報告

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 ──報告



 20階層に戻るとさっそく羽地大佐からの呼び出しがあった。


 的矢は陸奥たちに装備を解いて待機しておくように命じ、自分はそのまま指揮所に向かう。まだ戦闘後戦闘適応調整を受けていないので、戦場の空気を放ったままだ。


「的矢大尉。よく来てくれた。今回はレッド・ヴィクターを相手に勝利したと言うことで間違いないのだね?」


「ええ。レッド・ヴィクターです。それから吸血鬼とゾンビとダンジョンカルト」


 羽地大佐が尋ねるのに、的矢がそう返す。


「レッド・ヴィクターはどのように?」


「椎葉軍曹が祝詞を上げて、目標の心臓を撃ち抜きました」


「祝詞か……。ふうむ。ダンジョン内で世界が発狂する前の、ダンジョンが存在する前の宗教的儀式が効果を発揮することは私も把握していたが、レッド・ヴィクターを相手に椎葉軍曹の祝詞が通じるとはな」


「レッド・ヴィクターは祝詞を唱えだした時点で逃げ出そうとしていましたよ」


 オカルトも存外馬鹿にならないものですと的矢は言った。


「神道は真っ当な宗教だ。オカルトではない。とは言え、それが効果を発揮する場合は何と言っていいのか……。実利を伴う宗教的行為? そんなところだろうな。スピリチュアルな事象は信じる人、信じない人と考え方は自由だったが、どうやらダンジョンでは信じた方がよさそうだ」


「しかし、今のところ効果を発揮するのは椎葉軍曹が唱えた場合のみです。我々では恐らく効果は期待できないでしょう」


「椎葉軍曹は神職の家系だとは聞いているが。それが理由かな?」


「それ以上に信仰心が大事なんだと思います。我々は心のどこかでは神を信じていない。大佐もそうじゃないですか?」


「確かにシジウィック発火現象という魂の存在を見つけてからというもの、人類はより信仰から遠ざかった。魂は地獄に堕ちるでも天国に上るのでもなく、実に科学的に失われる。魂が熱力学第二法則に従っていると分かってからは、神を信じろという方が無理だ」


「だけれど、ダンジョンの存在がそれを一変させた」


 的矢は戦術脳神経ネットワークからデータベースを検索し、アンデッド系モンスターを羅列する。


「ゴースト、ゾンビ、吸血鬼、レッド・ヴィクター、グレイ・ゴルフ、バイオレット・リマ、ブラック・デルタ。こいつらには特殊装備か、椎葉のような聖職者が必要です。だが、従軍司祭がいない日本情報軍においてはそれを調達するのは困難」


「だね。今から聖職者に銃の撃ち方やCQB近接戦闘について教えている暇はない。ダンジョンの存在は脅威だ」


「上にもそう報告したのですか?」


「したとも。彼らがどう受け取ったかについては想像に任せるがね」


 恐らくはまともには受け取らなかったのだろう。


「私としても“グリムリーパー作戦”には反対だ。だが、上がやれというのは一介の大佐風情に過ぎない私が止められるはずもない。すまないが、任務を遂行してくれ」


「了解」


 話はこれで終わりかと的矢は思った。


 なんてことはない。信仰心を持った人間だけが、アンデッドを殺せる。だが、魂すら殺す銃弾が開発された今、本当に神などいるのかと疑ってしまうのは当然のこと。


 相矛盾した状態の中で、化け物を殺すことを目的とした第777統合特殊任務部隊特別情報小隊アルファ・セルは、化け物を殺すために、全ては化け物を殺すために、リソースを雪ぐというだけだ。


「それから上官として一応聞いておきたいのだが」


「なんでしょう?」


「彼女はまだ見えるのか?」


 ラルヴァンダードはくるくると踊るようにして軽やかにステップを踏みながら、的矢の周りを回る。


「ええ。見えていますよ。ですが、任務に支障はありません」


「本当に支障はないんだな」


「あったらどうするんです? 軍病院にでも叩き込みますか? そして、脳の写真を腐るほど撮ろうっていうんですか?」


「そんなことは言っていない。ただ、支障があるならば、こちらとしてもそれを踏まえたスケジュールを立てるだけだ。君を、貴重な“迷宮潰し”の指揮官である君を任務から外すことなどあり得ないよ」


「なら、以上ですね」


「ああ。以上だ」


 どいつもこいつも俺のことを狂人扱いかと的矢は内心で愚痴る。


 狂ったのは俺じゃない世界の方だとも。


《君は実際のところ、どこまで本気で自分は正気だって信じているんだい?》


 どこまでも、だ。


《なら、ご愁傷様。君に対する世間の評価は“イカれている”だよ。良くも悪くもね。君の部下たちだってよく言っているじゃないか。君のことをイカれているって。もしかして自覚がなかったわけじゃないよね?》


 俺がイカレてるのは化け物を殺している間だけだ。それ以外はまともだ。


《へえ。ジギルとハイドのような?》


 俺はそこまで乖離していない。


《じゃあ、君はすぐ傍に狂気を抱えているということだ》


 クソくらえ、クソ化け物。


《分かってる。分かってるよ。ちょっとしたジョークさ。君が正気であることをボクが保障してあげよう。君は正気だ。驚くほどに正気だ。狂っているのは世界の方。世界が発狂した。ダンジョンなんてものを皆が平然と受け入れている。どうかしているよね?》


 ああ。そうだな。どうしてこんなものが受け入れられたんだ?


《人間は適応する。これまでずっと適応し続けてきた。どんな大地震が起きても、戦争が起きても、核爆弾が爆発しても、人間は適応し続けてきた。問題に対するアンサーを常に出し続けてきた。ダンジョンが出現した? なら、ダンジョンのある世界に適応しよう。アンデッドがいる? なら、聖職者を使おう。そんな具合にさ》


 進化の歴史って奴か。人間は生物学的にはもう進化できないが、科学技術によって疑似進化する。俺の両手足を構成している人工筋肉のように。脳に叩き込んだナノマシンのように。そして、ダンジョンの出現はある種のパラダイムシフトだ。これまでは科学とは思われていなかったものすらも、今や科学の対象だ。宗教的儀式、魂、オカルト。


《そう。進歩し、適応する。いずれ世界は君が正気だと言うことをはっきりと認めるだろう。彼らが悪魔という存在を正しく認識し、それを科学というレンズを通じて見つめるならば。彼らは君とボクの関係を科学的に解明してしまうだろう》


 嫌そうな言い方だな。


《特別な人との関係を化学式や数式で表されたくはないだろう?》


 俺は表してほしいがな。


《本当に君って酷い奴だよね》


 言ってろ。


「ボスー! 休暇、もらえました?」


「ああ。聞いてくるのを忘れていた」


「ボスー! たまにはダンジョンの外で食事がしたいんですよ!」


「分かってる。AR拡張現実で羽地大佐にメッセージを送るから待ってろ」


 椎葉が騒ぐのにARで的矢が羽地大佐にメッセージを送る。


「休暇の許可が出た。工兵が30階層に拠点を築く2日間は休暇だ。好きに外で飯食ってこい。ただし、特殊作戦部隊のオペレーターであることには気づかれるな」


「了解」


 どうせ日本情報軍情報保安部の連中が見張っているだろうがと思いつつも、自分たちは特殊作戦部隊というプロとして、その身分を悟られない程度の注意はしなければなるまいと的矢は思った。


《君もどこかで羽目を外すのかい?》


 このクソみたいな田舎でか? 俺はここの生まれだが、良かった点と言えば東京みたいにゴミゴミしていない点ぐらいしか上げられないぞ。


《そう言って実は故郷を愛しているんだろう?》


 どうだろうな。


《両親は?》


 母親がまだ生きてる。とはいっても、今どうなっているかは知らないがな。母親はホームにいて、面倒は俺より稼ぎのいい小児科医の妹が見ている。


《会いに行けば?》


 ごめんだね。


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