次の命令

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 ──次の命令



 市ヶ谷に軍服を着ずに集まれという命令が、第777統合特殊任務部隊特別情報小隊に下された。どういうことなのか分からなかったが、恐らくは次の命令が面倒くさいものなのだろうと的矢は推測した。


 的矢はダサいと言われる民間人の格好で市ヶ谷に入った。彼には戦闘のセンスはあったが、服飾のセンスはなかった。


 市ヶ谷に入ること自体は簡単だった。的矢たちの埋め込み型ナノマシンには所属、階級、氏名を許可された人間だけにAR拡張現実で表示する機能がついているからだ。守衛は的矢の限られた情報を閲覧し、市ヶ谷に入ることを許可した。


 しかし、私服で市ヶ谷国防省をうろつくのは落ち着かないものだと的矢は思った。せめて、スーツでも着てくるべきだったかと思った。


「あ。ボス、ボス。こっちですよ」


「椎葉。他の連中は?」


「そろそろ来ると思います」


 椎葉の服装もセンスがいいとは言えなかったが、最近ブームが来ている和装ブームにはちゃんと乗っており、振袖を着こなしていた。コスプレ染みたところがないのは、彼女がとある神社の神主の家系に連なるものだからかもしれない。


「大尉。急な呼集でしたが、何事ですか?」


「また化け物どもをぶち殺しに行くんです?」


 少し遅れて陸奥と信濃もやってきた。


「貴様ら。上官よりも早く到着しておけ。軍人だと言うことを忘れてないだろうな?」


 的矢は回答する代わりにそう返した。


「ARに通知が来ている。会議室に集まれだと」


「……地下ですか?」


「いいや。地上だ。司令部もそこまで無思慮じゃないようだ」


 的矢たちはこの市ヶ谷の地下で戦ったのだ。市ヶ谷地下ダンジョンで。


「お行儀よくしておけ。将官殿が列席するそうだ」


「それはまた」


「ああ。嫌な予感がするな」


 的矢はそう言うとARの案内に沿って進み、地上にある司令部のひとつの前に付いた。そして生体認証を行い、入室許可を待つ。


「入りたまえ」


 中からそう声がして、的矢たちは中に入る。


 中には第777統合特殊任務部隊の司令官である羽地悠日本情報軍大佐とARにも名前が表示されない日本情報軍少将がいた。どうやら下っ端は名前すら知る必要性はないようだ。日本情報軍の秘密主義というのはとことん徹底している。


「君たちが噂の第777統合特殊任務部隊特別情報小隊アルファ・セルの面々か。戦闘後戦闘適応調整は受けたかね?」


「はい、少将閣下」


 戦闘後戦闘適応調整。日常と戦場に線引きをしてPTSD──心的外傷後ストレス障害を防ぐための手段。的矢たち第777統合特殊任務部隊特別情報小隊は特にダンジョン化したジオフロントや地下鉄で戦闘を行っているため、この手の処置は必要だった。それにダンジョンにはダンジョン化した際に取り残された住民がいたりするのだから、放っておくと大きな心の傷になりかねない。


「結構。あれは軍人を軍人として機能させるための処置だ。それを怠って、戦力を損なうようなことがあれば、日本情報軍としての損害だ」


 実に日本情報軍らしい意見だと的矢は思った。


「さて、要件を話そう。羽地大佐、彼らに説明を」


「はっ」


 日本情報軍のデジタル迷彩の戦闘服姿である羽地大佐が立ち上がり、全員にARに注目するように指示する。ARの画面にどこかの街の光景とそこに穿たれたダンジョンの図が表示される。そこには“熊本ダンジョン”と記されていた。


「我々第777統合特殊任務部隊は熊本ダンジョンを攻略することになった」


「熊本ダンジョンは陸軍の管轄では?」


 的矢は不満そうにそう言う。


「そうだ。熊本は陸軍にとって軍都だ。健軍の西部方面総軍司令部の存在が大きい。熊本には九州最大規模の陸軍の拠点がある。だから、これまで陸軍が攻略を担当してきた。少なくとも陸軍はダンジョンを自分たちで撃破できると踏んでいたらいい」


「その軍都に日本情報軍というよそ者を上がらせる理由は?」


「簡単だ。陸軍が音を上げた。自分たちでは攻略できない、と」


 羽地大佐が肩をすくめてそう言った。


「陸軍が桜町ジオフロントにダンジョンが寄生し、熊本ダンジョンとなった段階からずっと攻略を試みてきた。だが、彼らは最下層に到達するどころか、エリアボスの排除すら行えていなかった。ダンジョンは知っての通り、10階ごとのエリアボスを殺害しなければ、その10階までの区間は無限に再生し続ける。壁を壊しても、天井を壊しても、中に群れている化け物を討伐しても、定期的に修復される」


 ダンジョンは最短でも10階までは存在する。


 10階ごとに配置されているエリアボスを殺害していくことでダンジョンは徐々に無力化されていき、最後の階層に存在するダンジョンボスを討伐することで完全に無力化される。それがダンジョンの仕組みだ。


「戦闘部隊の規模で言えば情報軍よりも大規模である陸軍がそうあっさりと音を上げるようには思えませんが、本当に陸軍の意向なのですか?」


 的矢は鋭くそう尋ねた。


「……熊本ダンジョンは我が国最後のダンジョンだ。陸軍と情報軍の間であまり穏やかではないやり取りがあったことは認めよう。だが、君たちの後ろから銃弾が飛んでくることはないから安心したまえ」


「なるほど。納得しました」


 要は日本陸軍から最後のダンジョンという名の獲物を分捕ったわけだ。羽地大佐は後ろから銃弾は飛んでこないと言っていたものの、どうなることやらと的矢は思った。


「それから重要な知らせが後で行われる。最後まできちんと耳を通すように。我々情報軍は熊本ダンジョンこそ、世界中にダンジョンを発生させた存在、ダンジョンマスターの居場所だと推測している」


 これには的矢も驚いた。ダンジョンマスターなるものは存在しないというのが通説だったこともあるが、それがよりによって日本国内に、日本最後のダンジョンに存在するというのである。


「確かな情報ですか?」


「かなりの確証性を得ている情報だ。この地球上にもっとも早く出現したダンジョンこそ、陸軍が苦戦した鉄壁のダンジョンである熊本ダンジョンなのだ」


 世界最初のダンジョンがどこかについても様々な憶測が飛び交っていたが、日本情報軍はどうやら答えを手に入れたらしい。


「僅かな時間差ではあるが、熊本ダンジョンが生まれたのは世界でもっとも早いことは確かだ。そして、誤解があるといけないが、確かに陸軍は苦戦したのだ。それだけ守りも硬い。我々情報軍がもっぱら“迷宮潰し”任務をやっていたから経験値の差こそあれど、確かに戦闘部隊の規模では情報軍を上回っている陸軍が苦戦したのだ」


 それがダンジョンの強固さを物語っていると羽地大佐は言った。


「ここまでは頭に入ったかな?」


 全員が頷く。


「それでは熊本ダンジョン攻略作戦“グリムリーパー作戦”について説明しよう。このブリーフィングののちに現地に飛んでもらう。戦闘前戦闘適応調整もそこで受けさせる。この作戦は陸海空情報軍の日本国防四軍での作戦になる。統合作戦だ。だが、このダンジョンを潰すのは君たち第777統合特殊任務部隊特別情報小隊アルファ・セルだ」


 クソみたいに名誉なことだと的矢は思った。


 これで少なくとも日本国内から化け物どもを駆逐できる、と。


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