生存者ゼロ
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──生存者ゼロ
的矢たちは実に軽快に進み、軽快に殺し、軽快に踏破した。
的矢たちが通った後からブラボー・セルが投入される。
彼らの役割はダンジョン内における兵站線の確保だ。
前にも説明したようにダンジョン内はエリアボスを倒さなければ10階層ごとに復元される。ダンジョンにいつまでも潜っていると、後方に敵が湧き、退路と補給線を遮断されることになる。
そうならないためのブラボー・セルだ。
ブラボー・セルは36名の小隊規模の戦力を有し、防衛拠点を作り、後から湧いて来た化け物どもを殺して、アルファ・セルが地上から分断されるのを防ぐ役割がある。
10階層がエリアボスと考えると、単純計算1階層ごとに4名の戦力が配備できる。ブラボー・セルも日本情報軍の精鋭部隊であり、後から地雷や重機関銃陣地を設置できると考えると、それで拠点防衛には足りるし、実際のところアルファ・セルが10階層に到達するまでに全ての階層の化け物が復活するほどの時間がかけないと考えると楽だった。
『ブラボー・リーダーよりアルファ・リーダー。殺しを楽しんでるか?』
『いつも通りだ、ブラボー・リーダー。化け物どもの醜い面をより醜くしてやっている。連中が顔面に7.62ミリ喰らった時の顔をお前にも見せてやりたいよ』
『ああ。そうだな。実に愉快だろうな』
ブラボー・セルの指揮官は北上海斗日本情報軍中尉。
的矢と同じで下士官からの叩き上げの将校だ。
『生存者は?』
『いない。今のところ、誰もいない。陸軍がこの10階層の間でうろうろしてたんだ。今さら俺たちが救助する人間がいると本気で思っているのか?』
『それもそうだな。だが、見落としってのはどんな組織にもあるってもんだろ?』
『そうかもな』
そう言いながら的矢はまた1体のオーガの胸に2発頭に1発の銃弾を叩き込む。生体インカムのいいところは化け物の雄叫びや化け物の悲鳴と言った余計な情報が相手の耳に響かないところだと的矢は思う。
サプレッサーで完全に消された銃声が響き渡ることもなく、的矢はオーガの群れが襲撃者の姿を探して右往左往しているのをさらに銃撃する。
アフリカでスポーツハンティングに興じる人間の気持ちが分かった気がする。こいつは本物の嗜虐趣味の極みだ。
《狩りは残酷なものだよ。特に獲物をただ狩るだけで毛皮も肉も必要としない狩りはね。それはただの殺しだ。狩りじゃない》
ただ他の殺しとスポーツハンティングの何が違う? これもまたスポーツだ。体を動かし、頭を働かせて獲物の動きを予想し、そこに鉛玉を叩き込む。最高のスポーツだ。何よりクソみたいな化け物がくたばるのが最高だ。
『クリア』
『クリア』
的矢たちは30体近いオーガ──体長平均2.5メートルほどで筋肉質。牙が突き出ているが、顎の力はそこまで強くないので脅威にはならない──を一方的に皆殺しにした。最初に殺した死体は既に灰になりつつある。
『生存者はまたしてもいないな』
『いるって想定しているんですか、アルファ・リーダー』
『当り前だろ。ブラボー・セルはいつでも呼べるようにしてある』
ブラボー・セルの今回の任務には生存者の救助というものも含まれている。
だが、日本陸軍が2ヵ月かけて捜索し、化け物が蔓延してから2ヵ月が経っているのだ。生存者はほぼいないだろうと的矢は思っていた。
とは言え、部下にそういうわけにはいかない。建前というものがある。
『さあ、進むぞ。残り4階層。全て見て回らなきゃいかん』
『了解』
桜町ジオフロントは防空壕としても設計されていた。
アジアの戦争のときに巡航ミサイルによる爆撃を受けて、個人のシェルターやバンカーが普及した。熊本は西部方面総軍司令部もあり、そういう意味ではあの戦争の沖縄に次ぐ最前線だった。
その反省のためか桜町ジオフロントは防空壕として厚みのあるコンクリート構造の天井と言ってしまえば居住区を守るための空間装甲である商業地帯が上層に位置していた。
的矢はコンビニの廃墟の前でここに2ヵ月前までは普通に人が暮らしていたのだなと思い、クソッタレな化け物どものせいで何もかも滅茶苦茶になったとも思った。
《君は本当はどうでもいいと思っている。君が大事なのは君の知っている世界。それだけ。たまたまこのコンビニはチェーン店で見たことがあるから、荒れているのに違和感を覚えただけ。本当は世界なんて、この桜町ジオフロントなんてどうでもいい。自分の知っている世界を正常化したい。そのために殺す》
クソ野郎。
《君は酷い奴だよ。世界でいくら悲劇が起きていると思ってるんだい? 君たちが荒らしまわった中央アジアは未だに戦火が燻っている。あそこで死んだ人間の数はダンジョンが殺した人間の数より多い。でも、君は中央アジアに内戦の切っ掛けを作った日本情報軍よりもダンジョンを憎んでいる》
ああ。そうさ。俺は知らない誰かよりも知っている誰かの方が大事だ。
『アルファ・スリー。何を手間取っている。ブービートラップか?』
『アルファ・リーダー。クソみたいな話だが、モンスターハウスだ。オーガが60体以上。マークしきない。そちらに映像を送る』
『見えた。マイクロドローンはどうした?』
『マシントラブル』
『ついてないな』
いつだって便利なハイテク機器が機能してくれるという保障はないのだ。脳みそに叩き込んだナノマシンのようにイレブンナイン──99.999999999%の信頼性が保障されているならばともかく、民生部品も利用して作られたマイクロドローンなどは兵士があまり手荒に扱うと、故障しやすい。もっとも、その分パーツを融通しやすくし、現場で修理できるようにしてあるのだが。
『どうする? 引き上げるのか?』
《今日は殺しはこの辺りにしておけっていう神様からのお告げかもよ》
信濃とラルヴァンダードが同時に話しかけてくる。
『これぐらいなら殺しきれる。民間人はいないな?』
『マイクロドローンが故障していて確認できない』
『これだけのオーガだ。いるはずがない。戦闘開始だ。派手にかますぞ』
的矢はそう言うと無造作に手榴弾をタクティカルベストから抜き、安全ピンを抜いて投擲した。手榴弾がもっとも効果が期待できる場所──オーガたちの頭上で炸裂し、モンスターハウスは大混乱に陥る。
『畜生。マジかよ。大尉、あんたイカれてるぜ』
『誉め言葉だ、曹長。さあ、大虐殺と洒落込もうじゃないか』
的矢はもう1発手榴弾を投げ込み、おまけにアンダーバレルに装着したグレネードランチャーから空中炸裂型グレネード弾を叩き込む。
空中炸裂型グレネード弾にはボールベアリング状の鉄球が仕込まれており、それが最大加害半径全域にまで鉄片を撒き散らす。
『撃て、撃て。殺せ。化け物どもを皆殺しにしてやれ』
『了解、アルファ・リーダー』
60体以上のオーガに向けて銃弾と爆薬が叩き込まれる。オーガは自分たちを狙っているのが何者なのか、どうして自分たちが殺されて行っているのかすら理解できず、一方的に虐殺されて行く。7.62ミリ弾が突き抜けていき、オーガが臓物や脳みそをぶちまけ、地面に倒れては灰になっていく。
『クリア』
『クリア』
そして、モンスターハウスのオーガたちは結局のところ、何もできずに皆殺しにされた。分析AIは最終的な殺害数は合計で73体だったと報告している。
『本当に生存者いないよ、アルファ・リーダー。死体もない。あたしたちが間違ってぶっ殺しちゃいましたってことはなさそうだ』
『だから言っただろう。民間人はいないと』
的矢はそう言って信濃に先に進むように指示した。
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