祝詞
……………………
──祝詞
「掛けまくも畏き、伊邪那岐大神」
椎葉が祝詞を上げ始める。
「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、禊ぎ祓へ給ひし時に」
真祖吸血鬼が何かを悟ったのか椎葉から距離を取ろうとするが、銃弾の嵐で釘付けにされる。ダンジョンカルトは全滅。吸血鬼は全滅。残るはどこからか湧いて来たゾンビだけだ。それに向かって重機関銃が50口径のライフル弾を叩き込む。
「生り坐せる祓戸の大神等」
真祖吸血鬼が見るからに怯えてる。初めての反応だ。
「諸々の禍事、罪、穢、有らむをば」
逃げようとする真祖吸血鬼に的矢たちが銃弾を浴びせ掛ける。お神酒で祝福した退魔の銃弾が真祖吸血鬼を貫いていく。本来は効果がなかったそれが、真祖吸血鬼にダメージを負わせることに成功し、真祖吸血鬼が怯む。
「祓へ給ひ清め給へと」
ネイトは椎葉の姿を見て驚いていた。頼りなく見えた椎葉が、今は神秘的にすら見える。彼は根っからの無神論者で宗教など馬鹿らしいと思う性質だったが、今だけは神の存在を信じざるを得なかった。
「白すことを聞こし召せと」
真祖吸血鬼がついに怯み状態から逆襲へと移り、椎葉に向かって突撃する。
的矢たちは火力を集中するが止められない。
「恐み恐みも白す」
そして、銃弾が放たれた。
銃弾は真祖吸血鬼の心臓を貫き、そして回復させなかった。
真祖吸血鬼は椎葉まであと一歩というところで倒れ、灰に変わっていく。
同時に無数に群れていたゾンビたちも一斉に倒れる。
『クリア』
『クリア』
30階層のエリアボスが倒され、ダンジョンが正常化していく。
『よくやった、椎葉。お前がMVPだ』
『バイトしてて辛うじて覚えてた祝詞だけで、あんな化け物を倒せるなんて本当にどうかしてますよ。おかしな感じです』
『倒せたならそれでいいだろう』
はあと的矢がため息を吐く。
《倒せたね。ボクの言った通りだっただろう?》
ああ。お前も珍しく役に立ったもんだ。
《崇める神が重要なわけじゃない。信仰心が大事なんだ。アンデッド相手にはね。神を信じている。神秘的な上位存在を信じている。心の底から敬意を払っている。そうすれば、アンデッドは殺せる》
俺たちには椎葉ほどの信仰心はないってわけか。
《彼女は特別でもある。確かに神職の家系に連なり、それでいて軍人として穢れを得てきた。だが、彼女は実家でそれを祓ってきた。彼女は君たち人殺しの集団の中にあって、美しく咲き誇る一輪の花のようだよ》
随分とポエミーだな。悪魔でも詩的な気分になったりするのか?
《当然。ボクらの情緒は人間と変わりない。君たちだって悪魔みたいに人殺しが楽しくてしょうがないときがあるだろう?》
クソ化け物。
《そのクソ化け物に君は助けられたんだよ?》
ああ。そうだな。クソッタレ。恩を売っておいてどうするつもりだ?
《いつか返してもらう。いつか、ね。ボクは取り立てるのは得意じゃない。君の方から差し出してくれることを願っているよ》
くたばれ。
《あの巫女さんに祓ってもらう? 無駄だよ。ボクらはアンデッドでもないし、鬼でもない。しいて言うならば旅行者だ。人々が国から国へ旅するように、ボクらは世界から世界へ旅をする。今回はたまたまここだった》
そうかい。ビザは切れてないだろうな? 入国管理局に通報するぞ。
《酷い奴》
そうだよ。
《けど、昔より会話してくれるようになったね》
お前が昔よりうるさくなったからな。このダンジョンに何かあるのか?
《もうヒントは与えているよ》
くたばれ、クソ化け物。
『アルファ・リーダーより全員。戦闘終了だ。20階層に帰還する。後は20階層で工兵が30階層に拠点を築くのを待つだけだ』
『了解』
的矢の言葉に陸奥たちが頷く。
『しかし、何なんでしょうね、吸血鬼っていうのは。俺と信濃は第5世代の軍用人工筋肉を使っていますが、それを上回る速度で行動し、レッド・ヴィクターに至っては体が霧になると来たもんです』
『化け物は化け物だ。そして俺たちは殺し屋だ。化け物を殺すのが仕事だ。どんな方法だろうと、化け物を殺す。それだけの話だ』
とは言え、レッド・ヴィクターは確かに骨が折れるがと的矢は陸奥にこぼす。
『引き上げようぜ、大尉。死体がいつまでも視界にあるんじゃ落ち着かねえ』
『貴様、それでも軍人か? だが、確かに一般市民の死体があるのは落ち着かないな。ブラボー・セルに生存者の救助と撤退支援を要請して引き上げるか。上がるぞ』
それから的矢たちはブラボー・セルと合流する。
北上がやってきてダンジョンに転がるダンジョンカルトの死体を見て口笛を吹く。
『やったな。レッド・ヴィクターだったんだろう、この階層のエリアボス』
『ああ。椎葉のお手柄だ。あいつを部隊から逃がさないでおいてよかった』
『まさか巫女さんのバイトしていただけの人間がここまで役に立つなんてな』
『世の中驚くことばかりだな?』
的矢がそう言って肩をすくめる。
『秘匿通信』
『内緒話か。またアメリカ人か? 連中はとりあえずはよくやってるぞ』
『だが、怪しい』
『同意する。しかし、連中に何ができる? 上層は日本国防四軍が押さえているんだ。在日米軍で介入してきた部隊はいない。アメリカ情報軍のたった2名の兵隊だけで、何かしらの陰謀が企めるほど世の中甘くはないだろう』
在日米軍が動いていない。
沖縄の海兵隊も、三沢や横須賀などの部隊も、動いていない。
そもそも在日米軍の規模そのものが縮小傾向にある。未だにアメリカ軍の東アジア戦略上の拠点ではあるが、2027年のアジアの戦争終結以降、その規模は縮小し続けている。
『だが、どうにも怪しく思う。何かあった時に外交圧力とやらが掛けられるように、連中は常にこのダンジョンの攻略の進捗状況を報告しているんじゃないか』
『まあ、それについいては何も言えないな。こっちもペンタゴンダンジョンの件で探りを入れたみたいだからな。世界最初のダンジョンともなれば、注目は集まるというものだろうさ』
『お前なら用心してくれると思っている』
『当り前だ。お荷物を増やしてくれたんだ。警戒はする』
しかし、北上は北上であまりにもアメリカ人のことを信頼していない気がすると的矢は思う。確かにアメリカ情報軍というのは他に比べて信頼できる連中じゃないが、少しばかり疑りすぎではないかと思うのだ。
2名のアメリカ情報軍の将校がいたところで、熊本ダンジョンを核攻撃出もしない限り、アメリカは介入できない。上はがっちり日本国防四軍が固めているのだ。
恐らくは“グリムリーパー作戦”に対する不信感と罪悪感がそう思わせるのかもしれないなと的矢は結論した。
『さあ、凱旋だ。暫しの休暇を与えてやるぞ』
『イエイ!』
椎葉がぴょんと跳ね、そして的矢たちは20階層に戻っていく。
ようやくまともに眠り、まともに飯を食えると思うとそれだけでほっとした気分になる。だが、戦闘後戦闘適応調整だけは、どうにもいただけない。
化け物を殺したという大切な思い出はあいまいにしないでほしい。
化け物を殺した瞬間の喜びすら取り上げられるのでは、この仕事をしている意味がない。安い俸給で僅かな危険手当が出るだけで、クソみたいな化け物どもの相手をしてるのだ。化け物を狩った時の余韻くらい残してほしいものだと的矢は思った。
まさしくサディストだなと的矢は自嘲する。
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます