30階層の情報

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 ──30階層の情報



 的矢たちアルファ・セルは一度補給のために20階層に戻った。


 武器と弾薬を補充してさっさと29階層、そして30階層の攻略に取り掛かるつもりだったが、例によって羽地大佐から呼び出しを受ける。


 的矢は何事だと思いつつも、まだ時間的に余裕があることを意識し、落ち着いて指揮所を訪れる。指揮所では作戦将校たちが今後の攻略スケジュールを立てているところだった。的矢たちの進軍速度と、生存者の救助にかかる時間を計算して、いつ頃この熊本ダンジョンが攻略できるか話し合っている。


「的矢陸翔大尉、出頭しました」


「来たか、的矢大尉。適当なところに座ってくれ。すぐに終わる」


 指揮所の中の空いた席に的矢が座る。陸奥たちには準備をして入り口で待機するように命令してある。


「30階層の断片的な情報が手に入った。吸血鬼にはもう遭遇しただろう?」


「ええ。クソみたいな──失礼、厄介な連中です」


「それと関連している」


「まさかエリアボスは」


「ああ。君が恐れている通りと思われる。これまでの生存者の断片的な情報を、“天満”が処理した結果出た結論だ。君たちも以前交戦したから知っていると思うが、相手はひじ用に厄介な存在になる」


「分かっています。この身で体験していますから」


 的矢は今からうんざりした気分にさせられた。


 レッド・ヴィクターだ。日本国防軍コード:レッド・ヴィクターがエリアボスだ。


 あの化け物を殺すのに自分たちがどれほど苦労したかと的矢は思う。あの化け物は正真正銘の化け物だ。ミノタウロスやグレーターグリフォンなどとは格が違う。正真正銘のクソッタレな化け物だ。


 あれを相手にどうするべきか。お神酒で祝福された退魔の銃弾は有効だが、決定打になるまでに時間がかかりすぎる。そして、レッド・ヴィクターは1体だけで存在することはない。必ずゾンビ、吸血鬼、ダンジョンカルトの感染者などを連れている。


 長期戦は少数精鋭である的矢たちアルファ・セルにとって不利だ。スマートに仕留めてしまいたいところだが。


「椎葉軍曹に頼るしかありませんね」


「君の思うままにやってくれ。今のところ、スケジュールは正常に進行中だ。君たちが最長でも3日以内にエリアボスを制圧すると我々は考えている」


「ええ。それだけあれば十分です」


 ダンジョンの再構成もある。迅速にエリアボスを叩いておきたいところだ。


「増援が必要ならばいつでもブラボー・セルに要請して構わない。近いうちに重装備も投入する。今は歩兵戦力程度だが、いずれは装甲戦力も投入される。それまでは今の装備でやってくれ。すまない」


「いいえ。大丈夫です」


 ああ。クソッタレな化け物どもに装甲戦力など上等すぎる。


 事実上の軽装歩兵であるアルファ・セルでも化け物どもは殺せる。機械化した軍人たちによる50口径の重機関銃までもを装備した部隊を軽装歩兵と呼ぶかどうかが揉めるだけだろうが、装甲戦力もなく、砲兵火力もない歩兵は実質軽装歩兵だ。


「以上ですか?」


「以上だ。注意して挑んでくれ」


「了解」


 的矢は敬礼を送って指揮所を出た。


「ボス。大佐はなんと?」


「エリアボスはレッド・ヴィクターである可能性があるそうだ」


「マジですか……」


「頼りにしているぞ、軍曹」


「りょ、了解」


 椎葉は心底緊張した様子で頷く。


「では、諸君。進軍再開だ。一気に29階層まで降りるぞ。そして制圧戦を行ったら、いよいよエリアボスとご対面だ」


 このダンジョンが最大でどれくらいの大きさがあるのか分からない。的矢たちが挑んだ最大のダンジョンは新宿ダンジョンで大きさは駅構造部とジオフロントで70階層に及んでおり、広さも馬鹿にならない広さだった。


 この熊本ダンジョンの寄生する桜町ジオフロントは50階層の構造で構成されているが、ダンジョンは地下に潜るにつれて、本来の構造を失い、ダンジョンそのものになる。それゆえに"迷宮潰し”と、アルファ・セルはそう呼ばれるのだ。


「化け物をぶち殺すだけの簡単な仕事だ。さあ、行くぞ」


 アルファ・セルは再びたンジョンに潜っていく。


 ブラボー・セルが要所要所を制圧している中を進み、29階層に降りる。


 クリーピーな死体のオブジェがお出迎え。今度はちゃんと死体だ。生きている人間を使ったものではない。気味悪いが、放っておいて害はない。30階層まで制圧できれば、後で後続の部隊が死体を回収するだろう。


《君は死体を見ても何も感じなくなったね。それが戦闘適応調整って奴の結果? それとも君自身が無関心になっているだけ?》


 両方だ。俺はもういちいちグロテスクな死体を見て『ああ。なんて酷いことを』なんて思うつもりはない。死体は死体だ。お前の言うように化学式で表せるものだ。


《気を付けなよ。その慣れがダンジョンの人間を狂わせる仕組みかもしれないんだからね。ボクは君に発狂してもらいたくはない。話し相手がいなくなってしまう》


 そのつもりはない、クソ化け物。


《では、頑張って》


 化け物に化け物を殺すことを励まされるとはな。世も末か。


 的矢はそう思いながら、29階層を見渡す。


 既にダンジョンによる異形化が始まっている。


 居住区だった場所は奇妙にねじり曲がり、扉は開かない。構造は歪にねじ曲がり、地面が隆起し、陥没し、罠の存在を窺わせた。日常の光景がこのように歪んでいるのを見るのは吐き気がするような気分になる。


 不思議なことに電力の供給は行われていないだろうにもかかわらず、街灯などは点灯している。そして、決まって点灯している街灯の下には死体のオブジェだ。


『クソダンジョンカルト。ここにも連中がいるぞ』


『どこまで潜ってもいるでしょうね。全体が毒の霧に覆われているような場所でもない限り。連中の出没率と生存性はゴキブリなみです』


『全くだな、アルファ・ツー』


 陸奥とそんな会話を交わしながら、的矢たちアルファ・セルは信濃を戦闘に慎重に進んでいく。これまではこちら側から奇襲できていたが、向こうから奇襲される可能性は皆無ではない。


 より慎重に、よし静かに。


 的矢たちは呪詛と雄叫びと悲鳴が聞こえてくる広場を目指して進み続けた。


 恐らくそこにはダンジョンカルトがいて、人々を生贄に捧げている。クソみたいに同じことの繰り返しを行っている。


『目標視認。マークした。椎葉ちゃんの出番だぜ、アルファ・リーダー』


『また吸血鬼とゾンビか。陸奥は重機関銃を据え付けろ。ステルスは終わりだ。派手にかますぞ。連中に鉛玉をご馳走してやれ』


 的矢は目標を振り分け、攻撃命令を出す。


 そして、鮮血と鋼鉄の嵐が吹き荒れた。


……………………

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