拡張された世界
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──拡張された世界
スタンシェルは確かに武器弾薬庫に存在した。
12ゲージの散弾銃に装填可能なもので、このスタンシェルは一種のスタンガンである。銃弾に電力が込めてあり、先端の電極が相手に触れるとそれによって相手に電流が流れる。ただし、射程距離は制限される。
当然だろう。射程距離が長いならば、スタンシェルが相手を貫いて進んでしまうことも考えられるのだ。それでは非殺傷兵器として成り立たない。よって射程は40メートルから70メートル間で調整される。
日本陸軍はこれをダンジョンカルトの制圧のために準備していたようだが、なんとも皮肉なことにスタンシェルはダンジョンカルトには使用されず、化け物を相手に使われようとしている。
スタンシェルは一発で成人男性をノックアウトできるだけの威力がある。それだけ威力があれば十分だ。
「俺と信濃で持っていく。信濃、散弾銃とスタンシェルを持っていけ」
「了解。スラッグ弾や散弾は?」
「そうだな。スラッグ弾なら持って行ってもい」
「そうでなくっちゃ」
「だが、スタンシェルがメインだぞ」
的矢は信濃にくぎを刺し、自身の装備を整える。
「それで、准尉。例のアプリとやらについて聞かせてもらっても?」
「ええ。民間のアプリですが、電気の流れを可視化できます。主に電化製品の整備や各種メンテナンスに使用されていたものですが、陸軍の工兵も使っています」
「なるほど。だが、まずは許可が必要だな。羽地大佐にアプリの使用許可を求めよう」
的矢たちの軍用
ただし、この防壁も自分から門を開いてしまえば無意味だ。
確かに防壁を突破しても防衛エージェントやブラックアイスがうようよしているが、それでも防壁の内側に入られるのは危機的だ。
だから、民間のアプリを軍の使用するAR──というよりも戦術脳神経ネットワークに入れるのは問題になるのである。トロイの木馬という可能性も考えられるのだから。
安全性が完全に保証されたうえで、インストールしなければならない。
「ふむ。電気を流してウォーキングツリーの魔石の位置を探る、か」
羽地大佐はうんと悩む様子を見せた。
「まあ、アメリカ情報軍も気づいているのだろう。そこは問題にならない。件のアプリについてはしっかりと調べた上で導入の可否を決めよう。それでいいかい?」
「はい、大佐」
「じゃあ、少し待ってくれ。電子情報軍団の方で調査する」
2時間ほどで検証は終わると言われて、的矢たちはその間待機することになった。
「ARアプリか」
ARにもOSがあってアプリがある。
日本国防四軍の使用しているOSは独自開発された“WatchWar”というもので、軍用の多層性の量子暗号化されたものが組み込まれている。アプリもほぼ全て日本国防四軍が独自開発したものが使用されている。
民間のOSは大手IT企業製のものがいくつかある。まあ、性能は似たり寄ったり。目新しい要素は特にない。
この手の技術は軍が保守的になり、遅れた世代の技術を取り入れるものだが、日本国防四軍は最新のテクノロジーを利用している。戦術脳神経ネットワークがいい例だ。あそこまで情報を共有するようなシステムを民間では取り入れていない。
大手SNS運営企業の“パンデモ”がAR向けのSNSサービス“グリモワールAR”を開発しているが、既存のSNSサービスとARをどう結びつけるかで悩んでいる。
そして、ARはスマートフォンを無用とはしなかった。というのもARでは写真撮影が難しいのだ。被写体をズームしたり、ライトを当てたりすることがほぼ不可能だ。それ故に人々は既存のスマートフォンとARを組み合わせて生活している。
ARは文字通り人々の生活を拡張した。民間では軍のように脳にナノマシンを叩き込むことはないが、スマートグラスという眼鏡を利用してARのサービスを利用している。
ARのサービス。ネットサービスほぼ全般。ARで相手に通知を送れば、スマートフォンのように見過ごされることはない。ARは宣伝広告のあり方も変えた。今やARで店の映像を移せば、評価が表示されるし、その店の売り出しているものについての情報も入手できる。それでいて店側は物理的な広告を設置せずともいいので費用が浮く。
もちろん、全員がこの新しい世界を受け入れたわけではない。中にはARは資本主義的過ぎるとして拒絶する人たちもいた。ARは政府が国民を洗脳するための道具だという陰謀論を唱える人間もいた。
だが、世界は拡張し続けている。
観光サービスも、宅配サービスでも、工業分野においても、あるいはスマートフォンのように迷惑を掛けないので映画館でのサービスでも。そして、もちろん、軍事利用という点においても。
「的矢大尉。アプリの使用を許可する。安全だという評価が出た」
「了解」
軍から配布されたアプリを全員がインストールする。
「これで準備万端だな」
「ええ。これでウォーキングツリー対策はできるはずです」
的矢はアプリを通じて世界を見てみる。
あらゆるところに電気が流れている。通信機器、医療設備、照明器具。
そして、的矢自身を見る。
彼の体自身は何も映さない。だが、この体でも神経系が電気を使ってネットワークを組織し、体の余剰なエネルギーを使ってナノマシンどもが蠢いている。
ラルヴァンダードを見る。何も映らない。
こいつがシジウィック発火現象から得られる存在ならば、何かしらの反応があってもおかしくはないはずなのだが。
《何か期待した? そのARって玩具でボクのことを理解できるようになると思った? そんなことをしなくたって、ボクたちは言葉でコミュニケーションできるんだ。お互いのことを言葉で理解しようじゃないか》
化け物が。
《そう、ボクは化け物だよ。君の大嫌いな化け物だよ。だけど、言葉で分かり合えるならばそうするべきだ。だろう?》
お前のことなどどうでもいい。
《敵を知り、己を知ればなんとやらというじゃないか。まずは君にとっての敵についてしらないと。ボクは君のことを敵だとは思ってないけどね》
どうだろうな。お前は俺の一部になったのかもしれない。
《本当? 本当にそう思った?》
思うわけないだろ、クソ化け物。
《酷い奴》
ざまあみろ。
「全員、アプリは行き届いたな? 相手は木材だが、水分を含んでいる。完全な絶縁体にはなり得ない。電気を通すはずだ。そして、電気が行きつく先が、魔石だ」
「まるでゲームみたいだな。Aボタンでスタンシェルを発射。矢印ボタンで装備を入れ替えて、敵の魔石を射撃して撃破ってな。まるでガキの頃に遊んだゲームみたいだ」
「ゲームと違うのはリトライはできないってことだ。くたばったら、それで終わり。コインを入れてくれる親切な奴はいない」
「だな」
信濃がスタンシェルを装填する。
「では、行くぞ。リベンジマッチだ」
的矢はそう宣言して、部下を連れて攻略が進んだ35階層を目指した。
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