ダンジョンカルトのメッセージ

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 ──ダンジョンカルトのメッセージ



 死体をオブジェにするのは何故か?


 ダンジョンカルトは決まって死体をオブジェとして飾り付ける。


 血で描かれた魔法陣。肉で作られたトーテムポール。あるいは先鋭的な現代アート。


 そこに何かしらの規則性があって、ダンジョンの謎を解き明かしてれるのではないかと思い、いくつかの大学の研究チームが解析を試みた。だが、全員が何らかの形で精神的障害を負っただけに終わった。


『ボス。ダンジョンカルトは何を伝えたいんでしょうね』


『俺たちは狂ってますって伝えたいんだろう』


 そのようなものと間近で接する的矢たちも発狂する危険性があった。


 だが、今のところ、的矢たちはダンジョンカルトの残したオブジェを解析しようとはしていなかった。解析する意味はないと思っていたからだ。そこに何のメッセージ性もないというのは、的矢たちが一番よく知っている。


 ダンジョンカルトはメッセージを残すほどの理性はない。彼らは狂ってあのようなものを残しているだけなのだ。市ヶ谷地下ダンジョンでもそうだったように。


『アメリカでも調査が行われたが、全員が発狂しただけで終わった』


『どこも同じか。狂気を伝染させる媒体。ダンジョンとは狂った空間であることの証明、とでもいうべきか。こいつを調査するってのは、ある種の深淵を覗き込むときなんとやらって話だな』


 そして、的矢たちは深淵に向けて前進している。


 ダンジョンは狂気と隣り合わせの世界だ。


 化け物。ダンジョンカルト。狂った死体のオブジェ。何かしらの影響。


 的矢たちはそれをナノマシンを使ってシャットアウトしている。化け物に恐怖は覚えないし、ダンジョンカルトにも容赦なく鉛玉を叩き込めるし、オブジェを見ても何も感じないようしている。


 唯一の懸念はダンジョンそのものが有する精神への影響だ。


 市ヶ谷地下ダンジョン戦後に発狂した軍人はいないが、市ヶ谷地下ダンジョンでは訓練された軍人が多く発狂したのだ。彼らが脳にナノマシンを叩き込んでいない状態だったとしても、戦闘のストレスに耐えられるはずの軍人が発狂したという事実が、ダンジョンへの軍の恐怖心を煽る形になった。


 念入りな戦闘適応調整とカウンセリングが行われるのもそのためだ。


 ダンジョンを掃討するには精鋭が必要だが、ダンジョンはその精鋭を狂わせる可能性を秘めている。日本情報軍が第4作戦群という『軍人のスクラップヤード』出身である的矢たちをダンジョンに投入しているのはそういう理由でもある。


 だが、軍の恐怖とは違い、実際にダンジョンの攻略が始まると、ダンジョンで発狂した軍の部隊はでなかった。少なくとも日本国防四軍においては。


 ダンジョンは中に閉じ込めた人間と外から攻略に進入する人間を区別しているのではないかという説もある。そして、それを窺わせる実例もデータベースには蓄積されている。ダンジョンの中に閉じ込めらた時点で、それはもうダンジョンの一部なのだろう。


『いくら見てもさっぱりですね』


『それでいいんだ。理解できる奴はいない。理解の淵に触れた時点で、それは狂気の淵に触れたことになる。そして狂気とは意外と感染するような、そういうものなんだ』


 的矢はそう言ってダンジョンカルトの作ったオブジェをに少し目を向ける。


 やはり意味不明だ。


《意味不明なものはそれだけで間違ってると思ってしまう? それだったら君とボクの関係も意味不明だから、間違っているかもしれないね》


 ああ。間違っている。狂っている。


《世界を正常に戻したい? 意味不明なものをなくしたい? 無理だよ。もうこの世界には狂気が蔓延している。何度も言っただろう。世界はもう元には戻らない。世界は発狂したままだってことを》


 黙れ。


《ボクが黙ったって状況は変わりはしないよ。狂ったままだ。クレイジー。マッドネス。イカレて、狂った世界でひとりだけ正常でいるのに、退屈しない? 一緒に狂ってしまった方が楽しくないかい?》


 楽しくない。


《そうだね。楽しくない。君はダンジョンで、この狂気のダンジョンで正気でいなければならない。君ひとりだけは絶対に正気でいなければならない。部下が狂ってしまおうと、君だけは正気でいなければならない》


 当然のことだ。


《最悪君ひとりでもこのダンジョンを攻略しなければならないよ》


 やってやるさ。


《それでこそだ。ますます君のことが好きになってきたよ》


 くたばれ。


『アルファ・リーダー。またダンジョンカルトと吸血鬼どもだ。死体でオブジェを作っている真っ最中だな。連中にどこからその創作意欲が湧いてくるのか、ちょいとばかり尋ねてみるかい?』


『必要ない。殺せ』


『了解』


 信濃が目標をマークし、的矢が割り振る。


 そして、一斉に射撃が始まる。


 魂を探知できる吸血鬼とゾンビの向かう方向にダンジョンカルトも押し寄せ、大きな波を作って押し寄せていく。それに向かって陸奥の50口径重機関銃も火を噴き、祝福された退魔の銃弾をゾンビとダンジョンカルトの群れに叩き込む。


 吸血鬼はいつものように椎葉が排除。


『クソッタレ。まだ生きてるぞ』


『吸血鬼のウィルスを使ったんだな』


 死体のオブジェと思われた肉の塊は蠢き、唸り声を発していた。


『こうなっては助けようがない。殺してやった方が慈悲深い』


 的矢はそう言って辛うじて識別できる生存者の頭部を撃ち抜いていく。吸血鬼のウィルスによって死に難くなっていた生存者たちも頭を撃ち抜かれると静かになった。


『奴らは何かを伝えようとしているんじゃない。醜い人間の姿を晒し物にして、サディスティックな欲求を満たしているだけだ。クソ野郎どもめ』


 的矢は全員を殺すと苛立った様子でそう言った。


『生存者を救助。ブラボー・セルに連絡。それから俺たちも補給しに戻るぞ』


 サプライズプレゼントの可能性に注意しつつ、人々が捉えられていた体育館の倉庫からひとりずつ救助していく。この時点で噛みついて来たり、取り乱した様子があれば、情け容赦なく射殺する手はずだ。


《君は哀れな彼らの中に感染者がいると思っているね?》


 可能性としては否定できない。


《そして、感染者がいたら射殺する、と。君はダンジョンカルトのことをサディストだと罵ったけど、君も随分なサディストだよ。狂える“迷宮潰し”が狂えるダンジョンカルトたちのことを狂人だと罵り、情け容赦なく撃ち殺す》


 それが仕事だ、クソ化け物。


《仕事以上の快楽を得ていることは隠せていないよ。君は前にも言っていただろう。化け物とダンジョンカルトを殺すのは楽しいって。仕事だと言っておきながら、仕事以上の快楽を得ているのはもはや君の娯楽なんじゃないかい?》


 クソみたいな仕事の中に喜びを見出して何が悪い。このクソッタレな穴倉に潜って、クソみたいな化け物を殺し、イカれたダンジョンカルトを殺し、殺し、殺し、殺し、それでいて何も感じるなってか? ふざけんな。俺がささやかな快楽を得て何が悪い。


《そう、否定はしていない。君の人生だし、君の仕事だ。何かが悪いなんてことはない。少なくとも君は軍規に違反していないし、法律にも抵触していない。ただ自分の人生をよりよくしようとしているだけだ。いいことだと思うよ》


 何が言いたい?


《悪いことはないんだから、言い訳するのはやめなってことさ。堂々と殺し、堂々と楽しめばいいんだ。誰もそれが悪いことだなんて言わない。さあ、堂々と殺したまえよ。ボクの顔面に銃弾を叩き込んだときのように》


 ああ。ぶち殺してやる。愉快に、愉しくな。


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