入り口

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 ──入り口



 熊本ダンジョンの入り口はかつての桜町ジオフロントの入り口そのままで、1階層も桜町ジオフロントの構造をそのまま残していた。


『いいか。15階層までは民間人の捜索も主任務だ。化け物を殺しながら、民間人も探せ。死体になっていたとしたら、ブラボー・セルに回収させる。とは言え、陸軍が2ヵ月の間救出任務に専念したというんだ。そう残ってはいないだろう』


 生体インカムと戦術脳神経ネットワークで的矢たちはダンジョン内でやり取りする。


 生体インカムは人の発声しようとするメカニズムを完全に理解して作られたもので、声に出さずとも口の中で声を出すように舌や口を動かすだけで、自動的に発声される。使用者個人の声を完全に再現し、他者に伝える。


 戦術脳神経ネットワークは日本情報軍と日本陸軍が構築した情報ネットワークだ。十数億年の及んで進化してきた生物は洗練されている。そのシステムには注目するべき点がある。その考えから生まれたのが戦術脳神経ネットワークだ。


 部隊の損害を『痛み』として感じ、即応する。部隊に必要な情報を脳となる分析AIが分析して与える。あるいは即時に必要な場合、脊椎反射的に渡される。


 脊椎動物のバイオミメティクス。それが戦術脳神経ネットワークだ。


《誰かが生き残っていたとして、君が化け物を殺すより、そっちを救助する方を選ぶの? 君は化け物が殺したくて、殺したくて、仕方がないんだろう? 救助なんて本当はやりたくないんじゃないのかい?》


 黙れ。救助が終わったら殺せるだけ殺してやる。順番ってものがあるんだ。化け物め。的矢はそう少女に向けて罵る。


 黒尽くめの少女が、的矢にだけ見える化け物が話しかけてくる。


 少女はラルヴァンダードと名乗っていた。化け物の名前などどうでもよかったが、的矢の記憶に刻まれた名前だ。


『1階層から10階層はゴブリンやコボルト、オーク、オーガの類だそうですね』


『ああ。ミンチにするには容易な相手だ。鼻も鈍ければ、耳も鈍く、脳みそも鈍い』


 的矢たちは第6世代の熱光学迷彩を使用している。


 これはダンジョン内で先手を取られることを可能な限り防いでくれる。というのも、先ほど挙げた化け物たちと違って、嗅覚が鋭く、聴覚が鋭く、脳みそもの鋭い化け物というのもいるからである。


『音響探知センサー起動。振動探知センサー起動。マイクロドローン展開』


 ナノマシンで体感で感じられる感覚を増強し、分析AIに処理させる。それと同時にマイクロドローン──クマバチのバイオミメティクスであり、クマバチサイズの本当に小型のドローン──を展開させる。


 ドローンの映像も戦術脳神経ネットワークによって共有される。


『アルファ・スリー。信濃。お前がポイントマンだ。しっかりやれ』


『了解、大尉』


 信濃は血の気は多いが優秀なポイントマンだ。


 アルファ・セルは4名のみで構築される。


 いざという時には2名ずつのツーマンセルを組んでも余りが出ないし、この狭いダンジョン内での戦闘において、数十名の大部隊を引き連れてのろのろ進むのは戦術的に悪影響しか及ぼさないからだ。


 しかし、これに2名のアメリカ人が加わるとなるとうまく適応できるだろうかと的矢は思った。これまではずっと経験則の上4名でやってきたが、6名となると取るべき戦術も異なってくるだろう。


《邪魔なら殺しちゃえば、アメリカ人。化け物を殺す邪魔をされるのは嫌だろう?》


 先にお前を殺してやるよ。


『アルファ・スリーよりアルファ・リーダー。接敵。間抜けなゴブリンが4体。ギャーギャー騒いでる。どうする? ぶっ殺しておくかい?』


『そうだな。静かに片付けるぞ』


『了解。マークした。ブービートラップの類はなし』


 視神経介入型ナノマシンは可視光増幅方式暗視装置や熱赤外線暗視装置の代わりを果たす。日本情報軍に闇はない。少なくとも視界としての闇は。


『マーカーを割り振った。3カウントで仕留めるぞ』


 信濃のマークした目標にそれぞれの受け持ちを割り振る。こういう昔はゲームでしかできなかったことができるのが戦術脳神経ネットワークのいいところでもある。


『3カウント』


 3、2、1。


 それぞれが一斉に射撃。7.62ミリ弾がゴブリンたちの頭を吹き飛ばした。


『周辺に反応なし。静かなもんだね』


『化け物ってのは大抵間抜けなものだ』


 音響探知、振動探知両センサーで周辺の状況を確認した結果、敵に何の動きもないことを確かめた信濃が言うのに、的矢がそう言って前進を命じる。


《その間抜けな化け物を相手に君の部下や戦友は殺されたんだよ》


 ああ。そうだな。間抜けな化け物でも化け物は化け物だ。用心して殺してやるよ。


『アルファ・スリーよりアルファ・リーダー。再度接敵。オーク、数は6体。ゴブリンを食ってやがる。化け物同士の共食いを見るのは久しぶりだぜ』


『ついでに鉛玉もご馳走してやろう。目標をマークしろ』


『了解』


 信濃が目標をマークするのに的矢が目標を割り振る。


『陸奥准尉。ダブルキルだ。行けるな?』


『ええ』


 熊本ダンジョンの地下1階層になっている部位は、桜町ジオフロントの地下1階層で、エントランスから下りた先にあるインフォメーションセンターのままだ。


 そこに化け物が巣くい、血を撒き散らし、臓腑を撒き散らし、悪臭を撒き散らしている。全く以て不愉快そのものだと的矢は思う。


『射撃開始』


 サプレッサーは超音速で飛翔する銃弾を発射した際にも何の音も発せさせず、銃弾の金属薬莢が落ちる音だけが僅かに響く。


 的矢はオークの胸に2発頭に1発の銃弾を叩き込み、攻撃に気づいたオークに同様の射撃を浴びせる。所詮は飛び道具を持たず、感覚器も鈍く、頭の回転も遅い化け物だ。あっさりと掃討された。


 化け物は人間の手で死体になると灰になって消える。それは精神衛生上、極めていいことなのだが、こいつらが残すものがある。魔石と呼ばれる物質だ。正確には『未確認エネルギー結晶体』というそうだが、ゲームに出てくるドロップアイテムと似ていることからもっぱら現場では魔石と呼ばれる。


『これがそんなに大層なものだとはね』


『世の中、不思議なことだらけだな、曹長』


 的矢たちはそう言葉を交わし進んでいく。


 ゴブリンを殺し、オークを殺し、コボルトを殺し、オーガを殺す。


『アルファ・スリー。テンポを上げていけ。殺したりない』


『あいよ。道案内はお任せあれ』


 X線を使ってダンジョンの内部構造は10階層まで把握されてる。迷宮が迷宮じゃないのが笑えるところだと的矢は思う。


 化け物に狙いを定め、化け物に向けて銃弾を放ち、化け物が地と内臓を撒き散らしながら死んでいく。それは最高だ。最高の気分にさせてくれる。この世の中でこれに勝る快楽はないだろうというくらいにイカしている。


《サディスト。君は殺しを楽しんでいる。他者を傷つけるのはそんなに楽しい?》


 ああ。クソみたいな化け物どもが訳も分からず死んでいくのは最高だ。


《そうだろうさ。君は誰にとっても暴力的だ。破滅的なまでに暴力的だ。ボクの脳みそを吹き飛ばしたときも躊躇いもしなかったよね?》


 躊躇う必要があったか?


《ないね。君にはボクを殺さなければならない理由があった。だけど、今は?》


 今も変わらず、だ。化け物どもは地球から蹴り出してやる。


 的矢はそう思いながら、信濃の誘導で進んでいく。


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