の重機関銃陣地を作るぞ。使えそうなものを集めろ』
『了解』
瓦礫が積み重なる城塞の中で瓦礫を集め、重機関銃を守るようにして設置し、携行型の小型溶接機で瓦礫を組み合わせる。
出来上がった重機関銃陣地はなかなかのものだった。
『よし。ありあわせのものにしては上出来だ。後は釣りだすだけだな』
『この自動小銃って対物狙撃銃としても使えるんですか?』
『使えるだろう。バイポッドはないから精度は落ちるだろうが』
椎葉が尋ねるのに的矢がそう返す。
『始めますか?』
『ああ。始めろ、アルファ・ツー』
『了解。射撃開始』
陸奥の操作でM906重機関銃が重々しい銃声を放ちながら、ワイバーンたちに50口径ライフル弾を叩き込み始める。
弾丸が徹甲榴弾になったことの威力が即座に発揮された。重機関銃の銃弾はどこに命中しても、ワイバーンに打撃を与えた。手足が吹き飛び、腹部に命中すれば腹部が弾け飛ぶ。頭部に命中すれば即死だ。
この徹甲榴弾を人間を相手に使用した場合、人間の体もああなるのである。一時は国際条約で規制しようという動きもあったが、ほとんどの国がそっぽを向いたため上手くいかなかった。
そもそものところ、兵器の規制条約など持っていると負担が大きいから相手にも破棄して貰い負担を減らすことだったり、軍需産業が自社の“人道的”な新兵器を購入させるためのロビー活動だったりするのだから、まともに相手にするだけ馬鹿を見る。
人道的な兵器というのが、そもそも矛盾した言葉なのだ。兵器は人殺しの道具だ。そして、人殺しは人道的ではない。戦争は人道的ではない。
『撃て、撃て。釣りだせ』
『出て来ました。数は14、15体』
『全員狙撃だ』
ダンジョン内で狙撃など考えもしなかったが、いつの世にもおかしなことが起きるものだ。距離にしては600から700メートル。選抜射手の請け負う間合いだ。普通の自動小銃でも十分にまかなえる。もちろん、マークスマン・ライフルがあった方がいいが。
『こんにゃろー!』
椎葉が早速命中弾。ワイバーンの頭部が弾け飛ぶ。
だが、すぐにシャーリーが椎葉の上を行く。
彼女は1体、また1体、そして1体と瞬く間にワイバーンを仕留めていく。
『引け、アルファ・シックス。狙われているぞ』
ワイバーンの狙いが自分たちに無数の銃弾を浴びせてくる重機関銃から、シャーリーに移った。シャーリーの方が脅威だと見られたのだ。
『了解』
だが、ワイバーンたちにとって狙いを重機関銃からシャーリーに移したのは失敗であった。重機関銃は今も銃弾を叩き込んでいる。ワイバーンたちがなすすべなくなぎ倒され、徹甲榴弾が炸裂する。
そして、彼らが重機関銃を攻撃しようとすれば、再びシャーリーが正確無比な狙撃でワイバーンたちを撃退する。
もうどうしていいのかワイバーンたちは分からなくなり始め、むやみやたらに火炎放射を振りまくようになった。
だが、それも無意味であった。火炎放射は重機関銃陣地に命中せず、シャーリーたちにも命中しない。シャーリーは重機関銃陣地を攻撃しそうになったワイバーンを最優先で排除し、的矢の時と同じように炎を蠢かせていたワイバーンが途中で撃たれ、盛大な爆発を引き起こして倒れる。
一方的ともいえる虐殺が続き、ワイバーンが次々に殺され、灰が舞う。
シャーリーと椎葉はこの戦闘でそれぞれ9体のワイバーンを撃破した。
『クリア』
『クリア』
そして、シャーリーと椎葉の両名が制圧を確認する。
『やりましたよ、ボス』
『ああ。よくやった、アルファ・フォー。それからアルファ・シックスもな』
シャーリーは何も言わなかった。
『ボス、ボス。50階層を掃討したらまた焼肉に行きましょう!』
『ああ。制圧したらな』
そして、的矢たちが神殿の中に入っていく。
神殿の中には複数の人間の死体が転がっていた。ワイバーンはどうやら食事のためにここに集まっていたようである。
『生存者の希望はあるんでしょうか……』
『さあな。分析AIは生存者はいると踏んでいる。人間様より正確な結論を出すAI様のご神託だ。そいつが生存者はいると言っているんだから、要るんだろう。ダンジョンカルトである可能性が極めて高いがな』
死体に位置を戦術脳神経ネットワーク上の地図に記載し、的矢たちは死体の回収はブラボー・セルに任せて前進を続ける。
また似たような構造のエリアが現れたが、今度はワイバーンはいなかった。
『ダンジョンカルトだ』
血と肉で描かれた歪な形の魔法陣。何を意味しているのか分からない文字のような記号。見る者の正気を削るようなそれがあちこちに描かれている。この文様を描くために何人の犠牲者が出たか想像もしたくない。
《でも、君は大して気にしてやいないだろう? ダンジョンカルトが生贄で魔法陣を描いていたとしても、ワイバーンに生存者が食い殺されていても》
まあ、いちいち気にしていてもしょうがないからな。
《ああ。しょうがないさ。君のせいじゃない。ダンジョンなんてものが現れたせいだ。責任は発狂してしまった世界の方にある》
それは慰めのつもりか?
《純粋たる事実だよ。君に何ができた? 君の体はひとつしかなくて、日本中を飛び回っていた。彼らを助けることなんてできなかったさ。それが慰めだと思うならば思えばいいし、むかつくならむかつけばいい》
お前にしては随分と屁理屈じゃないな。
《ボクの言うことを屁理屈だと思っていたのかい? 酷いなあ。君のことをいつもボクは大事に思っていたのに》
くたばれ。
『前進を続けるぞ。アルファ・スリー。先頭へ』
『了解』
そして、信濃の先導で的矢たちは地下へ地下へと降りていく。
時折、外からワイバーンの火炎放射を受けては逆襲し、ワイバーンを撃墜しながら、着実に地下へと進む。
神殿をいくつも過ぎ去り、いくつもの死体の痕跡を見た。
それでも的矢たちは進み続ける。
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