ダンジョン攻略の無人化の可否

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 ──ダンジョン攻略の無人化の可否



「問題は何故人間がダンジョンに潜らなければならないのかということです」


 ペンタゴンスタイルのスーツにスマートグラスをかけた男がそう尋ねる。


 彼の方を許可された端末で見れば影森薫国防省参事官と表示られていただろう。


「ドローンを使って攻略すればいい。UAV無人航空機も、UGV無人地上車両も我が国は装備しているだろう。攻撃能力もある。それなのに何故日本情報軍が特殊作戦部隊を地下に潜らせる必要があるのか」


「そのように大臣が尋ねられたのか?」


「私の個人的見解だ」


 影森の向かいには日本情報軍という秘密結社のボスである日本情報軍参謀総長──川内仙都日本情報軍大将が座っていた。


「ドローンではダンジョンは攻略し得ない。理由は4つある」


 仙台大将が話し始める。


「ひとつ。バッテリーの問題。既存のドローンは太陽光で発電することを考えて作られている。太陽光がなければドローンのバッテリーは最大で48時間しか持たない。それも消極的な行動をした場合で、化け物が蠢くダンジョン内では24時間だろう」


 バッテリーに関する技術力は格段に向上したが、それでも24時間が限度。


「バッテリーを交換するドローンも作れなくはないだろう。だが、それでも48時間。そして、バッテリーを交換するドローンにも何らかの形でバッテリーを持たせないと、バッテリーを交換するドローンのバッテリーを交換するドローンが必要になる」


「電波送電は?」


「地下深くに対して? 電波送電は確かにドローンの作戦能力を向上させるが、それはドローンが何の障害物もない上空を飛行している場合のみだ。地下の入り組んだ地形で電波送電は無理がある」


 物わかりの悪い学生に対して講義するように川内大将が語る。


「それから通信ラグの問題。ダンジョン内のドローンと通信するのにはラグがあるのが分かっている。最大で10秒のラグが生じる。戦場の10秒というのは致命的なものになる。そして、我が国は自律型致死性兵器システム規制条約──通称ミュンヘン条約に調印しているため、ドローンに勝手に引き金を引かせるわけには行かないし、我々はそのようなドローンを配備していない」


「AIによる補助は?」


「AIが補助したところで、ドローンからの連絡が遅れれば一緒だ」


 影森はそう言われて唸った


「そして、関係するのは操作性の問題。ダンジョン内には沼地であったり、茂みであったり、UGVの運用に適さない地形が存在する。それでは飛行するドローンはと言えば、ダンジョン内の狭さに困らせられるだろう。ダンジョンのような通信にラグがあり、そして特殊な地形でのドローンを運用できる人間がごく限らている。eスポーツ選手を雇う必要があるだろう」


 馬鹿にするように鼻を鳴らす川内大将。


「最後に武器の火力不足。ミュンヘン条約に調印してから我が国には高火力を有するドローンは戦術級大型ドローンぐらいになった。もちそん、そんなものはダンジョン内で運用できない。小型の飛行型ドローンにしたところで5.56ミリの豆鉄砲程度で、もっと高火力となるとUGVの短戦車ロケット弾の発射プラットフォームがあるものぐらいだ。それも、やはり人がUGVを目視できる範囲での運用を想定している」


 以上の4つだと仙台大将は語った。


「戦場から歩兵が姿を消して全てがロボットになるのはまだ先の話だ」


「なるほど。では、尋ねるが熊本ダンジョンに日本情報軍の部隊が投入されたのも、その必要性のためだけなのだね?」


「何が言いたい」


「日本陸軍を日本情報軍が締め出したのは分かっているんだ。私は陸軍に多くの友人たちがいるから分かるのだが。彼らは熊本ダンジョンの攻略に圧力がかかったと証言してる。事実だろうか?」


 影森がそう尋ねる。


「あり得ない。我々のチームが最善だったから選ばれただけの話だ。陸軍の僻みを真に受けるものではない」


「“グリムリーパー作戦”において日本情報軍はどのようなことを考えている?」


「それについては共有している通りだ。我々の利益は日本国の利益」


「日本情報軍のための日本国か。悪しきプロイセン的体質だな」


 日本情報軍は常に自分たちの利益は日本国の利益になるという。


 軍隊が国家を有している。その悪しきプロイセン的体質については国防関係者からも器具する声が上がっていた。まして、今や日本情報軍は日本情報軍情報保安部という秘密警察まで有しているのだから。


「何とでも言うといい。我々は決められたことを淡々と遂行しているだけだ。そして、影森参事官。君こそ陸軍とこそこそと何をやっている? 富士先端技術研究所まで巻き込んで大がかりなことをしているようではないか。言っておくが、我々が、第777統合特殊任務部隊こそが任務を遂行すると決まったのだ」


 余計なことはしないでもらおうと仙台大将は述べた。


「バックアッププランは常に必要とされているだろう。あなたのご自慢の“迷宮潰し”チームがしくじる可能性もるわけだからな。バックアップはあるに越したことはない。同盟国もこちらに探りを入れていることを考えても」


「アメリカ情報軍か」


「あなたが彼らを受け入れたのは意外だったがね」


「政治的判断だ。我々が決めたわけじゃない」


 少なくとも私は反対したと仙台大将は付け加えた。


「政治的判断を左右しているのはあなた方ではないのか」


「シビリアンコントロールのルールを破った覚えはない。日本情報軍情報保安部は必要な仕事をしているだけで、政治家やマスコミを脅迫するために存在しているわけではないと言っておこう。我々は常にこの日本国を守ろうとしている」


 被害妄想じみた考えの日本情報軍情報保安部もか? と影森は尋ねたくなったが、止めておいた。彼らは自分たちに逆らう人間は全て日本国の敵だと思っている。確かに政治家にも、マスコミにも売国奴と呼ぶに相応しい人間はいたが、日本情報軍情報保安部のやり方は行き過ぎている。


 日本情報軍情報保安部を疑っただけで愛国者でなくなるなど、どう考えても異常だ。


「では、お聞きするが、第777統合特殊任務部隊が失敗する可能性は?」


「ほぼあり得ない。彼らに攻略できないダンジョンがあれば、そのダンジョンは事実上攻略不可能だと思っていいぐらいだ。熊本ダンジョンだろうと彼らは攻略するだろう」


 熊本ダンジョン。日本におけるラストダンジョン。


 そして、世界で最初に誕生したダンジョン。


「そうであることを祈りたいですな」


「祈る必要はない。彼らは常に任務に忠実かつ非凡な才能を示す。彼らに任せておいて、問題はない。誰かが妨害行為に及ばない限りは」


 そう言って川内大将はじっと底の見えない目で影森を見つめた。


「妨害はないだろう。失敗の傾向が見られない限り。第777統合特殊任務部隊が失敗する可能性を示すならば、主役は交代だ」


「結構。それに異論はない。好きにされるがいいだろう」


 影森は現地を取ったと思いつつ国防省の日本情報軍参謀本部を出た。


「八月朔日(ほずみ)中将。予定通りだ。我々の“迷宮潰し”チームを準備させておいてくれ。日本情報軍は主役の交代に同意した。ああ。彼らがしくじれば直ちに我々の出番だ。機を逸さぬよう、準備を」


 影森はスマートフォンでそう話す。


 だが、その通信も日本情報軍によって傍受されていた。


「陸軍が介入してくる可能性がある。迅速かつ着実に任務を進めたまえ、羽地大佐。我々は君の部隊に期待しているのだ。“グリムリーパー作戦”の失敗は許されない。必ず我々の手で成し遂げなければならない」


 そして、仙台大将が羽地大佐に告げる。


 彼らが固執する“グリムリーパー作戦”の全容が分からないままに。


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