補給と食事
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──補給と食事
的矢たちは螺旋階段を上り、40階層に戻る。
今度は羽地大佐からの呼び出しはない。が、的矢の方は話がある。
全員が荷物を下ろし、暇なうちに食事と睡眠を済ませる。
「機械化した体でも疲れるものなのか?」
ふうと息を吐いてネイトが的矢にそう尋ねた。
「当り前だろう。機械化しているのは部分的だ。機密情報なので全ては言えないが、心肺機能は機械化されていない。お前ら生身の人間と同じで、息は切れるし、心臓も激しく脈打つ。頭にだって疲労は貯まる」
「そういうものか」
「そういうものだ」
ナノマシンが可能な限り兵士の負担を軽減させ、継戦能力を高めてるとしても、軍はギリギリまでの能力の発揮を求める。新技術で40キロの荷物を走って運べるようになったならば、60キロの荷物を歩いて運ばせるのだ。
軍というのはどこもそうだがサディストな組織である。負担を理解していながら、極限を追及する。兵士にしても、兵器にしても。特殊作戦部隊なんていうのは特にその傾向が高い。ただの歩兵は代わりが利くのでローテーションさせられるが、特殊作戦部隊の代わりとなるものはそうそういない。
それがアルファ・セルがダンジョン撃破数においてトップクラスのスコアを稼いでいる理由でもある。アルファ・セルの代わりになる人員を教育し、運用するに至るまでは3年以上の年月がかかるだろう。必要な要素を洗い出し、マニュアルを策定し、人員を絞り込み、訓練を施し、実戦に投入するというのは金と時間がかかるのだ。
アルファ・セルの面々は的矢が集めた。既に訓練され、ダンジョンでの戦闘を経験し、その教訓を活かせる頭と体を持った人間を集めた。
だから、死なせたくない。
こうしている間にも体内循環型ナノマシンが疲労を回復させていく。戦闘前戦闘適応調整を受けて、かつナノマシンを脳に叩き込んだ特殊作戦部隊の兵士は、96時間ぶっ続けで戦えるそうだが、そんな末期的な状況はごめんだと的矢は思う。
「時間だ。羽地大佐に会って来る」
「了解です、ボス」
椎葉は戦闘糧食III型をもそもそと食べながら、ミネラルウォーターを飲んでいた。
「的矢大尉。何か要望が?」
「50口径の徹甲榴弾をください。なるべく派手に弾ける奴を。ワイバーンは急所以外、徹甲弾で撃っても戦闘力を削げません。徹甲榴弾なら、手足を引き裂いてやれるでしょう。そうすれば頭がどこぞのドラッグを使用した民兵並みに鈍感なワイバーンでも、パニックに陥るはずです」
「そして、パニックは君たちの勝利に繋がる、と。分かった。準備させよう」
日本陸軍の連絡将校に日本情報軍の兵站将校が話を通し、50口径ライフル弾の徹甲榴弾が準備される。これまでは焼夷徹甲弾しか存在しなかったが、軍が対物ライフルによる敵装甲車の完全な無力化──つまりはエンジンなどを潰すか、乗員を殺すか──を求めた時に50口径の徹甲榴弾が開発された。
折しも世界は電子励起爆薬の開発成功を始めとする爆薬革命時代にあって、50口径のライフル弾でも殺傷能力を有する徹甲榴弾は開発可能ということになった。
しかしながら、これまでも全く50口径ライフル弾の徹甲榴弾モデルがなかったわけではない。“Raufoss Mk 211”と呼ばれ、アメリカ軍の正式名称“Mk.211 Mod 0”と呼ばれる銃弾は徹甲榴弾だ。
だが、新しく開発された徹甲榴弾は威力が違った。装甲車両を貫通し、中の乗員を完全に殺傷できるだけの威力があった。日本国防四軍は富士先端技術研究所の開発したそれを49式
「ところで、的矢大尉。休憩は取れているかね? 丁度、野外炊具が運び込まれてね。君たちも戦闘糧食ばかりでは体調を崩すだろう。ブラボー・セルも今回はまだ出番がないから、一緒に食べてきてはどうだ?」
「了解しました」
「それから、一応聞いておくが徹甲榴弾だけで火力は足りるかな? そろそろ約束していた装甲戦力が到着する。困った時の60式強襲重装殻だ。君たちが進めるというのならば進んでもらいたいが……」
「今のところは火力不足は感じません。ただ、嫌な予感はしています。空軍の航空爆弾かそれに匹敵する爆薬は調達可能でしょうか?」
「可能だが、ダンジョンを爆破するつもりか?」
「ええ。迂回目的ではなく、突破目的で。空軍の高性能爆弾さえあれば十分です」
日本空軍の高性能爆弾は電子励起炸薬が使用されている。
電子励起爆薬を使えばTNT換算250キログラムの爆薬が、TNT125トンの威力に変わる。ダンジョンは相当派手に吹っ飛ぶだろう。
もっとも今の桜町ジオフロントが変質したダンジョンにおいては、ダンジョンの構造を破壊できるかどうかは分からない。
ただ、的矢はあの20体以上のワイバーンがモンスターハウスではないかもしれないという危惧を心のどこかでは思っているのである。
《本当にそれだけ? 派手に化け物を殺したいだけじゃないのかい?》
ああ。それもある。化け物が訳も分からず派手に死ぬのは楽しい。
《同意しよう。派手な殺しはエンターテイメント足り得る。古代ローマ人がコロシアムで派手な演出を工夫したように、ね》
そうとも。派手な死は悲劇であり、喜劇だ。殺される化け物にとっては悲劇だろうが、殺す側の俺にとっては喜劇だ。
《相も変わらずサディスト》
くたばれ。
「的矢大尉。爆薬は調達できる。それも装甲戦力より早く。空軍が在庫一掃処分セールをやりたがっているようでね。まあ、下手に爆弾を溜め込むとちゃんと動作するか分からない中古の爆弾が積み重なるし、来年度の予算は削減されるし、空軍としては消費したいんだろう」
「ありがとうございます、大佐」
「お礼は空軍に。では、食事を楽しんでいきたまえ。私は兵站将校と話し合うことがいろいろとある」
「了解」
的矢はそう言われて退室した。
『全員、聞こえるな。温かい飯が食えるぞ。集合しろ』
『了解』
的矢たちはそれから持ち込まれた日本陸軍の野外炊具装備で作られたカレーとサラダを堪能した。久しぶりの戦闘糧食ではない食事は温かく、美味い。戦闘糧食III型は論外としても戦闘糧食II型も作りたての料理に比べればそう美味いものではないのだ。
「あー。久しぶりに生野菜食べましたー。あー。カレーもお肉とお野菜ごろごろしてて、美味……。もう戦闘糧食III型なんて食べられませんよー」
「50階層を突破したら風呂と飯を改めて準備してやる。今は50階層まで突破するぞ」
「了解!」
椎葉が気合を入れ直し、全員が食事を終えた。
「あんたらの指揮官はいい人だな。部下のためにここまでしてくれるなんて」
「アメリカ軍だってこれぐらいはしてくれるだろう?」
「俺たちがダンジョンを攻略していた時は運ばれてくるのは弾薬と武器ばかりだったよ。『さっさとこれでダンジョンを片付けてこい』と言わんばかりにね」
「ふうむ。まあ、アメリカの本土攻撃もこれで3回目だしな」
的矢はネイトと当り障りのない話をして、徹甲榴弾が届くのを待った。
そして、到着した徹甲榴弾をマガジンに詰め込み、そのマガジンをマガジンポーチにたっぷりと収めると、ミュールボットにも詰め込めるだけ詰め込み、再びダンジョンに潜り始めた。
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