束の間の休息
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──束の間の休息
的矢は特に外出するつもりもなかったが、椎葉たちがどうしてもと誘ったので焼き肉屋に行った。皆、軍人なのでよく食べる。それに軍の基地内では酒は一切飲めないが、外なら自由だ。椎葉は酒に弱いくせに、飲みたがるのが困りものだった。
「この焼酎美味しいですねー、ボス!」
「飲みすぎるなよ。体内循環型ナノマシンに負担がかかると、毒素などが分解されなかったりするからな。2日後に潜る場所に毒を撒き散らす奴がいないとも限らんのだ。ほろ酔い程度にしておけよ」
「了解!」
どう見ても椎葉はほろ酔いではなかった。
「で、どうしてお前らがついてきているんだ、
「バーベキューはみんなでやるものだろう?」
「これは焼肉だ」
「何か違うのか?」
ネイトとシャーリーも加わっていた。
「はあ。そこまで俺たちの跡を付けて来て、何が知りたい?」
「友好を深めたいだけだ。部隊の結束は勝利への道だろう。どうも俺とシャーリーはまだあんたのチームに馴染んでない気がしてな」
「永遠に馴染まないだろうさ」
「そういうなよ」
個人としては悪い奴らではないのだろうが、アメリカ情報軍という組織は信頼できない。似たような組織である日本情報軍が多くの組織で信頼されないように。
「あんたらは最深部ボス69体撃破だろう。凄いチームじゃないか」
個室ではあるが、盗聴の可能性からダンジョンという言葉を使わずに話している。
「あんたらの実績は?」
「12体。どれも低層のものだ。大した成績じゃない」
的矢はその話を聞きつつ戦術脳神経ネットワークにアクセスし、ネイトの情報を検索する。日本情報軍は受け入れ前にネイトとシャーリーについて調べたらしく、情報が残っている。12体のダンジョンボス撃破。それがオフィシャルレコード。嘘ではないようだ。
「あんたらも俺たちと同業だから分かると思うが6名ってのは面倒な数字だ」
「理解してる。理想は4名。それか8名。6名は中途半端だし、別行動もしにくい」
「理解したうえで割り込んだ、と」
「そっちのノウハウを学ばせてもらうためだ」
ノウハウ、かと的矢は思う。
それなら日本より大量のダンジョンが発生したアメリカの方がデータベースに大量にデータがあるはずだ。わざわざ日本に来る必要はない。確かに的矢たちはダンジョンボス撃破数においてはトップクラスだが、ひとつの部隊のデータだけを参考にするより、幅広い部隊のデータを参照する方が有効だ。
よって、ネイトは嘘をついている。アメリカ情報軍の任務はノウハウを学ぶことなどではない。恐らくは世界最初のダンジョン熊本ダンジョン、そしてダンジョンマスターに関する情報を入手しに来たと見るべきだろう。
《邪魔なら殺しちゃえば? 君は邪魔なものは全て殺してきただろう?》
うるさい。
ラルヴァンダードは的矢の背中から抱き着いている。冷たさも、温かさも感じないが、確かにそこにいるという感触は感じる。それならば絞め殺すこともできるのではないかと思うが、それが上手くいったことはない。
「ノウハウは単純だ。化け物を見つける。銃弾を叩き込む。進む。以上だ」
「そんなに単純じゃないだろう?」
「単純だ。単純すぎるぐらいだ」
的矢は焼き上がった肉を食べ、ビールを飲み干す。
「追加、頼むぞ。何か食いたいものがある奴は?」
「お肉盛り合わせと焼酎同じ奴で!」
「飲みすぎだぞ、椎葉」
「えへへ。お酒飲むの久しぶりですからあ」
「全く」
しかし、特殊作戦部隊だとバレないように警戒はしていたものの、今の熊本ダンジョン傍で営業している飲食店は軍人の客ばかりだった。
熊本ダンジョン攻略作戦には大量の日本情報軍と日本陸軍の部隊が投入されている。日本陸軍は工兵だけで1個大隊1000名規模。それが中隊ごとにローテーションで任務に当たっているので、休暇を与えられた日本陸軍の兵士たちが飲み食いに来る。
まあ、これだと目立たなくていいかと的矢は思った。
「ミズ椎葉。あの呪文には何て意味があったんだ?」
「あれは祓詞って言って、神事の前には必ず唱えられるものなんですよ。伊邪那岐神が黄泉から帰ってきて、身を清めるとか確かそういう意味でしたあ」
「神道か。神道は興味深いな」
どの宗教がアンデッドに一番有効かというのを確かめようとする人間はいない。余計な火種になるのが目に見えているからだ。とにかく、神を、神秘的な上位者の存在を信じているという信仰心こそが武器になる。ラルヴァンダードはそう言っていた。
空飛ぶスパゲティモンスターのように既存の宗教を茶化したり、クトゥルフ神話のように明らかなフィクションであるものは恐らく効果はないだろう。
いや、ダンジョンが現れる前は神道も、キリスト教も“よくできたフィクション”だったのだ。それがダンジョンの出現で意味を持つようになった。そう考えると基準はあいまいなものに変わる。
かつて、的矢は神を信じていなかった。そんなものくだらないとすら思っていた。
だが、今は神を信じている。自分にまとわりついているこのクソ悪魔を剣を持った天使がぶち殺してくれることを祈っている。
あるいは八百万の神々がこいつをあるべき場所に祓ってくれることを。
それでも、真剣に儀式を行ったりするわけじゃない。確かにラルヴァンダードに憑りつかれたときは様々な儀式を試みた仏教、神道、キリスト教。思いつく限りのことはして見た。だが、効果はなかった。
やはり銃弾こそが全てを解決するのだと思わざるを得なかった。
ダンジョンをこの世から消滅させる。
だが、“グリムリーパー作戦”がある。
それが問題だ。
羽地大佐も、北上も、誰もが不審に思うあの作戦があるのだ。
「そう言えばボスって独身でしたっけえ?」
「そうだが。俺は自分の人生に忙しくて他人の面倒を見るのは軍隊で部下の面倒を見てやるのが精いっぱいだったよ」
「軍にいると出会いがないですもんねえ。同じ軍人同士じゃ付き合えませんし。今度、合コンやりましょう。合コン!」
「酔いすぎだぞ、椎葉」
もう椎葉は顔が真っ赤になっている。
「大尉。次は何が出ると思う? ダンジョン四馬鹿、ミノタウロス、グラーフ・ゴルフ、アンデッド、レッド・ヴィクター。その次は?」
「さあな。そもそもこのあれは最下層が何階層かすら分からない。暗中模索だ。何が出てもいいように備えておけ」
「了解。スリルがあっていいね」
「くだらん。スリルを軍事作戦に求めるな、曹長」
信濃も酔った様子で尋ねるのに、的矢が毒づく。
「とにかく、無事に終わらせたいですね。今のところ、うちのチームで犠牲者はいませんが、これからどうなるのか分かりませんから」
「そうだな。大佐はその点を分かっている。急かしてはいない。あの人は慎重だ。今度も準備を万端に整えてくれるだろう。それだけは信頼していい」
車を運転することになっている陸奥だけは素面だった。
「お肉とお飲み物の方、お持ちしました」
「待ってました!」
その日は遅くまで飲んで食べてが続いたが、椎葉が提案した朝までカラオケには誰もついていかなかった。
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