呆気ない制圧

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 ──呆気ない制圧



 日本陸軍の連中は何をしていたんだろうと思うほど、ダンジョンは呆気なく突破されて行った。日本情報軍好みのセンサー内蔵空中炸裂型グレネード弾やナノマシン連動式照準器ハイテク装備は大活躍したものの、日本陸軍の駒としての歩兵でも、これぐらいのことはできて当たり前だったはずだ。


『どうも臭うな』


『確かに連中の体臭は酷いもんですがね』


『違う。陸軍がこのダンジョンを攻略“しなかった”理由だ。ただ単なる戦闘力や経験値不足じゃないだろう。恐らくは避難民の誘導で忙しかったわけでもない。そんなもの10階層なら1週間もあれば終わる』


『何か陰謀でもあると?』


『分からん』


 ただ日本陸軍は本気でこのダンジョンを攻略しようと思えば、10階層ぐらいは余裕で突破できていたはずだ。


『アルファ・スリーからアルファ・リーダー。そろそろ9階層だ。9階層は図書館となっております。返却日はお守りください』


『デジタル図書館か』


 今や全ての書籍は電子化されている。図書館の本も同様に。


 本のタイトルと電子データが本棚には並べられており、利用者は端末を利用空いてそこからダウンロードする。データは返却日に閲覧資格がなくなり、返却されたことになる。そんな物理媒体と電子媒体の混じった図書館というもの田舎ならではで、ほとんどの図書館は図書館そのものをデジタル化させている。


『大尉は爺さんだから知らないと思うけどさ。あたしや准尉の時代にはちょっと昔のジャンク作品のブームがあったんだぜ?』


『ジャンク作品?』


『古典的名作でもないし、かといって最新の流行でもない。そう言う一時のブームで終わった作品を纏めてジャンク作品っていうんだよ』


『随分ないい方だな。それだと俺の世代の作品もジャンクか?』


『そ。ジャンク。ジャンクってのは別にゴミって意味じゃないんだ。忘れ去られて、スクラップヤードに眠ってるような隠れたお宝って意味でもある』


 やれやれ。俺も随分と歳を取ってしまったな。最近の話題にはさっぱりついていけないと的矢は改めて加齢を感じた。


『昔のライトノベルなんかだろ、アルファ・スリー。俺たちのころは確かにブームではあったな。最近のライトノベルは薄味で、毒がないって』


『そうそう。昔はもっとどぎつい表現かましてたんだ。今ならR指定におかないと青少年教育育成法違反で作者が豚箱にぶち込まれるような奴』


 陸奥が会話に加わる。


『今でもR指定にしないと今度は出版社が豚箱送りだろう?』


『昔の作品だからデジタル媒体じゃないんですよ。だから、文化省も検閲できない。こっそり購入して、スキャンして仲間内で読み合っていたんです』


『スキャンして、か。お前たちは学校って組織が本当に形だけになった世代だったな。デジタルな教育機関。学校の教室に集まることもないし、通学路を自転車や原付で通うこともない。VR仮想現実での授業と特別なスポーツプログラムへの入会か自宅での運動か。それで学校生活、楽しかったか?』


『それなりには。自分たちには逆に不特定多数の人間と一緒の空間に押し込められるという学校生活の方があまり面白くなかったのではないかと……』


『確かにな』


 昔も今も一長一短。


『で、そのジャンク作品がこのダンジョンと何か関係あるのか、曹長』


『昔の作品だと少年少女、あるいは脱サラした中年のおっさんがダンジョンを攻略するんだよ。それでえーっとなんていうか、強くなって、ダンジョンの金銀財宝で大金持ちになるって話だった』


『そいつは夢のある話だ』


『全く。ここの化け物どもは金銀財宝なんて残さないし、あたしらは俸給以上の金は貰えない。少年少女も、サラリーマンしてる中年のおっさんも、ダンジョンにいたら化け物どもにバラバラにされて、くたばってる』


 信濃は不満そうにそう言う。


『これもまた夢のある話じゃないか。科学の進歩でこの世の全てが分かったと思っていたら、ダンジョンなんて訳の分からない“地獄”が突然現れて、十数万の命が理不尽に奪われた。誰がこんなことを予想できた? 夢みたいじゃないか』


『大尉。夢は夢でも、悪夢っていうんだぜ、そういうの』


 信濃は白けた様子でそう返した。


《君は物事をシニカルに捉えがちだね。そのシニカルさが他者への共感性の欠如を招いているのかもしれないよ。その他者の共感性の欠如は、サイコパスにありがちなパターンでもある。言うだろう、軍人や弁護士にはサイコパスが多いってさ》


 お前ほどのサイコパスはいないよ、クソ野郎。いつまでも、いつまでも俺にまとわりつきやがって。また脳天をふっ飛ばされたいのか?


《ほら。その発想がサイコパスだ。話し合いや利益の共有で解決しようとしない。暴力に訴える。君はサディストのサイコパスだ》


 また殺してやる。


『さて、お喋りお終い。アルファ・スリーよりアルファ・リーダー。古典文学コーナーにオーク多数。連中、源氏物語でも読んでるのかね』


『片付けるぞ。各種センサーの反応からして、寝てる奴でもいない限り連中だけだ』


 そして、化け物は眠らないと的矢は言う。


『了解。蜂の巣にしてやろう。目標マーク』


『振り分けた。各目標への射撃開始』


 カラン、カランと空薬莢の立てる金属音だけが響き、オークたちは瞬く間に殲滅された。彼らは何が起きたのか理解するだけの時間すらなかった。


『この階層にも民間人はいないな』


『陸軍が救助したんでしょう』


『そうであることを祈りたいものだ』


 そう言いながら的矢は足元の黒ずんだ床を見る。それが酸化した血の跡であることは彼にも簡単に理解できた。


 誰も死ななかったわけじゃない。誰も傷つかなかったわけじゃない。


 化け物どもは人間を殺してきた。なら、こっちも殺し返すだけだ。人類の歴史はその積み重ねだ。殺され、殺し返して、また殺され。


『10階層を今日中に制圧する。マイクロドローンなしじゃ、10階層以降に進む気にはならない。ミノタウロスの脳天に鉛玉を叩き込んで、今日は撤収だ』


『了解』


 そして、的矢たちは10階層に降りる。10階層は公共フロアになっていた。保育所や役所のデジタル窓口、コミュニティセンターなどの位置していた場所だ。


 ミノタウロスを探すのにかかった時間は15分。それを始末するのにかかった時間は30秒。目標をマークし、4人で鉛玉を浴びせてそれでお終い。


『陸軍はこんな雑魚にてこずってたのか?』


『だから臭うと言っているんだ。まるで陸軍はお預けされていたみたいじゃないか』


 日本陸軍は進もうと思えばあの牛頭の巨人にいくらでも鉛玉でも、グレネード弾でも叩きつけて始末できたはずだ。そうした方が遥かに救助作業もはかどっただろう。


 だが、そうはしなかった。


 何かの圧力が掛けられていたとしか思えない。


 ここが最初のダンジョンだと分かったのはどの段階からだ?


 日本陸軍の部隊が突入する以前? それともそれから?


『嫌な感じだ。だが、10階層までの掃除は終わった。後は明日5階層潜って、民間人がいないことを確認したら、ここに巡航ミサイルとロケット弾と榴弾と地中貫通弾を雨あられと降らせる。それから拠点を作って攻略を本格化させる』


 的矢はそう言い司令部とブラボー・セルにエリアボス排除と引き上げを告げると元来た道を戻っていった。


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